3章#29 初恋を終わらせたかっただけ
「ハッピーバースデー、トゥーユー♪」
雫のノリノリな歌唱が部屋に響く。
四日間の期末テストも半分が終わり、勉強会からちょうど一週間が経った土曜日。
赤点必至の八雲と如月は暗記科目に取り組んでいるはずだが、俺たちはそれほど追い詰められているわけではない。
何より、今日は6月28日。
綾辻が生まれた特別な日にまで一日中勉強漬けになってしまうのは、家族として忍びなかった。
……なお、父さんと義母さんは今日も遅いらしい。まあしょうがないね。
「って、先輩! 先輩も歌うんですよ!」
「いや歌わねぇから」
「音痴だからですか?」
「バースデーソングで音痴とか関係なくない?! そうじゃなく……そもそも俺が歌うのは変だろうが」
想像してみていただきたい。
高校二年生がバースデーソングをノリノリで歌っている姿を。
色々とキツイものがあると思う。
だいたい、高校生にもなってバースデーソングってのもなぁ……。
俺が渋い顔をしていると、くすくすと楽しそうな綾辻が言ってくる。
「そこまで変じゃないから大丈夫だよ。さ、歌って」
「綾辻が敵に回った?!」
「味方に回ることの方が少ないし」
「そうだけども! って、歌わないからな?」
「ふぅん。けど今日は私が誕生日だし。このパーティーの主役、私だし」
「そーですよ、先輩! 歌いましょう! せーっ、のっ」
ハッピーバースデートゥーユー。
渋々ながら雫が歌うのに追従すると、頬杖をついた綾辻が和んだように破顔した。
それにしてもあれだな。こんな誰でも歌える歌ですら音痴を発揮できるあたり、マジでプロ音痴すぎる。プロ音痴ってなんだ。
「ふふ、ふふっ」
「先輩、かわいいー!」
「くそぅ。殺せぇ……殺してくれぇ」
歌が関わる状況では音痴に人権などない。中学の頃は絶対にバレないために口パクを練習しまくり、更にパートリーダーになることで他の男子に頑張らせたからな。そうでもしなきゃやっていけんのだ。
「もういい! プレゼントを渡すぞ、雫」
「えー、もうですか?」
「もうです。っていうかほら、割といい時間だぞ」
時計が指し示すのは、いつもなら雫が入浴し始めている時間だ。
色々とふざけて遊んでいたせいで時計を見るのをすっかり忘れていた。
「ほんとですね。じゃあじゃあ、まずは私からっ! お姉ちゃん、はいどうぞ!」
「ありがとう、雫」
向日葵みたいな笑顔でプレゼントを渡す雫。
綾辻はふんありとお礼を言うと、丁寧な手つきでプレゼントを開けた。
「へぇ……これって、ピアス?」
「ううん、イヤリング」
「あぁ、穴開けなくていいやつか」
「そ! お姉ちゃん、あんまりこういうの着けないけどさ。でも絶対似合うから、今度着けてみてよ!」
二人は本当に仲がいいよなぁ。
きゃっきゃとはしゃぐ姿を見ていると、胸の奥の方がふわっと温かくなる。
俺と美緒は異性の兄妹だったから、こんな風にはしゃぐことはなかった。仲がいい兄妹ではあったはずだけど、同性だったらよかったのにな、と思う部分も多い。
「イヤリングかぁ……痛い?」
「うーん。ほんのちょっぴり、痛いかも。けど慣れたらだいじょーぶ」
「そっか。じゃあ今度出かけるときにでも着けてみるね。ありがとう」
綾辻が雫の髪を撫でる。
えへへー、と仔犬みたいな顔をする雫。
なんだかこう、百合百合しい空気が凄い。俺は邪魔な気がしてきた。百合界隈ってやたらと男に厳しいしな。別に男が挟まったっていいって思うオタクもいるのに、奴らは百合規制が(自主規制)。
「あー、綾辻。俺からはこれな」
ぽりぽりと後頭部を掻きながら言うと、綾辻は俺が渡したものをまじまじと見つめた。
「えっと……髪留め?」
「あ、あぁ。この前、生徒会の仕事の関係で貰ってな。雫とはちょっと雰囲気が違うから」
「そっか」
ありがと、と綾辻が呟く。
「今度着けてみる。ちょうど髪留め、欲しかったし」
「それはよかった」
顔を上げると、綾辻と目が合う。
