3章#24 入江大河でしかないだろ
SIDE:大河
「それじゃあ撮影の準備をするんで、ちょっと待っててほしいっす」
まだ時間はあるので、撮影は今日のうちにすることになった。
幸いなことに雨も止み、タイミングを狙ったように夕日が顔を出している。この機を逃すわけにはいかない、というのが総意のようだった。
そういうわけで私は今、花壇の近くで待っている。
雨を受けて瑞々しく咲く花やすくすく育つ葉をよく見れば、確かな生命力が伝わってきた。いい写真が撮れるといいな、と強く思う。
けれど……。
園芸部の部長さんの、姉への強い羨望を思い出す。あの人は姉をイメージして、このアクセサリーを作ったのだという。でも姉にモデルを依頼するのは難しいから、たまたま訪れた妹の私を代役に選んだ。
その考え自体はそこまで間違っていない。
姉より少しだけくすんではいるけれど、私みたいな生まれながらのブロンドヘアーは稀だ。だからこそ、私や姉はどこへ行っても目立つ対象だったから。
でも私は姉とは違う。私は出来損ないなのだ。
勉強も運動も社交性も、いつだって姉の方が上だった。日に当たるのは姉の方で、私はその代替品にすらなりえない出来損ない。それが周囲に抱かれる、入江大河という少女のイメージなのだ。
「大丈夫だったのか? 分かってると思うが、宣伝写真ってSNSにも上げるぞ」
考えていると、百瀬先輩が声を掛けてくる。
この人は本当に、いつだって自分のことを棚上げして接してくる。雫ちゃんと綾辻先輩、二人に酷いことをしている最低な人なのに……私を心配してくれてしまう。
「そんなこと、
「なら」
「でも、霧崎会長が仰ってたじゃないですか。相談にも乗るように、と」
「だからそれは時雨さんを呼べば――」
「大丈夫ですから。私はやれます」
自信はない。
でも、出来損ないだからこそ思うことがある。
せめて模造品にはなりたい、と。
姉の代わりにくらいはなれる妹でありたい、と。
「まぁ、そういうことなら頑張れよ。会長を目指すなら顔を広めるいい機会だしな」
「そんなことこそ、百々承知してます」
「さいですか」
一年生の頃、姉は生徒会長を目指したことがあるそうだ。
私が生徒会に興味を抱いたのもそれが理由。生徒会長になりたいのも、姉の代わりになれると示したいから。
『俺は君のこと、かっけぇって思うよ。正義のヒーローみたいだ』
結局のところ、私はヒーローなんかじゃないんだと思う。
だから百瀬先輩たちを助けてあげることもできない。助けるべきなのかさえ、分からない。ただ間違っているという予感だけで、未練がましく傍にい続けているだけだから。
「準備整ったっす! それじゃあ写真撮るんで、百瀬パイセンは退いてもらっていいっすか?」
了解と告げ、百瀬先輩は離れていく。
園芸部の部長さんは、写真部かと思ってしまうほど高級そうなカメラを構える。その目は物凄く真剣だ。
私も頑張らないと。
そうして、宣伝写真の撮影が始まった――。
◇
「うーん……」
色んなアングルで撮影したところで、ひとまず休憩ということになった。
園芸部の部長さんの煮え切らない反応を見れば、撮影が上手くいっていないことは分かる。理由なんて、考えずとも分かった。私では、姉に届かない。ただそれだけのこと。
ごめんなさい、とつけてもらった髪留めに触れる。
あなたを輝かせてあげられなくてごめんなさい。私が姉なら、きっと上手くできた。でも私は……くすんでいるから。出来損ないだから。
「本多先輩。あいつ、どんな感じですか?」
「はうっ……えと、あの……」
「急に話しかけちゃってすみません。見せてもらっても?」
「も、もちろんです……」
顔を上げると、百瀬先輩と園芸部の部長さんが話をしていた。カメラを受け取った百瀬先輩は、何やら渋い顔をしている。
気になった私は、百瀬先輩に声を掛けに行くことにした。
「あの……モモ先輩、どんな感じですか?」
「端的に言って酷いな。勢いよく啖呵切ったのが笑えるくらいに」
「うっ……そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
「でも事実だし。実際、表情がヤバいぞ。こんなのを見て買いたいって思う奴は、元々これを見なくても買うつもりだった奴だけだ」
きゅっ、と唇を噛む。
百瀬先輩は手厳しい。ダメだなんて分かっているくせに言い返した自分がみっともなくて、つい俯いてしまう
「……っ、ですよね。すみません。姉の代わりになれなくて」
口にした途端、嫌な考えが心に氾濫した。
もしも私じゃなくて姉なら、百瀬先輩たちを正せているんじゃないか。そもそも今の百瀬先輩たちみたいな状況にさせないんじゃないか。
そんな風に、思ってしまう。
意味のないIFだけど。
でも、私は……。
「後日でよければ、私の方で姉に頼んでおきます。こんな写真を宣伝に使うのは申し訳ないですし。生徒会の一員として、できることはさせてください」
「それは……その……」
「私たちはいいっすけど」
「大丈夫です。姉も、一日くらいなら余裕があると思います。七夕フェスの舞台の宣伝にもなるでしょうし」
私がそう言って髪留めを外そうとした、そのとき。
