SS#02 文化祭の前に
SIDE:友斗
7月が終わりつつある今日この頃。俺は冷房の効いた部屋で電子書籍を読んでいた。
昔は紙書籍こそ至高と思っていたが、今となってはその考えもだいぶ変わっている。外出中、ふと出来た暇な時間に読書ができるというのは都合がいい。身軽な恰好で出歩きたい俺としては、電子書籍に傾くのは当然だと言えた。
しかし、時にどうしても紙書籍が欲しい、と感じる本もある。推している作品はそういう傾向が強かった
「明日は出ないとなぁ」
ぼんやりと呟きながら脳裏に思い浮かべるのは、とある推し作品のこと。ちょうど明日、新刊が発売するのだ。
面倒だが、一方で楽しみでもある。これがインドア派オタクだった。
と、そんなことを考えていると、
――ぶるるっ
手に持っていたスマホが振動した。
あっぶねぇ……。
手から滑ったスマホが顔面に激突するのをギリギリで避けた俺は、いったい何の通知だ?とスマホを見遣った。少し手が離せないと言っていたから大河ではないと思うが……。
「えっ?」
RINEの通知であることは、まあ言うまでもなく。
驚いたのはメッセージの送り主だった。
【らいか:百瀬くん、今暇?】
らいか――月瀬来香といえば、二年B組の学級委員である。彼女は去年も学級委員会に所属しており、生徒会の助っ人として何だかんだ関わりがあった。そのよしみでRINEを交換した……記憶はない。月瀬とは一応中学も同じだったし、たぶんその頃のクラスラインか何かから友達登録してきたのだろう。
それにしても、このメッセージは些か急な感じがする。未読を維持するべくトーク画面を開かずにいると、ぽちゅん、と更なるメッセージを受信した。
【らいか:文化祭のことでちょっと相談に乗ってほしいんだけど】
【らいか:ダメ…ですか?】
文化祭という単語を見て、ああなるほど、と納得した。
文化祭において中心となるのは学級委員だ。クラスによって状況が異なるものの、多くの場合、企画書を作るのも学級委員になる。
『ねぇねぇ百瀬くーん。来年もあたしが学級委員になってたら、企画書の書くとき相談に乗ってくれないかなっ? あたし、あんまり経験がなくてさ……』
『うん? ま、相談に乗るくらいならいいけど』
『言ったねっ? やっぱなし、とかダメだから!』
そういえば去年生徒会の助っ人として月瀬が書いた企画書にダメ出しをしたとき、そんな会話をしたような覚えがある。
すっかり忘れてた……いや、月瀬とはこういうときじゃないと絡みがないからしょうがないんだよ、うん。
【ゆーと:企画書のことか?】
【らいか:えっ、覚えてるの?】
【ゆーと:ああ、覚えてない。ということで頑張ってくれ】
【らいか:急に意地悪するのなんなの!?】
なんなの、と聞かれましても。
生徒会の助っ人でしかなかったあのときならいざ知らず、今の俺は学級委員でもあるのだ。実のところ、まだうちのクラスの企画書だって書き終わっていない。先日八雲とRINEをし、企画書の方だけでも片付けておかねばならぬ、と焦っているくらいなのだ。
「ん、いや待てよ……?」
面倒臭さの沼に沈みそうだった俺は、ハッと名案を閃いた。
【ゆーと:明日でよければ相談に乗ってもいいぞ。月瀬の家って蒲田方面?】
【らいか:そうだよ。蒲田の隣駅】
【らいか:急にどったの?】
【ゆーと:いや、約束は守るべきだと思っただけだ】
どちらにせよ、明日は蒲田まで出るつもりだった。あそこにはオタク御用達の店が二軒もあるのだ。新刊ラノベを買うにはちょうどいい。
加えて、どうせ企画書を書かないといけないのなら、月瀬に見せながらやってしまった方がいいだろう。一石二鳥どころか三鳥のアイディアだった。
【らいか:ほんとかなー?】
【らいか:まぁいいや。じゃあ明日10時に駅前でいい?】
【ゆーと:了解。PCとか文化祭の資料とかは持って来いよ】
