3章#25 いい彼女を持ったな……
来たる週末。
運がいいのか悪いのか、ここ最近見た覚えがないほどに天気は清々しい。こうも気持ちいいと昼寝をしたくなるわけだが、あいにくと今日はそんな風にまったりする予定はない。
今日は勉強会をするのだ。
当初は俺が八雲に教えるだけのつもりだったが、何だかんだメンバーは雫、綾辻、如月、大河を加えた六人という大所帯になっている。何だかTHE勉強会って感じだよな。
そんなわけで俺は、学校からほど近い駅にやってきている。
俺と綾辻と雫が一つ屋根の下で暮らしていることを八雲や如月にばらすわけにはいかないので、今日はここから少し歩いたところにあるファミレスで勉強をする予定だ。
「おっす、友斗~。早いな」
「まぁな。彼女とイチャイチャしながらくるとか、そっちはそっちでいい度胸だな?」
俺の次に待ち合わせ場所にやってきたのは如月と八雲の眼鏡カップルだった。
自然に手を繋いで来てるあたり、青春度が非常に高い。今から図書館デートにでも行きそうな装いである。
「そんなこと言われてもしょーがねぇじゃん。っていうかそっちは?」
「雫は綾辻と一緒に来るらしい」
「お姉ちゃんに負けちゃった彼氏さんの気分をどうぞ」
「……如月。勉強してる最中はほどほどにしろよ。綾辻だけでもアレだが、今日は大河だっているんだ」
「ふふっ、分かってるわよ~。今日の目的は勉強だもの。三人にセクハラしたりはしないわ」
「他の日ならするかのような言い方を……ったく」
やれやれとこめかみに手を添える。
まぁ勉強を真面目にやるつもりはあるはずだ。勉強会が決まってから中間テストの結果を見せてもらったが、八雲並みに酷かったし。
「おはようございます、先輩方! すみません。お待たせしてしまいましたか?」
三人で駄弁っていると、よく通る声が聞こえた。
待ち合わせ15分前なのに律儀に謝ってくることからも分かるだろうが、声の持ち主は大河だ。
そちらを見遣ると、制服姿とは少しだけ雰囲気の違う大河が立っている。
まぁ今日も柄が入っているだけでワイシャツを着ているし、ロングスカートだし、普段と物凄く印象が変わっているわけじゃないんだけど。
「いいや待ってない。っていうか、まだ待ち合わせ時間前だろ」
「かもしれませんが、皆さんは先輩ですし。結果的にお待たせしてしまったのなら同じことです」
「うわ、めんどくさっ。それ、他の奴に求めようとするなよ?」
「当然じゃないですか。馬鹿にしないでください」
朝から意味もないことで言い争いをすることになるのはご愛敬。
おおぉ……と圧倒されている八雲の方を向き、大河のことを紹介する。
「八雲。こいつは入江大河だ。生徒会で、俺の助手っていうか補佐をやってもらってる」
「ほーん……あっ、6位の――」
「続きを言ったら大変なことになるぞ。物理的に」
「お、おう。悪い」
大河が『可愛い子ランキング』のことを聞いたら絶対ムッとするもんな。勝手に何をやってるんですか、的な感じで。
「大河。こいつは八雲晴彦な。俺の友達で、如月の彼氏」
「よろしくお願いします」
「おう。よろしく」
ちなみに如月の本性や八雲との関係については、一応事前に説明済みだ。それで驚くくだりはこの前のカラオケで俺がやっちゃったしな。繰り返す必要はない。
「ふふふ~。おはよう、大河ちゃん?」
「……おはようございます。聞いてはいましたけど、本当に生徒会のときとは違うんですね」
「そうね。生徒会のときは真面目な先輩でいようって頑張ってるの」
「は、はぁ」
相変わらずテンションが高い如月が大河と話し始める。
少し戸惑っているようにも見えるが、俺が入らなくてもいいだろう。
そう判断した俺は、余った八雲と駄弁って時間を潰す。
それから5分程が経ち、
「あっ、ごめんなさい! 準備してたら遅くなっちゃいました」
「ごめんね……」
綾辻と雫が到着した。
まぁ俺と綾辻と雫の三人で待っていて変な疑いを持たれたら困るからあえて時間をズラしただけなんだけど。
「いいのよ。待ち合わせまではまだ時間があるもの」
「そう言ってもらえると助かります……! えっと先輩、このお二人は……」
「あぁ、俺の友達だよ。チャラい眼鏡が八雲で、ヤバい眼鏡が如月だ」
「紹介の仕方が酷くね⁉」
「ヤバいって言われちゃった♪」
少なくとも今の反応で後者の紹介が間違ってないことは確定した。八雲も見た目がチャラいのは事実だしな。
雫は、ふむふむ、と頷いてから口を開く。
「私は先輩の彼女の、綾辻雫ですっ。先輩がいつもお世話になってます」
「友斗ぉ……お前、いい彼女を持ったな……」
「長年の友達みたいな感動の仕方をするな」
八雲の気持ちは分かる。
俺だってそう思う。雫はいい子。そんなの、ずっと前から知っている。
と、こんな風にダラダラと紹介しあっていてもしょうがない。ひとまず雫への紹介も追えたし、移動するとしよう。
