3章#04 結婚式的なアレですね、分かります
「気を取り直して、プレゼントタイムですねっ!」
俺がいない間に綾辻にからかわれたらしい雫の頬は、ほんのり赤く染まっていた苺味の白い恋人みたいだな、と思って愛おしくなる。
それはそうと……さっきからこうも何度もプレゼントと言われ続けると照れるよな。いい年こいてはしゃぎすぎでは、とか冷静な自分が顔を出しそうになる。
楽しそうな雫を見ていたら、そんな無粋さを奥の方に押しやれてしまうけれども。
「じゃあまずは私から……でいいよね、お姉ちゃん?」
「うん。彼女さんより先に渡す気はないかなぁ。何なら渡さなくてもいいかな、って思うくらい」
「うぅ……またからかう~」
にんまりと微笑む澪と対照的に雫はむっくりと膨れている。
苺大福みたいなほっぺだ。
綾辻もプレゼントを用意してくれてたのか、と今更ながらに思ったが、口にするのはやめておく。また雫に説教を食らいそうな気がするし。
んんっ、と雫は自分のペースを取り戻すように喉を鳴らした。
そしてこちらを真っ直ぐに見つめてくる。
「それじゃあ先輩。後輩としてじゃなくて、彼女としての最初のプレゼントです。どうぞ」
「お、おう。ありがとうな」
雫が渡してきたのは、青空色の包装紙に包まれた箱だった。
さほど重くはないが、なんだか随分と箱がしっかりしている。
「開けてもいいか?」
「はいっ、ぜひ! むしろ私が開けましょうか?」
「なんでだよ。大丈夫だ、自分でできる」
前のめりな雫に苦笑しつつ、丁寧に包装紙を剥がす。
ただのラッピングだと分かっているけれど、それすらぞんざいに扱いたくはなかった。中から出てきたのは、正方形に近い段ボール。それを丁寧に開けると……マグカップが顔を出す。
「カップか」
「ですですっ。おうちとか生徒会室とか、色々と使う機会があるかなーと思いまして!」
「なるほどな」
マグカップのプレゼントはシンプルに嬉しい。というのも、生徒会ではいつも紙コップを使っていたからだ。
入江妹や書記ちゃんが折角熱々のコーヒーを入れてくれるのに、手で持てるくらい冷めるまで待つのは勿体ない。そう、常々思っていた。
「割とシンプルな柄なんだな。てっきり、ハートとかにするのかと思ってたぞ」
「それ、私のことめっちゃディスってませんー?」
「ディスってないぞ? そうじゃなくて……今日買いに行ったんなら、ペアルックとかを選んでそうだな、って思ったんだよ」
俺と雫は恋人なのだ。誕生日にマグカップを渡すなら、ペア用のものにしてもおかしくないだろう。
「あー、私もペアカップをプレゼントするのもいいな、って思ったんですよ。でも、私的には生徒会室とかで使ってもらえると嬉しいなって思いますし……生徒会室で使われちゃうと、ペアの意味があんまりなくなっちゃうじゃないですか」
「なるほど?」
「それに! ペアグッズは先輩から貰いたいので! 今はお預けです♪」
「なんだそれ……」
と言いつつも、雫のプレゼントは素直に嬉しい。
ありがとう、と告げると、こっちが申し訳なくなるくらいに柔らかい笑顔を咲かせてくれた。
「それで……綾辻は何をくれるんだ? 黒い稲妻?」
「その発言のせいでバレンタインになってもブラックサンダーすら渡さないことが確定したね」
「酷くね!?」
「先輩が、ですけどね」
反論できないので、大人しく話を進める。
今一度、それで? と目を向けると、綾辻は水玉模様のラッピングがされてたプレゼントを渡してくれた。
ありがとう、と感謝をして受け取る。
「先に言っておくけど、開けていいよ」
「同じ流れを焼き直すのが面倒なのは分かったけど、それにしても俺への対応があんまりじゃない?」
「娘を取った男への対応だと考えたら妥当じゃないかな」
「娘じゃねぇだろ妹だろ?!」
けたけたと笑ってから、改めてプレゼントに手をつける。
包装紙から出てきたのは――眼鏡ケースだった。ふたを開ければ、その中には眼鏡も仕舞われている。
「眼鏡……?」
「うん。度は入ってなくて、ブルーライトカットのやつ。生徒会でパソコンとかタブレットをよく使ってたからさ」
