1章#21 ボクは好きだよ

「なぁなぁ! 昨日はどうだったんだー?」

「朝からテンション高ぇな……」

「そりゃ、気になるって


 一週間も折り返しに入り、まだ半分残っているのかぁ……と憂鬱になる水曜日。

 朝登校すると、八雲が早速昨日のことを聞いてきた。クラスメイトたちのうちの何人かも耳をそばだてている。


 昨日は午後の授業のあと誰とも話さずそそくさと退散したので、朝のうちにこの話を振られるであろうことは分かっていた。それでも初っ端からこの話題になるとか、あの二人の美少女度合いがヤバい。

 ってか、綾辻ってほんとに人気だったのな。改めて実感すると共に、今まで知らずにこれた俺のぼっち度に泣けてくるわ。


「で、実際どうだったん? 話したくないって言うなら聞かねーけど」

「別に話したくないってわけじゃねぇよ。ただ、そもそもそこまで話すことがないんだ」

「ほーん」


 っていうと? と八雲が話の先を促してきた。

 別段隠すことでもないので、素直に答えてしまう。


「綾辻さんと、その妹と昼ご飯を食った。でも本当にそれしかしてないから、話せることがない」

「マジで? RINEの交換とかもしてねぇの?」

「ん……ああ、特にしてない」


 雫とはかなり前からしているが、綾辻とはしていないので嘘ではない。家族ラインでは繋がっているものの、互いに友達登録はしていないのだ。

 家族ラインから綾辻と繋がるのは、一線を越えることのような気がしたのだ。

 俺の複雑な胸中など知る由もない八雲は、くくっと嘲笑気味の声を漏らす。


「ヘタレ?」

「おうおう、彼女がいるってだけで随分と偉そうなことを言うもんだなぁ? その顔をぼこぼこにして百年の恋も冷ましてやろうか、アアン?」

「そのときはもう一度点火するだけだぜ」

「やめろっ! その真っ直ぐな顔はやめろ! 俺のライフはもうゼロだから」


 惚気られるのが嫌なわけじゃないけど、ノークッションでホーリーライトを放たれるとゾンビ属性の俺は浄化されちゃうんだよ。

 眩しさに目を細めた。青春の光、いくない。


「折角俺がお膳立てしてやったんだし上手くやってくれよー」

「俺的には上手くやったつもりだぞ。だから昼休みは一緒に過ごせた」

「そーだけども。でもほら、学級委員としてならRINE交換できたんじゃねぇの?」

「あ゛」


 言われてみればそうだ。学級委員ってことで適当に理由をつけてRINEを交換することはできたはずだ。

 中学校の頃はスマホを持ちこめなかったから交換しなかったけど、高校の学級委員となればRINEでやり取りをすることもあるだろう。むしろ交換していない方は不自然のような気がしてくる。


「ま、そんな難しい顔しなくてもいーんじゃね? チャンスは幾らでもあるしな。恋愛マスターの俺にいつでも相談しな!」

「片想いマスターの間違いだろ」

「い、今は両想いだから!」


 うわっ、分かりやすっ……。

 どうやらこの話題だと八雲は急にピュアな男の子になるらしい。今後もイラっときたときには使ってやろう、と密かに決意をする。


「と、とにかく。なんか相談があるなら乗るぜ。友斗、来たときからずっと浮かない顔してるし」

「……鋭いな」

「だろ」


 あっさりとやり返され、俺は顔をしかめた。

 昨日に引き続いて相談するというのも癪だが、困っていたのも事実。大人しく話してみるか。


「大したことじゃないんだが……八雲。お前って料理できるか?」

「え、できないけど」

「役立たねぇ……好きな子のために料理猛特訓してる可愛いイケメン要素を持ってろよ!」

「なんで今怒られてんの?」


 チャラ男系ピュアイケメンは漏れなく女子力高いと俺の脳内設定で決まっているのだ。異論は認める。別にテンプレって呼べるほどテンプレじゃないし。

 ただまぁ、料理ができない以上八雲に相談してもしょうがないだろう。放課後、あの人のところに行ってみるしかないかなぁ……。


「裁縫はできるんだぞ? ティッシュケースとか作ったし」

「……失ったポイントを神速で取り返すのはやめろ」


 頭の中で計画を立てながら、俺は苦笑した。



 ◇



 昨日に引き続き、今日も俺はミッションを抱えていた。

 綾辻に課されたものでも、雫に課されたものでもない。百瀬友斗のプライドに懸けて、絶対に達成しなければならないミッションだ。


 それは何かと言うと――夕食の支度である。


 我が家では、家事の当番をローテーションで行っている。一昨日は風呂掃除、昨日は共同で使っている部屋の掃除と洗い物を担当した俺だが……今日、食事当番がやってきてしまったのだ。

