1章#05 ごあいさつ

「はじめまして~。あなたが友斗くんね。話には聞いてたけど、結構イケメン! 乙女ゲーの隠し攻略キャラみたい」

「……その喩え、俺以外にはあんまり使わない方がいいっすよ」

「お、『俺以外にそんなこと言うな』的な? いやん、ジェラシー! ますます乙女ゲーのキャラみたい!」


 本当は驚きすぎてろくに頭が回っていないのに、無茶苦茶ノリのいい義母さん(予定)の相手をさせられる男子高校生の心情を簡潔に述べよ。


 そんな問題を出してやりたい、と心底思う。川井塾的なところで出していただきたい。塾とか行ったことないからよく分からんけど。

 いやよく分からないのは今の状況だ。


 親子水入らずで真剣な話をしていたところ、綾辻と雫と綺麗な女性が現れた。

 綺麗な女性は、どうやら父さんの再婚相手らしい。綾辻美琴みことと名乗った。美琴さんと呼ぶのは抵抗があるので、とりあえず義母さんで統一しよう、とだけ考える。


 色々と訳が分からない……と言い続けるのはもうやめるべきだろう。

 はっきり言えば、父さんから義理の妹の情報を聞いた時点で『もしや』と思った。

 すぐに『もしや』と思えたということは、そもそも胸の奥底に仮説が沈殿していたのだろう。


 綾辻澪と綾辻雫。

 中学校が同じセフレと小学校が同じ後輩。

 二人はちっとも似ていないから、無関係なのだと思っていた。

 それほどポピュラーなわけではない苗字の一致を無視して。

 名前に雨冠がついているという共通項から目を背けて。


 同業者で、幼馴染で、同い年。

 雫と父さんからそれぞれ聞いた話だって、無視できないほどに一致していた。それなのに何度もありえないと自分に言い聞かせて可能性を一蹴したのは、認めたくなかったからだろう。


 ――二人が義妹になるなんて、最悪の未来を。


 綾辻と雫は、俺の隣に座る父さんと話をしている。まずはお互いの親と話して慣れよう、という判断らしい。俺たちが他人だったなら見事な気遣いだった。

 心に積もる感情を必死に雪かきして、俺はどこにでもいる男子高校生の仮面を着けた。


「そうねぇ。あ、友斗くんって彼女とかいるの?」

「ははは、いませんよ」


 セフレはいますけどね、とか絶対言えない。

 綾辻がフリーズしてるので、こほんと咳払いをした。バレるわけにはいかないんだから誤魔化しておけって。


「でもモテるんじゃない? それとも好きな人がいる感じ?」

「いや、どっちでもないですね」

「うーん、同年代だと魅力が分からないのかもね。来年二年生なんだし、後輩ができたら憧れの先輩になれるかもよ」

「あはは……いや、どうでしょうね。なれたらいいんですけど」


 今度は雫が固まった。いや、別にお前が後輩なことはバレても問題ないだろ……と思ったけど、よく考えたら小学校の頃からの付き合いとかバレたらそれはそれで気まずいな。

 やっぱりバレたら嫌なので、またしても咳払いをした。


「友斗くん、喉でも痛い? もしあれなら、喉飴あげるわよ」

「喉飴ですか」

「そう。前に声優関連の仕事してる人からおすすめを教えてもらってね。お酒飲みすぎたときなんかによく舐めてるの。ガラガラな声になっちゃ嫌だから」

「へぇ。お酒、強いんですか?」

「ふふふっ、実は結構自信あるの。20歳超えてからは、孝文と二人で一晩中飲み明かしたりもしてたくらいだから」

「へ、へぇ……」


 幼馴染とは聞いてたけど、想像よりも距離が近そうだ。大学生になって二人で酒を飲む。なんだそれ、エモくない? とはいえ流石に実の親のそういう話は聞きたくないけど。


 その後も、父さんたちの方がキリよくなるまで義母さんと会話を続ける。

 義母さんというよりも、押し強めな友達のお母さんって感じがした。綾辻と雫のお母さんなので間違いではないのだが。


「――さて、と。いつまでも私たちだけで話していてもしょうがないし、そろそろ皆で話しましょうか」


 言い出したのは義母さんだった。

 渋い顔をするのは計二名、いや俺も入れて三名だろう。

 そんな俺たちを単に緊張しているんだと勘違いしてくれたっぽい義母さんは、優しく微笑んだ。


「じゃあ私が紹介するわね。向こうのちょっと地味目だけど実はとっても可愛くて、陰キャ男子と陰でこっそり付き合ってることが修学旅行の女子トークでバレて顔を真っ赤にしそうな子が来年高校二年生になる澪よ」