【らいか:言われなくても分かってるってば】
かくして、インドア派オタクの一石三鳥ワークライフバランス作戦が決まった。
◇
「はぁ~。助かったよ、百瀬くん。やっぱり頼りになるね」
「ん、まあこれくらいはな。体育祭のときには頼らせてもらったし」
「あれねー。急に名指しされたときはびっくりしちゃったよ」
月瀬とRINEをした翌日。
二人で三時間ほどかけて企画書を仕上げた俺たちは、追加注文したポテトを摘まみながらくつろいでいた。
話題に上がるのは、体育祭の担当決めのこと。雫だけでは経験不足だろうと踏んだ俺は、広報班の副班長に月瀬を指名したのだった。
「悪かったな。あのメンツだと、雫を支えてくれそうなのが月瀬しかいなかったんだよ」
実のところ、月瀬と俺はそこまで深い仲ではない。八雲の方が話している時間だけで言えば長いはずだ。
それなのにあの場で指名した。あれはなかなかに無茶ぶりだったな、と思っている。
「ううん、百瀬くんの力になれたのは嬉しいからいいよ。こうして恩返しもしてもらってるわけだし?」
それにしても、と月瀬はぱっつんと切り揃えられた前髪を弄りながら呟く。
「『雫を支えてくれそうなの』かぁ~。百瀬くんたち、ラブラブなんだ?」
「えっ」
「えっ? 違うの?」
「あ、いや、それは……」
違わない。一言そう言うのが正しいのに、口ごもってしまう。まさかこの話題に繋がるとは思っていなかったから、咄嗟のことで判断が鈍ったのだろう。
『先輩が彼女にしてくれる限りは、いい彼女になってみせます。きっとこの時間が、未来の布石になるはずなのでっ!』
それに……と思い出すのは水着を選びに行った日の雫とのやり取り。雫の口ぶりは、俺たちの関係の終わりを予感しているようだった。
この夏を超えたとき、俺がどうなっているのかはまだ分からない。きちんと美緒と向き合い、乗り越えられるのか。俺には自信がない。
それでも俺は――。
「ま、そこは想像に任せるけど。雫は小学校の頃から可愛がってる後輩なんだよ。彼女とか抜きにして考えても、心配するのは当然だろ?」
「からかわれるのに慣れてる人の返しだぁ……」
「まあな。それに、雫とは付き合いも長い。小学校も同じだしな」
ほぼ全校生徒公認のカップルになっている以上、今さら小学校の頃からの関係だと知られたところで問題はあるまい。
俺が言うと、そっかぁ、と月瀬はしみじみ呟いた。
「素敵な関係だね。いいなぁ。あたしも後輩に慕われるいい先輩になりたいなぁ」
「月瀬なら人当たりもいいし、後輩にも懐かれそうだけどな。雫も『いい先輩を紹介してくれてありがとうございます』って言ってたぞ」
「えっ、ほんと?」
「ああ。こんなことで嘘は吐かねーよ」
正真正銘、ほんとの話だ。
体育祭の準備期間中、雫は楽しそうに話してくれた。広報班の皆と上手くやれてることとか、月瀬に助けてもらったこととか、色々と。
あの子はそういう子なのだ。
悪い子ぶる時はあるけれど、雫の本当の姿はそれじゃない。
「いい子なんだね、雫ちゃんって」
月瀬の言葉に頷く。
綾辻雫はいい子だ。いつも俺を笑顔で照らしてくれる、いい子なんだ。
「よーし、文化祭頑張るぞー!」
「まずは文出会だけどな」
「それね」
帰省が終われば、文化祭の準備が始まる。
そのとき俺は、どんな風に日々を過ごしているんだろうか?
高二の文化祭を楽しめたらいいな、と思った。
――・――・――・――・――・――
本作はカクヨムコン9に参加しています!
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今年いっぱいでの完結を目指しているので、ぜひご自分のペースでお読みください(まだ全体の3分の1程度です)。
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