 朝はトースト、弁当は昨晩の残り+冷凍食品で乗り切った俺だが夕食はそうもいかない。


「――というわけで時雨さん、なんかいい案ない?」

「キミは随分とアバウトな質問をしてくるね……それも結構忙しい時期に」

「それはごめん。というか、その分こうやって書類を処理してるんだから許して」


 頭を抱え続けた俺は、結局放課後になって生徒会室を訪れていた。

 他の生徒会のメンバーは外でお仕事中だ。新年度ということもあり、各種団体と確認する事項があるらしい。

 新年度と言えば、部活動勧誘が激しい時期でもある。4月下旬には新入生歓迎会もあるしな。


「そういうところは優秀だからいけないなぁ……」

「こういう能力を育ててくれたのは時雨さんだけどね」

「それだけじゃないよ。理由はどうあれ、キミは強く在ろうとしたんだから。そのおかげだよ」

「……っ」


 どうしてこういう恥ずかしくてゾワゾワしちゃう台詞を簡単に言えちゃうかなー、この人。やはりロシア人の血が物を言うのか……っ!

 と、冗談めかさなければ色んな考えで頭がいっぱいになってしまいそうだった。


「こほん。俺のことはいいんだ。それよりも何か案が欲しい」

「案……。つまりキミの義理の妹ちゃんたちに恥ずかしくない夕食のメニューってことだよね?」

「そういうこと。他に乗り切る方法があるなら、それでもいいけど」

「そうだなぁ」


 どうやら真剣に考えてくれるらしい。

 んー、と天を仰いで瞑目する時雨さん。それでも手はきっちりキーボードを打ち込んでるし、何なら俺よりもタッチが速い。無駄に高性能すぎて軽く引いちゃうぞ。


「そもそもさ、キミは料理できないんだよね?」

「できない、わけじゃない。やらないだけだ」

「普段からやらない人が急に料理したって上手くいかないよ」

「ぐぬぬ……」


 辛辣だが的を射ている。

 確かにレシピ通りに作れば、ちゃんと美味しいものが出来上がる。その意味で料理は単なる作業だ、と言えるだろう。だが普段から料理をせず、キッチンに立ったことのない人間はそもそもレシピ通りに作れない。

 かくいう俺も以前、料理を作ろうと思ったことはあった。その際に大惨事になったことでキッチンとの心の距離が更に広がったのである。


「そんな風に困るなら、料理は二人に任せておけばよかったのに。キミは変なところで意地を張るんだね」

「意地……とは、ちょっと違うけど」

「じゃあ、いいところを見せたい子がいるとか? もしかして二人のうちのどっちかが好きなのかな?」

「別にそういうわけでもないというか……」


 と答えて、いいや違うな、と思い直した。

 多分意地を張っていたし、いいところを見せたかったのだろう。

 セフレとして、先輩として。


「ふふ。キミのそういうところ、ボクは好きだよ」

「――っ、し、心臓に悪いからやめてほしいな、そういうの」

「嫌だよ。だってボクはキミのお姉さんだからね。ちゃんと困らせてあげないと」


 時雨さんが、ふっ、とたんぽぽみたいに微笑んだ。

 カターンとエンターキーを押してから、時雨さんは言う。


「そんなお姉さんからアドバイス。ありきたりだけど、困ったときは頼ることも大切だよ。でももっと大切なのは頼り方だ」

「頼り方?」

「たとえばボクがキミに仕事を任せて、その代わりにキミがボクに相談しているように、ね。要するに上手いこと人を使えってことだよ」


 一つ、打開策が脳裏によぎった。

 そうか、こうすればいいのか……!


「おや、いい案が思いついたみたいだね?」

「ああ。ありがとう、時雨さん」

「どういたしまして。ボクは都合のいい助っ人キャラだからね。キミは好きなときに使って、要らなくなったら記憶の片隅に追いやった挙句『あー、あんなキャラいたわ。あの、助言くれる……えっと、名前なんだっけ?』ってなればいいんだよ」

「ギャルゲーっぽいネタでオトすのやめて⁉ というかそれ、ギャルゲーなの⁉」


 くつくつと楽しそうに笑う時雨さん。

 この後の用事のためにも、俺は少しだけ巻きで仕事を進めた。

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