3章#23 写真
「あの……ええと……あなたたちは生徒会の方々なのです?」
俺たちを出迎えたのは、小さな少女だった。
重複表現のように思えるが、事実として小さい少女なのだからしょうがない。綾辻よりも更に小さなその人のリボンを見て、俺は自分の目を疑う。
これで三年生……?
「厳密には違いますが、そうです。生徒会から来ました。一年A組の入江大河と申します」
「入江……もしかして……」
「っ、はい。姉は演劇部です」
「そうなのですね……なるほどです……確かにどことなく恵海様の面影があるような気がするのです……」
「うん?」
今、恵海様っつったか?
小さいだけで真っ当な人かと思ったが、この人はこの人でアレなタイプかもしれない。他の部員に目を向けると、褐色肌の少女が一歩前に出た。
「パイセン。自己紹介しないと!」
「あっ。えと……私は三年E組……本多です。手芸部の部長なのです」
「ご親切にどうも。俺は二年の百瀬です。話は通ってると思いますけど、今日は七夕フェスの審査に来ました」
こくこく、と本多先輩が頷く。リスみたいで可愛いな……とか思っていると、まるで騎士のように褐色少女が立ちふさがる。
「私は園芸部の副部長っす。畠山って言うっす」
「副部長ね。部長は?」
「部長は幽霊なんすよ。なので私が色々やってるっす」
「ほーん」
幽霊部員って言おうな、というツッコミはやめておこう。
見た感じ、手芸部及び園芸部の中では畠山が一番快活なタイプみたいだ。逆に他のメンバーは、本多先輩みたいに喋るのが苦手な感じっぽい。
その何よりの証拠になるのが、一年生なのに畠山が副部長になっている点だろう。本多先輩も畠山に任せてるようだ。
「園芸部と手芸部は共同出店だって聞いたんだけど、それは合ってるか?」
「合ってるっす。園芸部で作ったものを、手芸部の皆さんと協力してアクセサリーにしてるんすよ。ね、本多パイセン」
「う、うん……そうなの」
ふわっ、と本多先輩が頬を緩める。
うわぁ……リラックス効果が高い。生きるアロマかな? そもそもここは女子ばっかりだし、植物が絡んでるし、まさに百合の花ぞ――げふんげふん。真面目にやるから大河は睨むのをやめてね?
「アクセサリーね。もうできてるのか? もしできてるなら、一応ちゃんと検品したいんだけど」
「あ、はいっ! もちろんっすよ。準備してあるっす!」
「話が早くて助かる」
手こずりそうな気もしていたけど、この流れなら大丈夫そうだな。
ほっと胸を撫で下ろして、畠山に促されるがままに部室を進む。机の上には、幾つかのアクセサリーが並べられていた。
いわゆるフラワーアレンジメントというやつなのだろう。
生花を加工し、綺麗な髪留めにされている。葉っぱの青々とした色もいいアクセントになっていて、なかなかセンスがいい……んじゃないだろうか?
「へぇ……凄く綺麗ですね。触ってもいいですか?」
「大丈夫っすよ。簡単に壊れるようには作ってないっすから」
ぐっと畠山が親指を立てる。
許可を得た大河は、それでも壊さないように丁寧な手つきでちょこんと髪留めを抓んだ。
キラキラと大河の瞳に乙女の色が差す。
ウェディングドレスに憧れを抱く婚前の少女のような、希望に満ちた眼。
こいつもやっぱり綺麗だったり可愛かったりするものは好きなんだな、と当たり前のことを思う。
大河も綺麗だと言ってるし、きっとセンスはいいのだろう。
俺も一つ手に乗せて見てみるが、なかなか丁寧に作られていた。充分に売り物になるレベルだ。
「なるほど……凄いな。資料とかは完成してるか?」
「あ、もちろんっす」
畠山から詳しい製法などをまとめた資料を受け取る。ぱらぱらとめくってみるが、っこちらも出来がいい。俺が修正しなくとも大丈夫そうだ。
おお……! 珍しくスムーズに進んだ!
ついつい、ここ数日の面倒な部活たちを思い出し、感動してしまう。
「確かに受け取った。この感じなら審査はOKだし、安心してくれていいと思う。当日の詳細は後日連絡するから」
「了解っす!」
しゅばっ、と畠山が敬礼をする。
元気でよろしい。逆に他の人たちは大人しいので、出店時の接客だけが心配だな。時雨さんに報告して気を回しておいた方がいいかもしれない。
「じゃあ俺たちはこれで――」
「あ、あのっっ!」
ひとまず生徒会室に戻ろう。
そう思って廊下へと歩き出した俺たちを、本多先輩の絞り出すような声が引き止めた。
え? と意図を探るために振り向くと、園芸部と手芸部の部員がずらりと一列に並んでいる。なんだか体育会系部活の挨拶みたいだ。
「……? あの、なんか俺たちに用ですか?」
「え、えとあの……じ、実はっ! こ、困っていることがあるのです……」
「困ってること?」
「そ、そうなのです……それは、その……」
うるうるとチワワのような涙目になる本多先輩。
隣にいた大河が視線で咎めてくる。えっ、俺が悪いの?
「あー。焦る必要はないんで、ゆっくり話してください。俺たち、今日はここで終わりなので」
俺がフォローすると、本多先輩はぎゅっと勇気を振り絞った風に目を見開いて言った。
「写真を、撮らせてほしいのです……っ!」
「写真?」
「です!」
いや『です』を強調されてもな。
何となく言いたいことは分かるが、まだ漠然としている。細かい説明を目で求めると、今度は畠山が補足してくれた。
「髪留めをつけた人の写真を撮って宣伝用にしたいなって話してて。パイセンは入江先輩がいいって言ってたんすけど、流石に忙しそうなので頼めないなーと」
「それで妹に頼みたい、と?」
「そうなのです」
なるほどな。
言わんとしていることは理解できた。もっと理解できたのは、本多先輩が入江恵海の熱烈なファンだってことだけど。
様付けしてる時点でアレだったが、そのファン精神を部活に向けるとは。可愛い顔して何気に変態だな。萌えです。
「私、ですか」
突然話を振られた大河が呟くと、本多先輩はこくこくこくと頷く。
その目は金平糖みたいに輝いていた。マジな目だ……。
「もしあれなら、つけてくれたやつは差し上げるんで! どうっすか?」
「えっと……」
大河の表情がふっと翳る。少しだけ、俺も心配になった。
大河の事情を知っているわけではない。以前姉から聞いた話を基に俺が三股しているかもと疑惑を持ったことから考えても、決して不仲というわけではないだろう。
だが……人間関係は一面的ではない。一人暮らしをしていることを踏まえると――。
「大河、無理しなくてもいいんじゃないか? 宣伝写真ってことなら、時雨さんを呼んできてもいいし」
「時雨さん……あっ、会長さんっすか。それなら私たちも――」
「いえ。私がやります。やらせてください」
納得しかけた畠山の声を、力強い大河の言葉が遮った。
ピンと背筋を伸ばした彼女は月の弦のようだ。
「不束者ですが、やらせてもらってもいいですか?」
「は、はいです……!」
弦ができあがる月ってことは、半分は翳ったままなわけで。
真っ直ぐさの裏に複雑な感情を隠しているように見えて。
俺は、歯痒さを噛んだ。
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