4章#20 本当に欲しいもの
「じゃあ帰りましょっか」
「いいのか? なんかスイーツでも食って行ってもいいんだぞ。それぐらい奢るし」
「さっきも言いましたけど、今は節制中なんです。スイーツは魅力的ですが、まだ今度で」
水着ショップを出て、俺たちはそんな風に会話をする。
すりすりとお腹をさする雫。節制がする必要があるとは思えないし、事実さっき見た水着姿はお世辞抜きで綺麗だったのだが、そんなことを言ってもあまり意味はないだろう。
雫は頑張れる子だ。
自分の在りたい自分で在るために、努力する子。ならその努力を否定して誘惑してはいけない。
けどまぁ……過度な努力をしてほしくないな、と思うのも人情なわけで。
「じゃああれだ。海行ったら、かき氷とかアイス、食おうな。そのときまでお預けってことで」
「ふふっ、ですねー。楽しみにしておきます」
「あぁ、そうしてくれ」
にっ、と笑ってから肩を竦めて見せる。
それから二人で手を繋いだ。いつもは俺の腕が後ろだったけれど、今日はたまたま俺の方が前になる。ただそれだけなのに、全く別の繋ぎ方をしているように感じるのだから、恋人繋ぎは不思議だ。
雫とテンポを合わせないと、距離が離れてしまうから。
いつもよりもゆっくり歩く。
「あ、先輩。ちょっとだけ雑貨屋さん見てもいいですか?」
「雑貨? 全然いいぞ。何なら暑すぎてもうちょい建物の中にいたいまである」
「それは……どちらにせよ、炎天下の中に帰らなきゃいけないので無駄な抵抗だと思いますけど」
「言うなよ……ったく。これだから外は嫌いなんだ」
「出た、引きこもり発言」
ぷーくすくす、と雫が嘲笑混じりに笑った。
「とか言う雫も、夏休みほとんど家にこもってるよな? 先週友達とカラオケにいったくらいだろ」
「だって暑いですし。折角の夏休みなんですから積み本消化したいですし」
「出た、引きこもり発言」
「むかーっ! そーやって人に仕返しして楽しいですかっ?」
「めっちゃ楽しい」
俺が満面の笑みで答えると、雫はぷくぅぅぅーっとフグみたいに頬を膨らませる。
「先輩の意地悪! 性悪!」
「性悪はなんか違くないか?!」
「じゃあ……悪徳領主?」
「むしろいい奴になるパターンだし」
ぷっ、と二人で吹き出す。
けらけらと雫と一緒に笑うこの時間が、ずっと昔から手放せないおもちゃみたいに愛おしく感じた。
「ん……? 先輩がニヤニヤしてる。もしかしてさっきの私の水着姿を思い出しちゃってます? だとしたらそーゆうのは、海に行くまで遠慮してほしいんですけどー」
「別にそういうわけじゃない。っていうか、海に行った後ならいいのかよ」
「えー、まぁそうですね。私が海で遊ぶ姿が刺激的で脳裏を離れないっていうなら、思い出すことを許可してあげます。私もゲームの水着CGは何回も見直す派ですし」
「そこでギャルゲーに喩えるのはどうなんだ……」
いや俺も何回も見直すし、ショットによっては
誰に言うでもなくぶつぶつ考えながら、俺は雫が見たいと言う雑貨屋まで一緒に歩いた。
◇
SIDE:雫
結局雑貨屋さんの後に本屋さんにも寄ることになり、帰る頃には夕方と言って差し支えない時間になっていた。
夏だから日が沈むのは遅いけれど、それでも夕方のお日様はその他の時間とは違うもののように思える。
私と先輩の後ろを、二人分の影がついてくる。
仲良さそうに近づいて、手を繋いで、アスファルトの中でラブラブな感じ。お熱いねぇ、とか、そんなくだらないことを考えてみたら笑えた。
本当の私たちは、どうだろうか。
多分誰の目から見ても、私と先輩は正しくカップルだと思う。ラブラブで、胸がキュンキュンして、甘い関係性だろう。
実際はどうか、と考えてみよう。
例えば偽物のカップルのように、実は全て噓だった、なんて言えてしまえたら楽だ。人前でだけカップルのフリをしていて、二人っきりのときに素っ気ない。うっわ何それとっても捗る……偽カップルって、ベタだけどいいよね。
でも、そういうんじゃない。
私と先輩の関係は、そういうのとは違う。
だって私は先輩に嘘をついてない。好きだって気持ちも、大好きだって気持ちも、ドキドキやキュンキュンだってそのまんま見せている。そりゃ恥ずかしくなって顔を逸らしちゃうこともあるけど、それは偽物たりうる根拠ではないはずだ。
先輩も私に愛を囁いてくれる。
たとえ一番になれなくても、愛されるならいいじゃないか。私と先輩とお姉ちゃん。三人で幸せになれれば、それが一番いいに決まってる。
そんな風に、何度開き直ろうとしただろう。
言い聞かせようとした。堕ちて行こうとした。たくさんの背徳系ラブコメのヒロインがそうだったみたいに、好きな人と地獄にでも堕ちてしまおう、って。
でもやっぱり、私にはできない。
不純愛も、妥協も、背徳も、私は認められない。私が本当に大好きなのは、無垢で純白で楽しい、真っ直ぐなシナリオだから。
私はそういうシナリオで、最高のヒロインになりたいんだ。
「ねぇ先輩」
電車を降りて、改札を通って。
惜しむように歩いたら、あっという間に家に着いた。
上目遣いで先輩のことを見つめると、なんだかきまりが悪そうな顔をされる。
「どうした?」
二人っきりで、家の前。
今日も色んなカップルとすれ違って、ラブラブなところを見せつけられた。
だから体の奥底では欲求が燃えている。いつかの夜のように、壊れちゃうくらい強く抱き締めてもらいたい。キスして、エッチなこともしてほしい。
でもやっぱり、思っちゃうんだ。
先輩には笑っていてほしい。作り笑いも後ろめたさもなしに、底抜けに平和な青春を送ってほしい。そこに小悪魔な後輩として、一緒にいたい。
世界平和、って。
彦星様にそうお願いしたから。
「いいえ、なんでもないです」
「……? なんだそれ」
「なんでしょーねっ。内緒です♪」
先輩とのかくれんぼを思い出す。
最初の10分で見つけられたら悔しくて、真ん中の10分で見つけてもらえたら満足で、けど最後の10分まで見つけてもらえないと寂しくて。
けど――百瀬くんはすぐに、最初の10分で見つけられるようになっちゃったもんね。
「むぅ……なんかムカついてきたのでかくれんぼしにいきませんか?」
「急すぎるんだけど?! お前はガキか」
「ガキの水着姿に見惚れてた人がなんか言ってる」
「それ、綾辻の前で言うなよ? 絶対に言うなよ? さもなくば俺の目と今日でおさらばすることになるぞ」
「あっ、別に先輩の目が好きなわけじゃないので」
「薄情すぎる!」
けたけたとくだらないことで笑って。
私たちは一つ屋根の下で過ごす、一人の女の子と一人の男の子に戻れたらいいな、と思った。
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