クーデレなセフレと小悪魔な後輩が義妹になったので距離を置きたい。

3章#03 それでもオタクですか？

「というわけで！　改めておめでとうございます！」

　５月も終わりに近づき、夜は随分と短くなっている。

　普段の夕食より少し早めの午後６時。まだ空が明るい時間に、俺たち三人は食卓を囲んでいた。

　父さんと義母さんは例の如く仕事だ。この年で誕生日とか親に祝われるのもこっぱずかしいし、正直休んでくれなくてよかった。

　一万円と『あと一年でエロゲーがプレイできるな！』という父さんの書き置きが誕生日プレゼントってのも、それはそれでどうかと思うけど。いやマジでどうなの？　おまけとして添えてあったおすすめのエロゲーリストとか、絶対父さんだけじゃなくて義母さんも関わってるよね？

　……おっといけない。文句を言ってもしょうがないので、今は夕食に目を向けるとしよう。

「もうそれ、今日だけでも何度も言われてるけどな」

「いいじゃないですか。おめでとうって言われるのはいいことですよ。ほら、先輩は友達いないですし」

「さも当然のように人の弱点をつくんじゃねぇよ」

　そう語る俺だが、実は今年は数人から誕生日を祝うラインが届いていたのでそれほど傷ついてはいない。

　八雲と、それから体育祭で関わった奴らから。

　あ、でも入江妹とはまだＩＤ交換してないから届かなかったんだよな。もし交換していたら、昨日のことをさておいて律儀に連絡してきたに違いない。

「まぁまぁ。その代わりに私とお姉ちゃんがお祝いしてあげてるんですから！　両手に花畑ですねっ！」

「両手に花畑が触れてるんだとしたらそいつは花畑を手入れしてるだけなんだよなぁ……」

　とはいえ、雫の気持ちはとても嬉しい。その何倍もくすぐったいけれど。

「二人とも。早く食べないと冷めるよ？」

「そだね、お姉ちゃん！　せっかく作ったグラタンだし、熱々がいいもんね」

「それには激しく同意。ってことで」

　いただきます、と三人の声が重なった。

　雫と綾辻が協力して作ってくれたグラタンが今日の夕食だ。これがもう、めちゃくちゃクオリティが高い。料理を教わりだした俺がミジンコに思えてしまうほどである。

「んま！　流石すぎるだろ……」

「先輩先輩！　このパンも美味しいですよっ。お気に入りのところのなんです」

「ん……おお、確かに。グラタンに合う。うまいな」

「でしょでしょっ！」

　くるくると飼い主の周りを跳ねるように駆けまわる仔犬みたいだ、などと思うのはちょっと雫に失礼かもしれない。

　けど雫のテンションの上がりようはまさにそんな感じだった。椅子はいつもよりも俺に近づいていて、テーブルに身を乗り出している。パァと明るく咲いた笑顔が堪らなく可愛い。

　その後も食事を進めていく。

　メニューはグラタンとパンの他に、綾辻が作った玉ねぎスープがある。

　俺は玉ねぎが苦手なのだが、不思議と綾辻が作った玉ねぎスープは美味しく感じた。丸々とした玉ねぎが甘くてグラタンに合ったし、ほっこりしててちょっとマジですごい。なお、玉ねぎスープですら味付けは和風テイストだったことは報告しておこう。綾辻、やたらと和食に凝ってるよね。

