4章#19 女の子の特権
「…………分からん」
「ですよね。なんか私も分からなくなってきました」
水着を選ぶこと10分ほど。
雫だけじゃなく俺も真剣に水着を選んでいたのだが、今度は逆に考えすぎて、分からなくなるという自体に陥ってしまっていた。
「っていうか、もうこうなったら前と同じような柄でいいんじゃないか? 前にだってそれなりに似合ってただろ」
「むぅ、それはそーなんですけど……でもやっぱりこう、気分を変えたいのもあるかなーって」
「じゃあ流行のにすれば?」
「流行のだと被るじゃないですか。それはなんだかなー、と」
「なるほどなぁ」
注文が多い水着店である。
とはいえ雫が言いたいことも理解できる。これを服に変換して考えれば、俺だって雫と同じように思うからだ。
気分は変えたい。けど流行に乗りすぎて服が周囲と被るのも恥ずかしい。
じゃあどうすればいいかと言えば、道は三つ。
一つ、センス無視で好きなものを着る。
一つ、流行ではないが無難にいいものを着る。
一つ、流行りのものを着こなす。
選ぶとすれば二つ目かね。無難な水着がなんなのか分からんけど。
「あの、もしよろしければお手伝いさせていただきましょうか?」
俺たちがうんうんと唸っていると、店員さんが話しかけてくる。
本場の(?)営業スマイルを発動するその人には、SPごっこをしていたときから気付いてはいた。
ただ他の客の相手をしたり、話しかけようか迷ったりしていたので、俺たちには声をかけてこないかと思っていたのだ。
「あっ、えっと……じゃあお願いしてもいいですか?」
「はい。どのような水着をお探しでしょうか?」
「んー……それが、ちょっと思いつかなくて。流行に乗りすぎて被っちゃうのは嫌だなって思うんですけど」
「なるほど。なら――」
雫が店員さんと話し始める。
こうなると俺は完全に話に入れないので、テキトーに待っていることにした。キョロキョロと辺りを見渡すと、なるほど、色んな水着がある。
この前大河にはどんな水着が好きか聞かれたが、綾辻はどんなのを着るんだろうか。それとも海自体を嫌う? ……それもありそうだよな。
「――と、先輩!」
「ん、お、どうした?」
「試着してくるので、見てもらってもいいですか? 何個かおすすめしてもらったんですけど、実際に来てみないと迷っちゃうので」
「試着か……了解。まぁまともな感想は期待しないでくれ」
「それ、何のための試着か分からないんですけど……」
苦笑いしつつも、雫は試着室に向かった。俺も店員さんにお辞儀してからついていく。
なお、店員さんは『か、可愛い彼女さんですね!』と目を輝かせていた。言ってみたかったのかもしれない。言い終わった後、ガッツポーズしてたし。
試着室に入ると、雫はカーテンを閉めた。
すぅ、さっ、じぃ、と服を脱いでいる音が生々しく聞こえる。下着を脱がないのは常識的に分かっているが、それでもカーテンの向こうで裸同然の姿になっていると思うと、居た堪れない気持ちになってくる。
同時に、楽しいな、とも思った。
いや別に、やましい理由ではなくて。
こうやってドギマギしたり、くだらないことを考えたりして、そういう青春っぽいことに興じるのは悪くない。それどころかとても心地よくて、楽しくて、できることならずっと続けたいとすら思う。
『先輩が彼女にしてくれる限りは、いい彼女になってみせます。きっとこの時間が、未来の布石になるはずなのでっ!』
雫は言った。
今こうして過ごしている時間が、未来の布石になることはあるのだろうか?
雫に美緒を重ね、『二番目だけど周知の彼女』だなんて間違った立場を押し付けたのに……その間違いから生まれる未来も、あるのだろうか?