「あぁ、なるほど」
確かに学校行事の準備に際してはパソコンやタブレットで行う作業も結構多い。体育祭ですらそうだったのだから、もっとインドアな行事になれば更に増えることだろう。
「へぇ……お姉ちゃん、よく見てるんだね」
「そうでもないよ? 私は雫と違って百瀬のこと、知らないから。渋々ヒントを探しただけ」
多分嘘だ。
だって前々から眼鏡買おうか迷ってたし。下手なものを買うと逆に目が悪いだろうって思って、色々と調べていたわけで……綾辻は、そのことに気付いていたんだろう。二人で一緒にいるときにもちょくちょくスマホで見てたからな。
だからといって、ここでその秘密を白日の下にさらす必要はない。
ありがとう、と今一度強く思っておこう。
「先輩先輩! 着けてみてくださいよ」
「ん? ああ、そうだな。笑うなよ?」
色々調べたけど、眼鏡が似合うかどうかは分からなかった。眼鏡屋に行って試着するのもそれはそれで気恥ずかしいから、どうするべきか迷ってたわけだし。
雫に促されるままに眼鏡を着ける。
視界は大して変わらない。着け心地もいいし、生徒会とかの仕事で使う分にはよさそうだ。
気になるのは似合っているかどうかだが――。
「あの、二人とも? 何か言ってくれないと気まずいんだけど。似合わないなら似合わないで笑ってくれ」
笑うなと言いはしたが、何も言われないよりは笑われた方がいい。
雫と綾辻の方に目を向けると、二人は顔を見合わせてこくこくと頷いていた。
「先輩、その眼鏡、ほんとに必要なとき以外は着けちゃダメですからね。おしゃれ用だなんて以ての外です!」
「いや、ブルーライトカットの眼鏡なんだし、最初からそのつもりだったけど……何故に?」
「雫を泣かせる可能性が増えそうだからに決まってるでしょ。雫の彼氏をやるくせに鈍感とか言ったら許さないからね?」
「そうそう! お姉ちゃんの言う通り!」
ということで、生徒会や学級委員の仕事をする用途以外での眼鏡の着用が禁じられた。今さら眼鏡キャラに転身するつもりはないし、別にいいんだけどね?
やれやれと呆れながら眼鏡を外そうとすると、
「ストップです、先輩!」
と雫が言ってきた。
なんだよ?と視線を上げれば、雫ががっつりスマホを構えている。
「先輩っ、写真撮ってもいいですよね?」
「なんでOK前提の質問なんだよ。ダメに決まってるだろうが」
「えー、なんでですかっ!?」
「恥ずかしいからに決まってんだろ! イベントごとの時でさえ気恥ずかしいのに、何でもないときに撮られてたまるか!」
俺が言うと、雫はむすぅっと頬を膨らませる。綾辻もどこか不満げだ。二人とも、どうしても写真が撮りたいらしい。
「先輩! 彼女が彼氏の写真を待ち受けにしたいって思うのは当然のことなんですよ? とゆーか、女子の常識です! 付き合ってる子は彼氏の写真を待ち受けにするっていうマナーなんですよ!」
「女子社会を知らないせいで否定しきれないのが口惜しいな……」
「いいじゃん百瀬。一枚くらい。どうせ百瀬だって日々私たちのこと、盗撮してるんでしょ?」
「とんでもなく剛速球で濡れ衣を投げるな! してるわけねぇだろ!」
「でも目に焼き付けてるでしょ? だったら写真を撮ってるようなものだよ」
「論理飛躍がすごいな!?」
ぷっ、と三人で吹き出す。
どこまでがジョークでどこからが本気なのかは分からないが、これも喜劇の一種。けらけらと笑い終えてから、分かったよ、と俺は伝える。
「せっかくの誕生日だしな。一、二枚くらい写真を撮ってくれよ。いつか使うかもしれないし」
「結婚式的なアレですね、分かります」
「うん、まぁそれでもいいや……」
三人で過ごす時間は、ハリボテで欺瞞に満ちている。
それでも楽しいことに変わりはなかった。雫と綾辻は仲のいい姉妹で、俺たちは義理の家族を上手くやっている。
悪いことと同じくらい、正しいことは気持ちがいいのだった。
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