3章#30 愚者の号砲
SIDE:友斗
6月が終われば、7月がやってくる。
7月になると一気に夏だなって思えてくるのは、単に気温の問題というわけじゃないと思う。
季節の訪れには、必ず目印がある。
春なら、そう。何かしらの始まり。
入学式とか、始業式とか、新年度とか、満開の桜とか。
今から始まるぞって、不思議とワクワクするのが春だ。
だとすれば夏の目印はなんだろう?
水泳の授業はうちの学校だとやらないから違う。そもそも、7月の中旬に差し掛かる頃には一学期が終わるしな。
きっと、夏の目印は夏休みだ。
具体的には夏休みの気配。テストが無事終わり、さぁ夏休みは何をしよう、と浮足立ち始めたら夏だと思う。
……なんて詩的な表現をしてみるけど、実際には教室のクーラーがフル稼働し始めたら夏かなぁ~と思う、現代っ子な百瀬友斗くんでした。
「友斗、何そんなところで黄昏てんの? あ、もしかして2位になったから凹んでる?」
「……やかましい。別にそういうんじゃねぇよ」
「さっきめっちゃ悔しそうに返ってきた解答用紙を睨んでた奴がなんか言ってる」
「もうちょっとプライバシーに配慮しあおうぜ⁉」
まぁぶっちゃけちゃうと、八雲の言う通りなんだけどね。
期末テストが終わり、今日はそのテスト返却日だった。
例の如く上位30位の点数と名前が貼りだされており、俺はつい先ほど確認してきた。その結果は今しがた八雲が口にした感じ。
綾辻が1位で、俺が2位。
ちなみに点差は2点。俺が数学の難問の途中式をしくじって減点されていなければ俺が勝っていた。くそぅ、やり方は分かってたのに……!
と、そんなわけで今の俺は自分でも意外なくらいに悔しがっている。
七月になると同時に馬鹿みたいに晴れるようになったこともあって、今は中庭まで出てきている。屋上は……日差しが強くて死ぬからな。
「で、そっちは? 赤点はちゃんと回避できたんだろうな」
「おう、それはばっちり! 二人揃ってギリギリセーフ」
「ギリギリセーフを威張るな」
「てへっ」
「眼鏡ぶち割ってやろか?」
はぁ、とこめかみに手を添えて溜息をつく。
ともあれ、赤点回避できたのならよかった。あれだけ手取り足取り教えておいて赤点取られたらムカつくしなぁ。
ここに来るまでに買ったいちごオレをちゅるちゅると吸って、ふぅと人心地つく。今日は三年生向けに
「つーか、あれだな。そろそろ文化祭の話もしないと」
「文化祭なぁ。そういえばそうだな」
仕事の息抜きに仕事の話をする。
あぁ、なんと虚しいことよ……なんて話はどうでもいいか。
うちの学校の文化祭は、例年9月下旬から10月の頭にかけて行われる。
学校での準備が許されるのは8月の中旬からであるため、大抵のクラスは夏休みに入る前に実施する出し物を決めておくのだ。
「何やることになるんだろうな。やっぱりメイドカフェ?」
「何がやっぱりなんだ……」
「えー、だって定番じゃん。あ、けど大正ロマンも捨てきれない」
「ぐぬぅ。気持ちが分かってしまうから強く言えない」
青春モノは作品数も多く、文化祭の描かれ方も様々だ。バンドをやったり、大正ロマン喫茶をやったり、漫才をやったり……本当に色々である。
だからこそ文化祭回は胸アツだし、めっちゃ泣けるんだよな。
「まぁぼちぼち考えないとだな。今はやらなきゃいけないことがあるし、できればその後がいいんだが」
「やらなきゃいけないこと……あ。七夕フェスか」
「そういうこと」
如月から聞いていたのだろう。
言い当てた八雲に対して俺は頷く。
「俺も七夕フェスは楽しみにしてるから頑張れ!」
「言われなくても……と、悪い」
話している途中で、ぶるるっ、とスマホが振動した。
雫がテスト結果を報告してきてるのか?
そう思ってスマホを取り出し、少し驚く。送信主は雫ではない方の一年生――即ち、大河だった。
【大河:すみません先輩。今日の生徒会には参加できそうにないです】
……?