「……ママ、その無駄に長い説明やめて。事実無根だし、普通に私に失礼だから」

「あら、反抗期?」

「これが反抗期なら、私は一生反抗期でいいよ……はぁ」


 おっと、随分と深い溜息。分かるぞ、綾辻。その人が実母だと色々大変だよな。俺以上にツッコミ気質なのも頷ける。

 俺が同情していると、綾辻がこちらを向いた。


 その顔は――いつもの顔だった


 俺たちはセフレだけど、学校では赤の他人で在り続けた。

 無愛想な愛想のいい仮面。いつもは垂れ気味の目尻がくいっと上がる。


「初めまして……ではないか。一応クラスメイトだし」

「あれ、そうだったの?」

「そ。私も驚いたけど。……まあ、改めてよろしくね、百瀬くん」

「あ、ああ。よろしく」


 なるほどね、クラスメイトであることは隠さないつもりか。

 つまりいつも通り。なら何も困りはしない。俺も俺で、デフォルトな作り笑顔で対応するだけだ。


「ふふふっ、まるで運命の出会いねー。量産型WEB小説みたい」

「「その発言は多方面に誤解を招くからやめて」」

「あら、息ぴったり」

「「…………」」


 くそっ、変なところでハモってしまった。

 そこはかとなく気まずい。父さんはそろそろ義母さんをコントロールしてほしいものだ。茶碗蒸しを満喫してないで寿司食え、寿司。


「さ、次ね。私の隣の、あざとビッチな振りしてるけど実はうぶで、平凡な先輩のなんてことないありのままな一言に救われて惚れちゃうチョロイン代表だけど絶対メインヒロインの当て馬になりそうな黒髪ツインテの子が――」

「お母さんっ、私の紹介が酷いよっ! あざとくないから」

「とか言いつつ前のめりになって発育のよさをアピールしちゃうあたりがねぇ」

「――ッ……! そ、そそそんなつもりはなくて」


 雫は耳の先っぽまで赤く染めてこちらを見てくる。

 つい吹き出しそうになるが、ここは我慢。綾辻にそうしたように、外行きの仮面をぺたりと顔に貼りつける。


「大丈夫だよ、君がそんな風な子だとは思ってないから。名前、教えてくれるかな?」

「……雫って言います。春からお姉ちゃんと同じ学校に入るので先輩になりますね」

「そうなんだ。俺は友斗。頼りないかもだけどよろしくね」


 おそらく俺も、綾辻も、雫も。

 こうやって取り繕うことに慣れている。俺たちだけではなくて高校生、ひいては全人類がそうなのだろうけど。


 誰もが仮面を着けている。

 きっと、父さんも義母さんも同じだ。

 人生は舞台なのだから。


「どうかしら。三人とも、上手くやっていけそう?」


 義母さんの問いに、俺たち三人は顔を見合わせた。

 俺と雫は再婚を後押ししたい派だ。澪がどうかは分からないけど、反対しているならこの場には来ないだろう。

 お互いに取り繕って笑う今の状況が、三者の意思をありありと映し出しているように思えた。


「まだ自信は持てないですけど……俺は、二人と仲良くしたいですね。義兄妹として」

「わ、私も。意外と優しそうだなーって思ったし、上手くできる気がする」

「うん……。私も大丈夫。上手くやれると思うよ」


 俺たちの言葉を聞いて、今度は父さんと義母さんが顔を見合わせた。

 二人は、ふっと緊張が解けたように溜息をつく。


「そう。よかった。ありがとう、三人とも」

「親の勝手な想いに付き合わせてしまってごめんな。そして、ありがとう」


 二人の『ありがとう』が心に染みる。

 忘れかけていた家族の温もりを思い出した気がした。

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