百瀬先輩はくしゃくしゃと何かを払うように頭を掻いてから、待った、と言った。
「何を言ってるんだよ、大河。生徒会になろうとする奴が引き受けた仕事を放棄していいわけないだろ?」
「そんなことは百々承知してます! だからこそ私ではダメだったので、他の案を――」
「上司権限で、そのやり方は却下だ。コネを使うような汚いやり方を教えたつもりはない」
「……っ。普段から邪道なやり方をしてると仰っていたのはモモ先輩だと思いますが」
「さて、なんのことかな」
どうしてか、百瀬先輩は私と止める。
「入江恵海の代わりなんて生徒会にはいらないんだよ。うちには入江恵海にミスコンで買った時雨さんがいるんだ。大河が姉の代わりになるくらいなら時雨さんがモデルになった方がいいんだ」
「なっ……」
百瀬先輩の姿に、昔会った男の子の姿が重なる。
最低な人なのに。間違ってる人なのに。全部を棚上げして、百瀬先輩は言った。
「お前は、入江大河でしかないだろ。入江恵海でも、他の誰かでもない。誰かの代わりになんて、誰もなれはしないんだよ」
「……っ」
「俺はな、大河がかっこいいと思ったんだ。入江恵海でも時雨さんでもない、今ここにいる大河をヒーローだと思った。だから……俺のしょうもない期待くらい、超えてくれ」
全身にびりびりと稲妻が走ったような気がした。
夏の雷。
体中が痺れて、燃えて、目覚める。
とくん、とくとくとく――。
心が熱い。顔が熱い。頭が熱い。こみあげてくるこの気持ちは、なに? 甘くて心地よくて……それなのに、直視するのが怖くて。
私はとにかく、悔しかった。
自分のことさえ見えてないこの人に、私が見えてなかった私を見つけてもらうだなんて。
きゅっ、と私は唇を噛む。
甘い気持ちを、鉄の味で上書きできるように。
「あー、そんなわけなんで。本多先輩、ここからは俺が撮ってもいいですか?」
「えっ……えと、その……」
「昔、ちょっとだけかじったことがあるんですよ。なのでそれなりにはいい写真が撮れると思いますよ」
そう言って、園芸部の部長さんからカメラを借りる百瀬先輩。
レンズをこちらに向けると、にっ、と笑ってから口を開いた。
「うし、じゃあやるか。まぁ別に笑ったりする必要はない。大河の表情には期待してないからな」
「……モモ先輩、どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味。愛想がよければ雫以外にも友達できてるだろ」
「別に友達がいないわけじゃないですから――って、どうして今撮るんですか!? 絶対、変な顔しちゃってましたよねっ!?」
「シャラップ。ポンコツモデルがカメラマンに口出せることなんて一ピコメートルもねぇんだよ。そういうのは姉みたいに看板役者になって初めて許されるんだ」
「~~っ! どうしてそう、人が気にしてることを……ッ」
「あぁ、目が怖い。もっと植物への慈しみを持ってほしいなぁ」
本当に、最低な人。
へらへらと笑って軽口をたたくから、私も思わず反応してしまう。その度にかしゃかしゃってシャッター音が鳴って、写真を撮ってるんだ、って意識させられる。
絶対使えない写真ばっかりだ。
なのに楽しいのが、タチが悪かった。
本当に、最低な人。
なのに私は……。
◇
SIDE:友斗
「ふぅ……今日の仕事は終わりだな」
「ですね。誰かさんのせいでとても疲れましたけど」
「誰かさんがモデル一つまともにできないからでは?」
「…………」
「俺が悪かったからその目はやめてね? マジで殺されるんじゃないかって怖くなるから」
無事撮影を終えた俺たちは、生徒会室に戻りながら駄弁っていた。
ギロリと俺を睨む大河の頭には先ほど撮影で使っていた髪留めが鎮座している。外すタイミングを失したのか、それとも気に入ったのか。
深く詮索するのは野暮だな。
「なんだかんだいい写真を撮れたんだしいいだろ? 本多先輩も喜んでた」
「そう、ですね……。モモ先輩が写真を撮るのもお上手だとは知りませんでした」
「さっきも言ったけど、ちょっとかじった程度だよ。ちゃんと勉強してる奴ならもっと上手く撮れる」
そんな風に言う俺の手にも、大河が着けているのとは別の髪留めがある。
写真を撮ってくれたお礼、と言って本多先輩がくれたのだ。
綾辻へのプレゼントはこれでいいかもなーと考えていると、隣を歩いていた大河が、あの、と口を開いた。
はてと首を捻りつつもそちらを見遣ると、何故か目が合う前にそっぽを向かれてしまう。
「さっきのお話なんですけど」
「さっき?」
「勉強会のことです」
ああ、と納得した。
そういえばそんな話をしてたっけ。
「あれ、私も参加したいです」
「マジで?」
「マジですよ。こんなこと嘘つくわけないでしょう? よく考えてください」
「あ、そうね……」
そもそも大河は嘘つくタイプじゃないもんな。
くすっと苦笑してから俺は首を縦に振った。
「了解。じゃあ今週の土曜な。細かい時間は……早めに伝えるよ」
「はい。よろしくお願いします」
若葉のように、大河はにこりと笑ったのだった。
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