1章#06 うれしい帰り道?
綾辻家三名と百瀬家二名の顔合わせは、ひとまず無事終わった。
そもそも予告なしで顔合わせさせないでほしかった、とは思う。だが父さんも色々と葛藤していたらしい。義母さんが優しく庇うので責める気にもならなかった。父さんが迷う気持ちも、すごく分かるしな。
色々と思うところはあったが、食事中に考えてもしょうがない。
寿司を思う存分食べ、義母さんと適度に話し、今日の会はお開きと相成る。
父さんと義母さんは会計とトイレ、それからタバコを吸ってくるということで俺たち三人は先んじて店を出た。
空は夜に煮込まれ始めている。時刻は6時半。なんだかんだ、一時間ちょっと滞在していた。あともう一時間経てば、色んなものを隠してくれる夜闇がとっぷりと街を包みこむことだろう。
矛盾も、曖昧も、全部を隠してなかったことにして。
見えなくしてくれたらいいのに。
義母さんがいなくなったからか、雫からは取り繕った様子が消える。綾辻は未だ仮面装着中だ。俺たちの関係は雫にバレるわけにもいかないんだし、当然と言えば当然だろう。
「いやー、びっくりですね先輩っ。まさか先輩がお兄ちゃんになるとは思ってませんでしたよー」
「そ、そうだな……俺もだ」
「あはは……私もこれは予想外だったなぁ」
ははは、ははは。
枯れ葉の如く、空気がしおしおと萎む。
男ならここは先頭を切って話を振った方がいいのかもしれない。
でもよく考えたら、この状況でどうやって話を振ればいいのだろう。どんな風に二人に接していいのかも分からない。
俺がまごついていると、雫と俺とのやり取りを聞いた綾辻が不思議そうに口を開く。
「あれ。その口ぶりだと、百瀬くんと雫は知り合いだったの?」
綾辻にまで雫との関係を隠すのは面倒だ。二人で頷き合い、明かしてしまうことに決める。
「えへへー、実はそうなんだぁ。ねっ、先輩?」
「ああ。小学生の頃にちょっとあってな。それから、なんだかんだこいつに絡まれてる」
「むぅ……絡まれてるって言い方は酷くないですか。先輩だって私と一緒に居られてうれしいくせにっ」
ぷっくりと頬を膨らませる雫。
ついさっき楽しんでしまったばかりなので強く否定できないのが口惜しい。テキトーに流していると、くすくすと綾辻の笑い声が聞こえた。
「二人とも、仲いいんだね。全然知らなかった」
「うん、仲良くしてる! この顔合わせのこと、お昼に先輩と会って相談してたんだ~。男の人と同棲って、やっぱり不安だったから」
「ふぅん。そうなんだ?」
「あ、あぁ。その結果がこれじゃ、俺がすっごい馬鹿みたいだけどな」
「それは言えてるかもですねー。結構マジで語ってましたもん、先輩」
「お前……後で覚えとけよ?」
きゃー、とわざとらしく雫が悲鳴を上げる。
楽しそうにケラケラと笑ってから、雫はぽつんと思い出したように言う。
「けどあれですね。どうしてもキツかったら先輩の家に逃げて同棲しようって思ってたのに、ちゃんと同棲することになっちゃいましたね。あっ、私に惚れちゃいます?」
「これで惚れたらチョロすぎるだろ……安心しろ、絶対にない」
「そこで絶対にないって言われるのも乙女的にはフクザツなんですけど。ね、お姉ちゃん?」
窺うように綾辻の方を向くと、不敵な笑みが返ってきた。
「そうだなぁ……姉としては、百瀬くんがちゃんと雫のことを愛してくれるかどうか確かめないと何も言えないかな」
「え、なに。なんで急に娘さんをくださいって言いに来た流れなの?」
「違うの?」
「違ぇよ! 今、絶対にないって言ったよね?」
「うちの雫に惚れないなんてことあるわけないから。百瀬くんのそれは、押すなよ押すなよ的なアレでしょ」
「すげぇ、何の迷いもなく言い切りやがった」
どこまでからかっていてどこまで本気なのかは分からないが、妹のことを大切に想っているのは確かみたいだ。
ってか、結構目がマジで怖い。シスコン、ここに極まれりなんだけど。
「まあでも、うちの妹と仲良くしてくれてありがとね、百瀬くん。これからも仲良くしてくれると嬉しいな」
「私の方が先輩と仲良くしてあげてる感ありますけどねー」
「……今しがた縁を切ってやりたい衝動に駆られたけど、綾辻さんの頼みだからな。仲良くするよ。今後は家族になるんだし」
