2章#14 お顔が赤いですよ?

 ゴールデンウィークが帰ってきた。

 サンドウィッチされていた平日にあったことと言えば、可愛げがなくて可愛げがある後輩との邂逅くらいのもの。

 結果として俺を監視すると息巻くレベルに警戒されてしまったわけだが、俺からの印象は割とよかった。誰かさんに似た真面目さは交換を持てる。愛情をこめて、ちゃんと妹子と呼び続けてやることにしよう。


 そんなわけで、改めて。

 ゴールデンウィークが帰ってきた。


「おはようございますっ、先輩! 今日は楽しみですねー!」

「ん……あぁ、お前、朝からテンション高いな」

「もっちろんです! なんて言ったって、今日は初めての家族旅行なんですから!」


 朝6時。

 休日なら絶対にぷかぷかと眠っているであろう時間帯なのに、雫はぴょんぴょんとハイテンションで口を開く。

 一方の俺はかなりダウナーだった。何しろ起きたのが3時だからな。どうしても眠かったのでシャワーを浴びてきたけど、それでも完全には体が起きていない。


 そんな状態でもちゃんとこうして起きている理由は……雫がもう言っているな。

 そう、今日は家族旅行なのである。


 きっかけは、入江妹と話した日の夜。

 珍しく早く帰ってきた(と言っても夜11時だったけど)父さんと義母さんは、やけに嬉しそうな様子で俺たち三人を呼び出した。


『ゴールデンウィークに休みを取れたから、皆で旅行に行こう!』


 と、二人が唐突に言い出したのを見て、俺は流石に自分の耳を疑った。

 ゴールデンウィークに家族サービスをするというのは何も珍しいことではないだろう。父さんと義母さんみたいながちがちの仕事人間を除けば、の話だが。

 流石に嘘だろと思ったのだけれど、どうもマジな話らしい。雫もみおも結構乗り気で何だかんだ言いつつ今日になった、というわけだ。


 一泊二日で温泉旅館に泊まる予定のため、移動時間などを考え、こうして早朝に支度をしている。


「あはは……雫は本当に元気だね。私も、流石にちょっと眠いなぁ」


 ふわぁと欠伸を手で隠しながら、綾辻が家から出てきた。

 重そうに持っている荷物を受け取ると、ありがと、と感謝される。

 そんな様子を見ていた雫が、むっと頬を膨らませた。


「むぅ……先輩ずるいです。私の荷物も持ってくださいよーっ!」

「やかましい。ばっちり目が覚めてる奴は自分で持て」

「むむむっ。なら私も眠いです! あー、眠いなぁ」

「わざとらしいんだよ、馬鹿」


 ちっとも眠くなさそうな欠伸を繰り出す雫に、軽くチョップをくらわせた。

 そのまま、まだ空いている方の手で荷物を受け取ると、雫はとても満足そうにむふーっと笑う。


「そーいうとこ大好きですよ、先輩。元々私たちの荷物を持ってくれるためにリュックサックにしてたんですもんねー?」

「なっ、……ち、違ぇよ。俺はデフォがリュックなの。古き良きオタクスタイルなの」

「それにしてはお顔が赤いですよ?」

「ぐぬぬ……」


 くそ、最初に拒否った意趣返しかよ。

 雫の言っていることは一つも間違っていないからタチが悪い。今日の移動は車だから別に荷物持ちとか要らないんだけど、やっぱりほんのちょっとの移動でも持ってやりたくなるじゃん?

 と、こんな風に考えている時点で俺も実はかなりテンションが高いんだと思う。

 何しろ、これは家族旅行なのだ。

 修学旅行とは違うし、一人旅とも別物。

 家族で行く――そう思ったら、テンションが上がらないわけがない。


 隣のを一瞥すると、何だかそれだけで泣きそうになった。

 俺の思いを知ってか知らずか、まだ気だるそうな美緒が、小さく笑ってくれる。


 ――ぎゅぅぅぅん


 三人で話していると、静かな駆動音が近づいてきた。

 それなりに大きいミントグリーンの自動車が家の前で停止する。

 ガタンとドアを開けて出てきたのは、かっこよくて美人な女の人だった。


「ごめんね~、三人ともお待たせ! けどそうしてみると三人で恋の逃避行に向かうみたいでなんかいいわねっ」

「「たった一言で全部台無し!」」

「やっぱり二人は息ぴったりなのねぇ」

「「……チッ」」


 舌打ちまで息ぴったりなのは、残念ながら兄妹の絆のおかげではない。ツッコミどころのある発言しかしない義母さんのせいだ。

 何度見ても綺麗だなとは思うんだけど、何度話しても残念美人だよなと感じてしまう。今もかっこよく車を乗りこなして見惚れそうだったのに、一気に台無しにしたもんな。


 と、そんな会話をしているうちに、父さんが助手席から降りてくる。

 久々の家族サービスが嬉しいのか、その表情は晴れやかだ。


「三人とも、待たせてごめんね。昨日ガソリンがなくなってることに気付いたからさ」

「そういうことはちゃんとチェックしておくべきなんじゃっていうツッコミはさておいて。父さん、なんで義母さんに運転任せてんの?」

「そんなの、美琴の方が上手いからに決まってるだろ」

「父親の威厳……」

「フレンドリーな方がいいかなって」


 以上、父と子のやりとりでした。

 自動車免許持ってるんだし、かっこよく乗りこなしてほしかった。まぁ義母さんが運転する気満々なら、それでもいいんだけどね?