「じゃあ行くか。馬鹿眼鏡たちの赤点回避のためには少しの時間も惜しいからな」
そんなわけで。
俺たち六人は、最寄りのファミレスに向かった。
◇
「「「「「「…………」」」」」」
六人の沈黙が重なる。
俺たちの息が合った初めての瞬間だった。
……なんてくだらないことを言ってる場合ではなくて。
「なぁ。どーする? 待つ?」
「そういうわけにはいかないんじゃないでしょうか。待っているお客さんもいるんですし、長居するべきではないと思います」
ファミレスにて。
初対面の八雲にも容赦なく思ったことを言い放つ大河の姿勢に感心する余裕もないほどに、俺たちは一つの問題にぶち当たっていた。
それは即ち――ファミレスが混んでいたのである。
「すみません。ここによく来る私が事前に確認しておけばよかったですね」
「大河ちゃん真面目っ! けど大河ちゃんが悪いわけじゃないよ? ほら、こーゆうのって運とかもあるし。ね、先輩?」
「ん、ああ、そうだな。大河にそこまで求めてねぇよ。そもそも、場所を指定したのはこっちだし」
土曜日の朝10時。
まさかこんな時間から混雑するとは思っていなかった。だがそうでなくとも、よく考えればファミレスで長居して勉強会ってのには無理があったような気がする。
こまめに注文しようとすると高校生には痛い金額になるだろうし、かといってあまり注文せず長居するのも迷惑だろう。俺はともかく、大河がそういうのを許すとは思えない。
それより、と今度は綾辻が口を開いた。
「この後どうする? この辺りって、他にお店ないし」
「それなぁ……電車乗るか、ちょっと歩いて図書館まで行くかってところか?」
「図書館は無理だと思う。あそこ、席が予約制だし。この時期は埋まっちゃってるよ」
「だよな。なら電車で……蒲田まで出て、カラオケでやるっていうのもありか」
そういえば作家モノのラノベで、カラオケはいい執筆場所になると書いてあるのを見た。
よく考えればカラオケはかなりベストプレースだ。ある程度騒いでも怒られないし、場所によってはドリンクバーだけじゃなくてアイスとかがおかわりし放題だったりするし。
「いーや、友斗。それは俺たちを舐めすぎだぜ」
「そうねぇ。カラオケなんか行ったら絶対に勉強しない自信があるわ。澪ちゃんのライブを見たくなっちゃう」
「お前らもう帰っちまえ!」
決意が脆弱すぎる……。
が、確かにこの浮ついた空気のままカラオケに行っても集中できる気がしない。一人で勉強するならともかく、誰かに教えるには向かないか。
うーむ……でも他の店に行くのも微妙だよな。長居しにくいって意味じゃファミレスと同じだし。
どうしたものかと迷っていると、八雲が、あっ、と声をあげた。
「そういうことなら、友斗の家とかってダメか? この辺にあるんだろ?」
「「「えっ」」」
思わぬ提案に俺と綾辻と雫の声が重なる。
元々このファミレスに集まるとき、俺の家に近いから、って話をしてはいた。だがまさかこんなところでその一言に意味が出てくるときが訪れようとは思わなかった。
「なー、どう? 嫌って言うなら無理強いはしねぇけど」
「あー……そうだな……」
普通に考えたらNOだ。
けどもう他に行く当てがないことを考えると、うちに呼ぶのも手なのでは、という気がしてくる。
既に大河には話しているので、口止めの必要があるのは八雲と如月だけ。二人も信用できない相手ではないはずだ。
綾辻と雫に『どうする?』とった旨の視線を送る。
二人も意図は察してくれたらしい。俺と同様に迷っているみたいだが、きっと俺と同じ結論を――
「そういうことでしたら、私の家に来ますか? 私は一人暮らしなので、問題ないですよ」
――出す前に、大河が先に口を開いた。
「大河ちゃんいいの?」
「大丈夫です。モモ先輩のお宅だと、親御さんにご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんし。私の家もここから近いので、ちょうどいいと思います」
はきはきと大河が話す。
女子高生の一人暮らしのくせに警戒心が薄すぎるんじゃないかと言いたくなるが、このタイミングで『いや俺の家に』とも言いにくい。
それに、きっと大河は俺たちに気を遣って自分の家を提案してくれたのだと思う。ならばその優しさに甘えるとしよう。
「分かった。なら悪いけど、今日は使わせてもらうな」
「了解です。……あ、モモ先輩。変なことをしたら目を潰すのでそのおつもりで」
「八雲でも如月でもなく俺を心配するのはちょっと傷つくわー」
と、オチもついたところで。
ファミレスを断念した俺たちは、大河の家へと向かった。
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