　と、そんなこんなで夕食はあっという間に終わった。

　元々俺と綾辻が食事中にあまり喋らないタチだから、早く終わるのだ。雫もこの後が楽しみだったのか、食べるのが速かったし。

「と、いうわけで！」

　三人揃った『ごちそうさま』の後で、雫が楽しそうに手を叩いた。

「次はプレゼントですね。ケーキはもうちょっと後の方がよさそうですし」

「そうだな。いや、俺がそうだなって言うのもおかしいけど」

「確かに。プレゼント貰う気満々って感じがして渡す気失くす」

「自覚してたのにどうして追撃した？　俺になんか恨みあるの?!」

　冗談冗談、と綾辻が楽しそうに笑う。

　そりゃ当然今のが冗談なのは分かってるけど、それはそれとして雫の前での俺の扱いが割と酷いことには自覚を持っていただきたいところだ。美緒との落差でちょっと傷つく。

「そもそも、プレゼント渡す側の雫がそこまでテンション高いのもよく分からないけどな。それともこれってプレゼント交換的なあれだった？」

　話の矛先を雫に向けると、彼女はやれやれと言った感じで両手を肩のあたりに上げた。

「はぁ～。先輩はほんっっと何にも分かってないですね！　それでもオタクですか？」

「見るからにＪＫな後輩にこんな怒られ方をするとは思ってもみなかったわ」

「シャラップ、です。いいですか先輩。想像してみてください」

　まるで子供に説教をするかのように、雫は滔々と語る。

「推しに貢ぐのはそれだけで幸せじゃないですか。攻略してるヒロインにはプレゼントしたくなるじゃないですか。意味もないのにプレゼントして反応見たくなるじゃないですか！」

「お、おう……」

　分からなくもない。が、雫のテンションはマジで分からん。

　綾辻を一瞥すると、ぎろりと睨まれた。シスコンモードが発揮しているらしい。味方はいなかったよ、ぐすん。

「あっ、でもその前にちょっといいか？」

「むぅー。先輩ノリわるーい！　なんなんです？」

「いや、楽しい空気になる前に話しておくべきことがあると思ってな」

　雫が折角盛り上げてくれた空気を断ち切るのは心が痛む。が、こういうことは先にやっておいた方がいいだろう。

　俺が視線を送ると、雫はこくこくと頷く。

「そ、そうですね。お姉ちゃん。私からも話したいことがあるんだ。聞いてくれる？」

「話したいこと、かぁ。それって昨日のアレに関わってる？」

　綾辻は苦笑交じりで雫に聞き返す。うん、と雫が肯定すれば、綾辻は困った風に笑った。

「分かった、私も覚悟を決めるよ。話して？」

　綾辻は、正しく雫の姉を全うする。

　美緒には報告したけれど、綾辻には報告していない。俺と雫の関係は今後公にするのだから、姉である綾辻に報告しないわけにはいかないのだった。

　雫と目配せし、まずは俺から口を開く。

「綾辻、聞いてほしい。俺と雫は……昨日、付き合うことになった」

「ふぅん。ま、察してはいたけどね」

「悪い、昨日のうちに言っておくべきだったよな」

「ううん、別にいいよ。昨日は疲れてたし。それよりも――」

　綾辻はそこで話を区切り、俺を真っ直ぐに見つめる。

　漂うのは真剣な空気。でも、さっきの美緒とのやり取りが脳裏にちらつく。滑稽な喜劇を繰り広げている自分を俯瞰し、俺は何とも言えない気持ちになった。

「一つだけ。百瀬は本気で雫のこと、好き？」

　そんなの、分かってるくせに。

　それでも俺たちはロールプレイングを続ける。なるべく普通で見えるためには、決まった鋳型にハマるのが楽だから。

「好きだよ。大切な女の子だって思ってる」

「……そっか。ならこの話はおしまい。ただし、雫のことを泣かせたら許さないから覚悟しとくこと」

「言われなくても分かってるっつーの。綾辻のシスコンっぷりを甘く見たりしない」

「シスコンじゃないから、妥当な姉妹愛だから」

「お姉ちゃん、流石にそれは無理があると思うよ」

「…………」

「あ、あくまで一般論だから！　私は嬉しいから！」

　普通を演じれば演じるほど、自分が壊れ始めているんじゃないかと不安になる。

　俺は二人に断ってからトイレに逃げ込んだ。