3章#13 ほんっと、あなたは……!
6月も早いもので、第一週が終わろうとしている。
一年は365日。週数で言えば52週しかないわけで、そういう意味では52分の1があっさり終わったことになる。
なんだか、今週は疲れた割に実りの少ない週だった。
学校全体に体育祭後のちょっとした燃え尽きた感が漂っており、どうにこうにも、勉強に身が入っていない生徒が多そうだ。
かくいう俺も、その一人。
とはいえこの気の抜けた一週間を経て、雫と俺の関係についてもあまり騒がれなくもなっている。
では俺たちが公認の恋人でなくなったかと言えば、そうでもない。『付き合い始めた』みたいな噂から『ラブラブなカップル』という認識される段階に移行し、二人で歩いていると『ああ、あの二人ね』みたいな目で見られるようになったのである。
そんなこんなで、今日は土曜日。
月に数度の土曜授業を終えた俺は、八雲との会話もそこそこに一年生の教室に向かっていた。
すれ違う一年生の視線を身に受けながら歩き、やがて辿り着くのは一年A組の教室。
「……モモ先輩、何か御用ですか?」
教室を覗き込むと、黒板を掃除していた大河が声をかけてきた。
俺たちの内情を伝えた後も、大河は結局俺から離れていかなかった。今も昼休みや放課後など活動がある日には生徒会室にやってくるし、俺の指示にも従う。きちんと公私は分けるつもりらしい。
加えて、
『私、絶対に守ってみせますから』
先日、大河は俺にそう告げた。
雫を守るために、悪い男であるところの俺を見張り続けてくれるつもりらしい。やっぱり正義のヒーローみたいだな、と思った。
でもって今。
怪訝な視線を無得てくる大河に対し、俺は苦笑交じりに答える。
「ん、いやちょっと……っていうか大河。お前は教室でも変わらないのな」
「何がですか? モモ先輩への態度なら、改める必要を感じません」
「いや、そうじゃなくて。黒板消してんのとか、真面目だなって思ったんだよ」
「~~っ、ほんっと、あなたは……!」
おちょくられたとでも思ったのか、入江妹が険しい顔を見せた。割と今のは本音だったんだけどな……。
ま、今日は大河と話に来たわけではない。雫の姿を探そうと教室を見渡す。
……あれ?
「なぁ大河。雫ってどこにいる?」
「雫ちゃんならついさっきモモ先輩の教室に行きましたよ。一緒に帰りたい、とのことで」
「え゛」
予想外の展開に、つい変な声が出てしまった。
マジかよ。完全にすれ違ってるじゃん。妙な脱力感に襲われていると、はぁ、と溜息が聞こえた。
「それくらいの報連相はこなすべきなんじゃないですか? というか、仕事だったら絶対してますよね」
「うっ……ま、まぁな」
ごもっともすぎるので、平伏するしかなかった。
そうなんだよな。普段の俺なら一通メッセージを飛ばしてからきていた。それを今日しなかったのは、その方が恋人らしいかもしれない、という陳腐な考えからなわけで。
「とりあえず今からでも連絡をとればいいじゃないですか。どうせそんなに遠くないですよね?」
くしゃっと頭を掻いていると、大河は真っ当な指摘をしてくる。
そうだなと呟きながら、RINEでメッセージを送信した。
【ゆーと:すまん。俺、一年の教室にきてる】
【しずく:今日、生徒会なんですか?】
はてなマークの帽子を被ったペンギンのスタンプがぽつんと送られてきた。
【ゆーと:いや違う】
【しずく:じゃあ大河ちゃんですか?】
【しずく:彼女の私を差し置いて他の子のところに行くのはどーかと思いますよ】
ぷんすか、と怒ったライオンのスタンプ。
いやなんでそうなる? と思わないでもないが、きっと雫も気を遣っているのだろう。俺が気に病むと思って、あえて怒っている素振りだけ見せてくれている。
そういう優しさは、雫の美点の一つだろう。
【ゆーと:違う】
【ゆーと:雫に会いに来た】
…………。
………………。
【しずく:突然変なこと言わないでくださいよ!】
【しずく:びっくりしたんですけど!】
