4章#33 THE LONG GOODBYE
SIDE:友斗
幾重にも重なる
散らばった星の一つ一つを繋げて意味を見出すには、俺の知識は足りていなかった。所詮、星は点。星座を成す線などありはしないのに、心のどこかで星座を描けたらと思っていた。
迎え火を焚く8月13日。
ずっと続くと思っていたトンネルをあっさりと潜り抜けて、俺は今日にたどり着いてしまった。それがいいことなのか、悪いことなのか、俺には分からない。
「ん? 友斗、どこいくんだァ?」
「……祖父ちゃん、もう起きてたんだ」
早朝。街さえ目覚めぬ朝3時に家を抜け出そうとすると、たまたま祖父ちゃんと遭遇してしまう。
かっかっ、と祖父ちゃんは豪快に笑って言った。
「まァな。この年になると、自然と早く起きちまうんだ」
「そっか」
「ンで、友斗は?」
「俺は……」
祖父ちゃんに聞かれるのも無理はない。俺自身、こんな時間帯に家を抜け出すと知られれば、怪しまれると思っていた。
まして今日という日の意味を考えれば、要らぬ不安を抱かせてしまう可能性もある。
「なァ友斗。祖父ちゃんのこと、そんなに信じらんねェか?」
「えっ、いや、そんなことは――」
「ま、信じらんなくて当然だろーがよ。美緒が死んで無理してる友斗に、俺ァ何にもしてやれてねェ。うちの大人は皆そうだ。どいつもこいつも、情けねェよな」
でもよ、と祖父ちゃんは言った。
「お荷物になる気はねェぜ。友斗が進めるってんなら、止めない。応援くれェは本気でやってやる。信じてやる」
「祖父ちゃん……」
「気張れよ、友斗。他の奴らには祖父ちゃんが上手く言っといてやっから」
「……ありがとう」
背中を押されて、俺は家を飛び出した。
信じられないだなんて思ってない。
頼りにならないとも思ってない。
けれど、俺は最初に信じなかった。何もかもを信じず、委ねず、勝手に諦めて……今を生きるのを放棄した。
俺は祖父ちゃんとの限られた時間を、もう何年も無駄にしてしまった。
せめてこれからは――祖父ちゃんを幻滅させないように、誰よりも鮮烈な今を生きていきたい。
だから俺は、
「おはよう、大河」
「おはようございます、百瀬先輩」
美緒に別れを告げに行く。
お盆に美緒を迎えるためにも、まずはお別れしなきゃいけないのだ。
◇
昨晩のことだった。
家に帰った俺は今一度サンクスレターを読んで、それから美緒との思い出を何度も何度も思い出した。
その後で、今周りにいてくれる人たちのことを考えた。
初めに出会ったのは雫だった。一人ぼっちで寂しそうにしている姿を放っておけなくて、彼女の手を引いた。そうしたら彼女はむしろ俺の手を引いてくれて、毎日を笑顔で照らしてくれた。
楽しかった。
次に出会ったのは綾辻だった。一緒に学級委員になってからはたまに取り留めのない話をした。淡泊なやり取りは意外と悪くなかった。一緒に暮らし始めてからは、シスコンな一面も見れた。
楽しかった。
最後に出会った大河は、本当は最初に出会っていた。間違っていく俺に誰よりも早く気付いて咎める一方、生徒会の先輩後輩として言い合ったりもした。芯の通った真面目さに何度も笑った。
楽しかった。
よく俺の面倒を見てくれる時雨さんのこと。何だかんだ絡んでくれる八雲。個性が強くて面白い如月。信頼してくれている学級委員の仲間。
色んな人のことを考えた後で、もう一度美緒に思いを馳せた。
全部が終わって、俺は大河に電話を掛けた。
『明日の朝、付き合ってくれるか? 美緒にお別れしにいきたい』
『はい』
即答だった。
後はお互いに家族に見つからないであろう時間を話し合い、昨日は眠った。
――そうして今、俺たちは墓場に向かって歩いている。
「なんか、早朝に悪かったな。大河も色々大変だろ?」
「そうですね。流石に、これだけ早い時間に起きるのは辛かったです」
でも、と大河は言う。
「約束しましたから。私は傍にいます。百瀬先輩がちゃんとお別れできるように」
「大河……ありがとな」
「はい、どういたしまして。……といっても、私は私で、ちゃんと目的がありますから。百瀬先輩のためというだけではないので、そこは勘違いなさらずに」
「俺のためだけじゃない?」
じゃあ何のためなんだ?