なんだかくすぐったくて、俺はにへらっと作り笑った。
◇
SIDE:澪
私の誕生日だろうとも、24時を過ぎれば日付は変わる。呆気なく誕生日が終わって29日を迎えても、私はまだ眠るつもりがなかった。
眠気がないわけじゃない。
けど、今日は約束がある。
「おかえり、ママ」
深夜2時。仕事から帰ってきたママを出迎えると、ただいま、と厳かな声が返ってきた。驚きがないのは、事前に話をしていたから。
【MIO:どうしてもママと話したいことがある】
【MIO:誕生日の夜でいいから、時間を作ってほしい】
一週間ほど前、私はママにRINEをした。誕生日を引き合いに出してまで仕事が忙しいママに頼んだのは、どうしても今、話しておきたいことだったからだ。
「百瀬くんと雫はもう寝てるよ。私とママの二人っきり」
「そう……」
「けど、起きてくるかもしれないから。ママの部屋でいい?」
「……えぇ、いいわよ」
二人に聞かれたくない話だと分かってくれたのだろう。ママはすんなり承諾してくれた。
ママの部屋は、ほとんど使用感がない。週に一度くらいは帰ってきてるらしいけど、ここに住んでる感じはちっともなかった。
時々思う。ママはこれで幸せなんだろうか? 私たち子供の存在が、ママにとって負担になってるんじゃないか?
でも……。
私はママをじっと見つめて、さっそく本題を切り出す。
「ねぇママ。私の父親って、誰?」
「……澪、急にどうしたの? 孝文と何かあった? それとも、あの人が?」
「ううん、どっちでもない。あと、ママが言ってるような意味で聞いてるんでもないよ」
矢で射るように言うと、ママがぴくりと眉を動かした。私の真意を探るような眼は、母のものではなく、一人の女のものだと感じられる。
私たちの間に広がる静寂は、走る直前のアキレス健みたいだった。
――On Your Mark.
私は、ガンッ、とピストルを鳴らした。
「ママ、教えて。私はママと誰の子? 誰とシて産んだ子なの?」
一つ一つのピースを組み立てれば、自然と“ここ”にたどり着く。
そもそも、私と美緒ちゃんが似ていること自体、すごく不自然なのだ。百瀬や霧崎先輩の反応を見るに、面影があるとか似てるパーツがあるとか、そういう次元には思えない。瓜二つという表現がぴったりなのだろう。
それっておかしい。そりゃあ他人の空似はありえないわけじゃないけど、作為的にも程がある。
そこで次のピース。ママがお義父さんのことを好きだった、という過去を加えてみる。
私や雫が恋の前で暴走していくのは、幾度と不倫を繰り返した父親からの遺伝だと思っていた。けれど、そうじゃなかったとしたら? ママも
「…………気付いたのね」
「やっぱり
「厳密には分からないわ。調べてないの。孝文とシたのはたった一度だけ。孝文は酔って覚えてなかったし、あの人ともちゃんとシていたから……」
「真相は闇の中のはずだった」
えぇ、とママが頷く。
「別にね、浮気をするつもりはなかったの。最後に、初恋を終わらせたかっただけ」
「……うん」
「でも孝文が一人になって、想いが抑えきれなくなった。だからあの人の不倫を許すのをやめた」
「そっか」
世間一般からすれば、ママは正しくない。でも正しいか正しくないかなんてどうでもいいのだ。
今の私や雫にはママの気持ちが分かってしまうし、むしろ『どうして別の男に抱かれた?』とさえ感じる。きっとそれが、子供と大人の違いなんだろう。
だけど、今の私にはどうでもいいことだ。
ママが正しくないことも、あの人と離婚した経緯も、お義父さんとの恋物語も、私にとってはどうでもいい。
知りたいことは一つだけ。
私と美緒ちゃんは血が繋がっている。
私たちは姉妹なんだ。
なら……近づけるよね? もっと、もっともっと美緒ちゃんに――。
ねぇ、
私があなたを貰うけど、いいよね?
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