1章#12 もしかして女?
放送での始業式が終わると、担任が手短にHRを行った。
高校二年生としての心構えとか明日以降と予定とか、そういうことを30分くらいかけて担任が話すと、HRは終わる。それぞれの自己紹介はわざわざやらなくていいだろう、とのこと。得意ではないので正直助かった。
「なあ友斗。この後みんなでカラオケでも行こうって話になってるんだけど、お前も行く?」
HRが終わってすぐ、八雲が声をかけてくる。
そういえばHR中からクラスラインでそんな話題が飛び交っていた。ちなみにクラスラインには八雲が招待してくれた。去年は行事のときになってようやく入れてもらえたので、我ながら大きな成長である。
その調子で
「悪い、午後はちょっと用事がある」
「そーなのか。もしかして女?」
「聞き方が数年来の腐れ縁だろってツッコミはさておき……女とかじゃない。ちょっと頼まれ事があるだけだ」
「ほーん……?」
興味深そうに八雲が相槌を打つ。
気になる素振りは見せつつもプライベートなことに過度な干渉をしようとはしないスタンスのようだ。この絶妙なバランス感覚が、クラスラインで既に中心人物になっている所以なのだろう。
「別に大したことじゃない。生徒会長と知り合いでな。その関係で入学式のヘルプを頼まれてるんだよ」
「生徒会長ねぇ……生徒会長⁉」
「ばっか、驚きすぎだ」
と言いつつ、他のクラスメイトに聞こえないように音量を絞ってくれているあたりは助かるけど。
「それはそうかもしんねぇけど……でも生徒会長って生徒会長だよな? 生徒って苗字の会長って奴じゃないよな?」
どんな名前だよ、と笑う。
「生徒会長の
謎の説明口調と友人キャラっぽい振る舞いは一体なんなんだ……。
やたらとテンションが高いところを見るに、わざとやっている部分もあるとは思う。ただ、八雲が言っていることはあながち間違いじゃない。
「その辺は説明が難しいから色々あるってことで」
「んー、まぁそりゃそっか。勝手に妄想を膨らませとく」
「最後の一言は聞き捨てならないんだよなぁ……」
苦笑しつつ、荷物を詰め込んだスクールバッグを手に取った。
約束の時間までもうすぐだ。
「というわけで行ってくる。またカラオケとか誘ってくれると嬉しい」
「そういう素直なとこ嫌いじゃないぜ! 了解、また誘うな!」
「さんきゅ」
ほっと胸を撫で下ろし、俺は教室を後にした。
◇
うちの学校では始業式を午前中、入学式を午後に行うことになっている。
これは生徒会やその他の部活動に所属している生徒が入学式を行うため、入学式と授業が被らないように配慮した結果だそうだ。なら入学式の日は休みにしてくれよとも思うけど、いちいち文句を言ってもしょうがない。カリキュラム的に無理なのだろう。
今の時刻は11時。
そろそろ雫が起きて身支度を整えている頃だろうか。
流石に今から入学式の準備をするには早い。
だから俺が向かうのは体育館ではなく、本来なら閉鎖されているはずの屋上だった。
外から差し込む日光によって埃の姿がありありと浮かび上がる。
見ていて気持ちがいいものではない。なるべく息をしないようにして一番上までのぼり、ドアノブに触れる。
――がちゃり
扉は抵抗なく開いた。
学園モノの作品が好きなこともあり、学校の屋上には憧れる。ただ、去年から幾度とここに訪れているせいで、高揚感は半減してしまった。これが半減期というやつか(違う)。
此方と彼方を分かつ境界をひょいと飛び越えると、空には燦々と太陽が浮かんでいる。
まん丸な太陽を見て、満月みたいだな、と思った。
「やあ。来てくれてよかったよ。約束をすっぽかされたのかと思った」
朝凪のように穏やかな声が聞こえる。
その声の持ち主は、母猫みたいな優しさと一緒に笑っていた。
「約束の時間までには、まだ少しある。心配することなんてないのに」
「そうかもしれないけどね。でもボクは心配性なんだ」
だからホッとしたよ、とその人は言った。彼女が霧崎時雨。うちの学校の生徒会長だ。
すやすやと昼寝でもするみたいにそよ風が吹き、腰のあたりまで伸びた白銀の髪が靡く。
俺を映す瞳は空と同じ青色で、まるでビー玉みたいだ。
右目の下にある焦げ茶色の泣きぼくろは、チョコでできたお星さまみたいに見える。
なるほど、確かにこうして見れば『可愛い女子ランキング』で1位になるのも納得だ。
日本人ではなかなかいない白銀の髪や碧眼は、どうも現実感がない。
俺とこの人――時雨さん――との関係を一言で表すと、従姉弟になる。
父さんの兄がロシア人とのハーフの女性と結婚して生まれたのが時雨さんだ。エキゾチックな顔立ちや髪色などは、時雨さんが母親似であることに由来する。4分の1ではなく3分の1だが、クオーターって呼ぶはずだ。姓の霧崎は、時雨さんの母親から来ている。
昔から俺と妹にとっての姉のような存在で、高校に入学してからは割と頻繁に会っている先輩だ。
「それで? まだ入学式の準備まではあると思うけど、どうして俺は呼ばれたの?」
「色々と話したいことがあってね」
「話したいこと?」
「そう。キミの家族のこととか」
「……っ」
ストレートな発言に俺は顔をしかめた。
薄々察してはいた。父さんは馬鹿だが愚かじゃない。親戚には再婚のことを伝えているはずだ。時雨さんは家族と仲が悪い方ではないし、俺を従弟として可愛がってくれている。再婚の話を知らないと考える方がむしろ不自然だ。
「お父さんに、きちんと話した?」
「話せるわけないよ。家族なんだから」
「家族だからこそ、話すべきだと思うけどなー」
グサグサと言葉が突き刺さる。
俺は今、どんな顔をしているんだろうか。
時雨さんは少しだけ反省したように苦笑した。
「ごめん、言いすぎちゃった」
「いいや、時雨さんは間違ってないよ」
「そう言ってくれるとお姉さんのし甲斐があるよ」
春そのものみたいに微笑む。
「時間もちょうどいいし、続きはお昼を食べながらにしよっか。キミは何か持ってきてる?」
「今朝に買ったパンを一つ」
「それだけじゃ足りないでしょ? お弁当多めに作ったから少し分けてあげる」
二人分の小さなレジャーシートを広げ、時雨さんはちょこんと女の子座りをする。
レジャーシートの上でバスケットを開けると、なかには小さめのサンドウィッチが幾つも並んでいた。
小さい頃の記憶がよぎる。
俺と、時雨さんと、それから――。
「
目を細めて笑うと、きゅいっと目尻が下がる。
そんな妹の顔が、頭をよぎった。
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