考えようとして、弁に引っかかった。
まだダメだ、考えられない。美緒がいない世界の何が幸せなんだよ?って思ってしまう。
思考の海で溺れそうになっていた俺を引っ張り上げたのは、カーテンの向こうから聞こえる雫の声だった。
「ねぇ先輩。着替え終わりましたよ」
「分かった。じゃあ開けてくれ。俺が開けるのも変だし」
「りょーかいです」
かしゅ、と雫は勢いよくカーテンを開けた。
試着室の中でえっへんを胸を張る雫の姿を見て、刹那、俺はまず周囲の視線に意識がいった。
いわばそれは――独占欲というやつで。
見られたくない、と。それが叶わないとしても、せめて試着である今だけは俺が独占したい、と。
そう思えるくらい、雫の水着姿は綺麗だった。
可愛いとか色気があるとかではなく、綺麗だと思う。
上は白いビキニで、下は白いスカート型。スカート丈の先の方はレース生地になっていて、まさに『清純』の二文字が頭に浮かぶ。
そしてその作られた『清純』のあざとさを表すように、雫はサイドテールの高さを変えていた。いつもよりも高めにまとめられたサイドテールと、不敵な笑みにドキリとさせられる。
――白い悪魔
まさにそんな一言がしっくりくるだろう。
「どーですか、先輩♪」
「えっと……っ」
何と言おうか、と言葉に詰まった。
でもここで何も言わなかったり誤魔化したりするのはズルい気がして、何とか褒め言葉を口にする。
「綺麗だよ、雫。よく似合ってる」
「~~~っ」
ぽつん、と太陽の
何の飾り気もない言葉だったけど、喜んでくれたみたいだった。まぁその何倍も恥ずかしそうにしてるあたり、雫って攻められるのに弱いよなぁとも思うけど。
かしゅっとすぐにカーテンを閉めたので、俺はぽりぽりと頬を掻きながら聞いてみる。
「どうする、他のも着るか?」
「……いいです、やめときます。私的にもこれがいいかなって思いましたし」
「そっか」
だよな、と思う。
なんで迷ってたんだろうって不思議になるくらい、今の水着は雫に似合っていた。流石はプロということだろう。
「……あの店員さん。一度言ったら二度目はいいので、言うタイミングを見計らうのやめてもらっていいですか?」
「えっ、な、なんのことでしょう?」
「あー……まぁいいですけど。そういうの現実じゃなかなか言わないと思うので、気を付けてくださいね」
「は、はい」
店員さんがシュンとする。他の店員さんと比べても若い人だし、もしかしたら新人さんなのかもしれないな。肩を竦めていると、着替えを済ませた雫が出てきた。
「お待たせしました」
「おう。じゃあ買ってくるから。それでいいんだよな?」
「へっ? えと、まぁそうですけど……買ってくれるんですか?」
手を差し出した俺に対し、雫は目をぱちぱちとさせる。
「言っただろ。出先でなんかプレゼントするって。それとも約束、忘れたのか?」
「っっ……だってあれ、断りましたし。その代わりに水着一緒に選んでもらいましたし」
「まぁ、ちょっと水着選ぶのは戸惑ったけどさ。楽しかったし、気晴らしになったから」
ありがとう、とは言わない。
彼女と彼氏がデートするのは当たり前だし、雫は俺の気晴らしのために声をかけたわけじゃない。勝手に意図を誤解して感謝するのは、なんか違う気がする。
でも、いや、だからこそ。
俺たちはまだ恋人同士なのだ。彼氏が彼女にプレゼントをするのはおかしなことじゃない。むしろ一緒に選びに来た水着をプレゼントするのは自然だろう。
この足踏みさえもいつかの布石になりますように、と祈りたいんだ。
きらら、と雫は笑った。
「じゃあしょうがないのでプレゼントさせてあげます。はいどーぞ、先輩」
言いながら、雫はさっき着ていた水着を俺に渡す。
しっかりと受け取って会計に向かおうとしたとき、ぐっと雫が近づいてきた。
そして耳元で、
「大好きですよ、先輩」
と囁いた。
「――……っ。そういう不意打ちはズルいだろ」
「ズルいのは女の子の特権ですから。まだ彼女なんですもんっ、こーゆう反撃くらいはさせてくださいっ!」
そんな風に言い残して、雫は他の水着を片付けに行く。
その後ろ姿を見送った俺は、本当だよ、と心の中で呟いた。
本当にズルくて、けどちっともズルくない。
あんな眩しい子と向き合うためにも、俺は。
変わらなくちゃな、と強く思って、俺は今度こそ会計に向かった。
なお――。
会計のときに水着のサイズが見えてしまい、悶々としたのは雫には内緒である。
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