【しずく:心臓止まるかと思いましたし】
ぽん、ぽん、ぽんぽんぽん――。
なんかすごい勢いで色んなスタンプが送られてくる。何かの嫌がらせかと言いたくなるレベルだ。
ニ十個ほどのスタンプをスルーすると、今度は、
――とぅるるるるるっ
とスマホが着信を報せてきた。
「何故か知らんが、電話がかかってきた。もうちょい人が少ないところに行くわ。またな、大河」
「……雫ちゃんに変なこと、しないでくださいね」
「分かってるよ。ただ彼氏彼女らしく出かけるだけだ」
「…………大嫌いです」
「だろうな。じゃ、また来週」
ムッとした表情でそっぽを向く大河に別れを告げ、人が少ない方に移動する。
まぁ誰もいない場所に行こうと思ったらとんでもない時間がかかるので、ひとまず通話の音声がちゃんと聞こえるくらいの静かさで妥協しておく。
「あー、もしもし?」
『先輩っ? あーもう。やっと出てくれました』
「そっちが急に電話をかけてくるからだ。人が少ない場所に移動してたんだよ」
『一年生の教室の廊下ってうるさいですもんね』
「ほんとそれな」
雫に同意しながら、廊下で騒いでいる奴らに目を向けた。
ワイワイガヤガヤと子供っぽくじゃれ合っている奴らを見ると、ここが高校なのか疑問に思えてくる。なんというかこう、秩序がない。
それもしょうがないことだろう。
一年生にとっては初めての三大祭が終わったのだ。友達との絆は深まり、つい羽目を外したくなってしまうのは当然だと思う。燃え尽き感の強い二年生に比べると、一年生はまだまだ元気そうだ。
『それで先輩。どーして私に会いにこようとしたんですか?』
「どうしてって……付き合ってるしな。まだ昼間だし、どうせならどっか寄っていこうかと思って」
『つ、つまりデートのお誘い?』
「…………まぁ、有り体に言えば」
はっきりと言ってしまうのは気恥ずかしいが、事実そうなのだからしょうがない。
俺が言うと、ふふっ、と笑い声が電話から聞こえてきた。
『先輩って、なんかそーいうところ可愛いですよね』
「あ、悪ぃ。やっぱり生徒会の用事が――」
『嘘です嘘です! 別に『あ~、この人彼女ができたらこういうことしようとかラノベ読んだりゲームしたりしながら妄想してたんだろうなぁ』とか思ってませんから』
「絶対思ってるだろそれ?! ディティールまで語るんじゃねぇ!」
『てへっ』
「それを電話越しにやられてもあんまり意味ないんだよなぁ」
『つまり電話越しじゃなければとっても可愛いと』
「そうだな、可愛いよ」
『~~っ! そーやって反射で答えられちゃう先輩に育てた覚えはありませんよっ?』
「割と育てられてない? 褒めろだのなんだのって」
『確かに……』
あっさりと納得する雫。くすっと笑いつつ、話を元に戻す。
「そんなことより、そっちも二年の教室にいるんだろ?」
『え、あ、はい。私も先輩を探しにきたんですよ。どこの『賢者の贈り物』ですかって感じですよね』
「そうやって最近読んだラノベで仕入れたネタを使おうとするんじゃない。お前は何かと太宰治って言いたがるラノベ好きの中学生か」
『ひどっ。先輩ひどっ!』
「はいはい、分かった分かった」
会話がぽんぽん弾むのだが、流石に同じ校舎にいるくせに電話するだなんて馬鹿な真似を続けるつもりはない。
ひとまずは……そうだな。待ち合わせればいいか。
「どっちかの教室に行くってのも面倒だし、玄関で集合でいいか?」
『了解です!』
「じゃあ、また後で」
つー、つー。
通話が終了すると、寂しさの鳴き声みたいな音が聞こえた。こうして普通に接しているうちは、彼女も今まで通りの可愛い後輩だ。問題は、ふとした拍子で壊れてしまうこと。ブレーキを失くした暴走列車みたいになるときがある。
上手くバランスをとらなければならない。
俺は口許を拭い、小さく溜息をついた。
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