「むぅ、なんか腑に落ちないんですけど」
不服そうな雫を見て、綾辻と俺はくしゃっと破顔した。
◇
「悪い。ちょっと学校でのことを話したいから父さんたちと歩いててくれるか?」
「いーですけど、お姉ちゃんには私相手のときみたいに変なことしないでくださいよ?」
「しねぇよ。っていうか、お前相手にもしてないから」
「うわっ、超雑なんですけど。もういいです、行きますね」
帰り道。
流石に今日から同居するわけにはいかないので、綾辻家三人を最寄り駅まで見送ることになった俺は、雫に頼んで綾辻と二人になった。
ちなみに、父さんと義母さんは、声が聞こえないくらい遠くでイチャついている。いい年こいて手を繋いでるのは息子としては複雑だが……幸せならOKだ。
雫がそこに混じると、一家団欒そのものみたいになった。後ろから見遣るその光景はほっこりと温かくて、自然と頬が綻んだ。
「うちの妹にいやらしい視線を向けてる不届き者がいる件について」
「いやらしい視線は向けてねぇよ。そもそも、雫だけを見てたわけじゃない」
「ふぅん……ま、別にどうでもいいけど」
モノクロなカラフルさを失った声は、驚くほど耳に馴染んだ。
事後の、お互いにクールダウンしているときの声。フラットには遠いけど、感情表現が曖昧でどうにもこうにも汲み取りにくい。夕焼けの雲みたいだ、と場違いに思う。
「なぁ綾辻。今後どうする?」
なるべく小さな声で呟く。
不思議なもので、雫は必ずどんな呟きだって聞き逃さない。耳がいいのだろう。耳弱いし。
「とりあえず、母親とは昨日のうちに話した。私も雫も、学校では綾辻姓で行くことになってる」
「へぇ」
妥当なところだろう。
二年生になって苗字が変わったとなれば変な注目を浴びることは避けられない。綾辻が綾辻姓を使う以上、雫もそれに合わせた方がヘマをやらかす確率が減る。姉妹関係を偽るのは難易度が高そうだしな。
俺が聞いたのはそういうことではないのだが……綾辻は分かった上でこの話をしたのだろう。その意図は分からないが、とりあえずは乗っかっておく。
「だから私のことはこれからも『綾辻』でいいよ。学校でもこれまで通りで」
「それが妥当か。けど、春からは雫がいるからな。何だかんだ俺たちを巻き込んできそうな気はする」
「……それはそうかも」
雫に対する見解は一致しているらしい。
俺は雫の中学時代を知らないから何とも言えないが、学校でも絡んでくる気がする。学年が違うんだし義兄妹だとバレることはないはずなのにコロッとバラしてしまいそうだ。
はぁ、と綾辻は溜息を吐く。
存外嫌そうなものではなかった。
「じゃあ、それなりには関わるってことで。仲がいいクラスメイトくらいでいいんじゃない?」
「それもそうか。……で、そもそも綾辻は俺と仲良くできるのか?」
「それね」
「即答されると傷付くんだが。でも、俺も人のこと言えないんだよなぁ」
俺と綾辻はこれまでセフレだった。
中学校の頃はもう少し関わりがあったけど、2年弱はセックスでしか関わってきていない。事前の会話は前戯に、事後の会話はピロートークのなり損ないに近くて、クラスメイトらしい会話を見失っている節がある。
「まぁ、その辺は何とかなるか。雫がいるしね」
「妹頼りとか、不甲斐ない姉すぎるんだよなぁ……」
「別にいいでしょ。あの子はそういう子なの」
「……ああ」
何となく、言いたいことは分かった。
俺がいつからか失ってしまった何かを、雫はきちんと持っている。
きっとあの日から――。
……いや、考えるのはやめておこう。
「ほら澪~! 遅くなる前に帰るわよ。引っ越しの準備しなきゃいけないんだから」
駅に到着し、義母さんが声を上げた。
分かってるよ、と綾辻が苦笑する。
「じゃあ、また」
「ああ、またな」
「ばいばいです、先輩!」
「はいはい、そうだな」
「また今度会いましょうね、友斗くん」
「うす。よろしくお願いします」
「……なんか私だけ雑に流されてるんですけど」
ぶつぶつ言う雫を連れて、三人が改札を通る。
とりあえず、デレデレ幸せそうにしている父さんの脛を蹴っておいた。
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