そう言外に伝えれば、大河は少しだけ寂しそうに答えた。
「私もお別れできていないんですよ、美緒さんと。だって知りませんでしたから」
「っ、そうか……そうだよな」
「はい。だから、百瀬先輩だけじゃないですよ。美緒さんとお別れするのは」
「――っっ」
本当に、と思う。
どこまでも大河は俺を守ってくれる。
でも、いつまでも大河に甘えるわけにはいかないよな。
やがて墓場に到着すると、俺は記憶を頼りに百瀬家の墓石を探した。小さい頃、何度か訪れた覚えがある。
墓石は呆気なく見つかった。
まるで美緒に呼ばれているようだな、と微かに思う。
「百瀬先輩」
「ああ。大河はそこで見ててくれ」
「はい」
俺は大河に言ってから、墓石と向き合った。
「美緒、そこに……はいないよな。分かってる。まだ迎え火も焚いてないし、帰ってくるには早すぎるもんな。でも俺は別れられてないからさ。迎える前に、ちゃんとバイバイしておきたかったんだ」
まるで走馬灯のように美緒と過ごした日々が頭の中を駆け巡る。
毎日、毎日、楽しかった。
美緒に叱られるのが嬉しかった。だって愛がこもっていたから。俺に特に厳しいのは俺にかっこよくあってほしいと思ってるからだって知ってたから、余計に嬉しくて。美緒が怒るときに、少し鼻がひくひくするのが可愛かった。最高に可愛くて、怒ってるときに鼻を摘まんだらどんなに楽しいだろうって思ってたんだ。
美緒は運動以外なんでもできたから、兄としてかっこいいところを見せたいって思ってた。そんな風に思ってやり続けたらいつの間にか自分の身になってて、それすら美緒の策略なんじゃねって思ったよ。つーか、絶対そうだった。逆光源氏計画かよ。年上の若紫とか斬新すぎるって。
美緒と結ばれたとき、美緒に好きだと言ってもらえて、美緒に好きだと言うことができて、泣きたくなるくらい嬉しかった。兄妹は結婚できない? そんな法律、どうにでもしてやる!って思ったよ。
ずっとずっと、あの日々が続いてほしかった。
秘密にするしかなくたっていい。俺は美緒と結ばれたかった。あの初恋を、間違いだなんて絶対に言わせたくなかった。
――美緒は死に、俺は生きた。
その事実は揺るがない。
でも…でもさ……ッ!
それで終わりじゃないだろ? 死んだくらいじゃ、恋は終わらない。
死後の世界や来世で、きっとまた巡り合える。
誰かを代わりにしなくたって、美緒はいるんだ。
「見ててくれ。俺、美緒に惚れ続けてもらえるようなかっこいい男になって見せるから。もう言い訳はしないって約束するから」
酷い男だよな。
惚れてくれた女の子に、見ててくれ、なんてさ。もしかしたら他の子と関わることだってあるかもしれないし、その子のことを好きになることだってあるかもしれないのに。
それでも、見てて、だなんて。
嫌いになってくれてもいい。その度に惚れてもらえるよう頑張る。
「今は、今生きている人たちの手を全力で握り続ける。だから全部終わって、また会えたら――そのときはたくさんヤキモチ妬いてくれ。それで、俺の傍で笑ってくれ」
生きて、生きて、生き終えて。
後はそのとき考えるから。
そうしないと、好きになってくれた美緒に申し訳が立たないもんな。
「それまでは、お別れだ」
零れそうな涙を拭く。別れは涙を堪えて笑顔でするものだから。
「最低な主人公はやめて、いつか最高の主人公になってみせる。それで――きっと、美緒のことも迎えに行くよ」
言って、俺は立ち上がる。
大河を一瞥し、彼女と場所を入れ替わった。後ろ髪を引かれる思いは少しもなくて、それがきちんと『さよなら』をできたことの証明のように思える。
「美緒さん。あの夏、私に掛けてくれた言葉は絶対に忘れません。三人で食べたゼリーの味も、たくさん遊んだ記憶も、全部ぜんぶ……大切な宝物です。あの夏のおかげで私は――大切な人のヒーローになれました」
大河は静かに、そう告げる。
泣いてはいなかった。笑ってもいなかった。
その真剣な横顔が、どこまでも大河らしい。
「ありがとう、美緒さん。美緒さんと百瀬先輩は一生私のヒーローです」
それで大河のお別れは終わりだった。
墓石から離れた彼女は振り向き、少し照れ臭そうに笑う。
「さあ行きましょうか、百瀬先輩。まだ終わったわけじゃありませんから」
「うん……分かってる。ちゃんと終わらせるよ、きちんと始めるために」
始めよう、俺たちの青春ラブコメを。
そのために――泥沼の不純愛にはドロップキックを喰らわせてやれ。
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