「それにしても……友斗くん、かっこいいわねぇ。女の子の荷物を持ってあげるなんて紳士! それでこそハーレムエンドを目指すギャルゲー主人公なだけのことはあるわね」

「根も葉もない話でいきなり弄ってくるのやめてもらっていいですかねっ⁉ いや、ハーレムエンド自体は嫌いじゃないけども!」

「あ~、もうほんと弄りがいがあるわ。やっぱり息子と話せるのっていいわねぇ」

「息子を弄る母親ってかなりの確率で嫌われるらしいですけどね」

「そのときはそのときよ。嫌われてても大好きでいるのが母親だもの」

「……そうっすか」


 皮肉交じりのツッコミを義母さんが真っ直ぐ打ち返してきた。

 茶化すのも躊躇われて、逃げるようにそっぽを向く。

 ふふっ、と勝ち誇ったような笑い声が聞こえる。


「さーて、それじゃあ荷物を積んでからいきましょっか! 車で温泉旅行なんて、まるでホワ」

「言わせないですからね!」


 アレはR18だってば。



 ◇



「いえーい!」

「いえーいっ!」

「いえーい♪」

「父さんが一番ノリノリなのはやめろ!」


 旅行へ向かう車内にて。

 雫と義母さんに続いてノリノリな声を上げた父さんに、俺はツッコミを入れた。二人はまだしも、父さんはがっつり渋めの声だから気色悪いんだよ……。


 そんな車内では、絶賛ノリノリな音楽が流れていた。

 最近有名なJ‐POPやアニソン、少し昔のギャルゲーソングなんかを父さんのスマホから流しているのだ。エロゲーソングの有無については言及を避けたい。


 時刻は7時半。

 車内でのプチミュージックフェスタも、だいたい一時間ほど続いている。ガンガンに盛り上げてくる三人の熱が伝播したこともあり、すっかり目は覚めていた。


「ふ~ふ、ふんふ~」


 と、上機嫌な鼻歌が耳をくすぐった。

 そちらを見遣ると、まさに目と鼻の先に綾辻の顔がある。頬杖をつくその横顔は楽しそうに微笑んでおり、俺と同じく、眠気が吹っ飛んでいるのだと分かった。


「ほらほら、先輩も歌いましょうよ! 車内カラオケは定番ですよ!」


 こん、こん、と綾辻がいる方とは逆側の肩が小突かれる。

 そっちを向けば太陽みたいにピカピカな笑顔が待っており、しかもその顔を至近距離で見つめることになってしまう。


 左には綾辻、右には雫。

 二人に挟まれている俺は、こちらを向いている後者とだけは目線を合わせまいと奮闘していた。

 だって雫の方を向くと、その流れで別のところにも視線がいっちゃうんだよ。ほら、シートベルトのせいでいつも以上に強調されている部分とか。


『モモ先輩、雫ちゃんを見る目が汚らわしいのでやめてください』


 そんな風に脳内リトル入江妹がガミガミ言ってきそうな気がするので、ここは理性くんに頑張ってもらう。


「歌わねぇよ。だいたい、この曲ごりごりの萌えソングだろ」

「そーですね。私、この作品だとこの子が推しキャラなんですよね~」

「聞いてない……けど、分かるんだよなぁ、その気持ち」

「ですよねー! この子、めちゃ可愛いんですよ!」


 こん、こん、と肩同士が触れ合う。

 後ろのシートに三人で座っているせいか、ほんのちょっと近づいただけで押しくら饅頭みたいにぎゅうぎゅうと密着してしまうのだ。


 けど、この距離感が嫌じゃなかった。

 もっと言うなら、この空気感が堪らなく心地いい。


 すぐ傍に綾辻がいて、上機嫌で窓を眺めている。

 隣の雫はウキウキ気分ではしゃいでいる。

 父さんと義母さんもいて、車内はお日様の光を吸い込んだみたいな明るいムードだ。


 家族だな、と思う。

 家族旅行なんだ、これは。


 込み上げてくる色んな気持ちを確かめたくて、俺はの手に触れた。

 きゅっと繊細な力で握り返され、確かな体温が美緒から伝わってくる。


 雫と一緒にベチャクチャ喋りながら、ほっこりと胸の奥が温まるのを感じた。

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