そんなことくらい直に言えばいいし、そもそも今日が休みであることは事前に伝えていたはずだ。
眉をひそめつつも、ひとまず返信する。
【ゆーと:今日は休みだぞ。三年生が推薦説明会だから】
ぽつん、と既読の二文字だけがついた。
けれども、待てど暮らせど返信は来ない。5分ほど既読スルーが続いたところで、いよいよ違和感がゾワゾワと背筋を這う。
「友斗、どーしたんだ? すげぇ怖い顔してるぞ」
「んあ? いいや、別に何でもない」
そうだ、何でもないはずだ。
そうは思うのに嫌な汗が額に滲む。
暑さのせいだ、なんて。
夏を舞台にした恋物語みたいに思ってみるけれど、そんなのは気休めでしかない。
ふと思う。
大河は――入江大河という少女は。
先ほどのメッセージのやり取りを、返信なしで終わらせるような女の子だろうか。
肯定することもできる。普段の話し方とSNS上での振る舞いが異なる奴なんて山ほどいる。俺だって見る人が見ればそう取られても仕方がないはずだ。
それに先ほどのやり取りは、最低限度の情報の交換を済ませていた。
欠席の連絡に対し、俺が今日は休みであることを伝えて。
後は文脈を読み取ることでお互いの意図は分かる。そういう意味では、返信がなくとも妙だと思う必要はない。
けれど――。
大河は、クソ真面目な女の子だ。
笑ってしまうほどに律儀で、ずばずばと物を言ったあとにすぐ謝罪できるくらい礼儀を弁えすぎていて。挨拶はきちんとするし、お礼だってちゃんとする。
【ゆーと:大河、大丈夫か?】
だくだくと汗が流れていく。
心配しすぎなのは分かってる。たかがRINEのやり取りだ。神経質になる必要はどこにもない。
――いい加減にしろよッ!
安心できる理由を積み重ねて、それで何になる?
あの日繋ぎ止められなかった小さな手の温もりを、お前は忘れたのか?
「悪い、八雲。ちょっと仕事の電話をしてくる」
「おう……それはいーけど。顔も声も怖くなってんぞ」
八雲に言われて、ようやく気付いた。
真っ暗になったスマホ画面に映る自分の顔も、今しがた聞こえた自分の声も、あんまりに余裕がなさすぎる。
すぅぅぅ、と深く息を吸い込む。
めいいっぱいに取り入れた空気をゆっくりと吐き出して、にぃ、と頬をつり上げた。こうすると自分が道化みたいに見えてしまうが仕方がない。
だが、何もないならそれでいい。
俺はもう、失って後悔をしたくないんだ。
とぅるるる、とぅるるる――。
発信音が鳴り続く。
積もっていくもどかしさに歯噛みしつつも、二度、三度とかけ直したそのとき。
『……ん、けほっ。もし、もし……?』
電話の向こうから、酷く弱った声が聞こえた。
こいつ……風邪ひいたのか。
「今からお前の家に行く。寝てろ」
『……? ぁぃ』
本当なら欲しいものとか調子とかを聞いてから向かう方がいいんだろうが、大河はこっちの言葉をろくに聞き取れていない気がする。
ぷつっ、と通話状態を終了し、スマホをポケットにしまった。
「八雲。俺、もう帰るわ」
「帰るのはいいけどよ……どこ行くんだ? 今、家とか言ってけど」
「大河の家だよ。あいつ、風邪ひいたらしい」
答えると、八雲が眉間に皴を寄せる。
「……本気か?」
「冗談で言ってるんだとしたら面白みがなさすぎるだろ」
「そーだけどよ」
ならさ、と八雲が言った。
「雫ちゃんも連れて行ったらどうだ」
「それは……いや、ないな」
「どうして?」
むしろこっちがどうしてそんな風に聞いてくるんだよ、と言いたい気分だが、今はさておいて。
理由は単純だ。
「大河は雫のこと、本気で大切に思ってるからな。雫にうつしたら馬鹿みたいに自分を責めると思う」
あいつは律儀だから俺にうつしても自責心に駆られるだろうけど、そこは上手いこと言って説得するから大丈夫。俺、ここ数年風邪引いたことないしな。
「まぁ俺一人で何をしてやれるのか分からんし、多分雫には電話でヘルプを頼むけどな」
「…………そういうことなら、いっか」
「何がだよ」
「何でもない。ちょっと……心配になっただけ」
何のことはか分からないし、分かろうとするのを躊躇ってしまうから。
そうかよ、とだけ俺は返事をした。
「ま、とりあえず事情は分かった。もうこの後は授業ねぇからあれだけど、一応俺の方から先生に報告しとくわ」
「助かる。行ってくる」
「おう」
やかましいほど真っ青な空を見上げて、俺は溜息をついた。
心象次第でどうとでも見てしまうんだから、人間ってやつは理不尽だよな。
ぐっ、と足に力を入れて、俺は駆け出した。
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