1章#04 再婚と幼馴染

 昼飯を食い終え、俺はなんだかんだ雫の買い物に付き合わされた。

 まぁ一度外に出てさえしまえば怠さも半減するからな。可愛い後輩の気晴らしになるなら、となし崩し的にOKを出したのである。


 春物の服を何着か買い、俺の提案で本屋にも寄り、最後には洒落たスイーツ屋でケーキを食べてお開きとなる。

 空は茜色。予定よりも随分遅くなったが、俺も楽しんでいた節があるのでよしとしよう。


 さて夕食はどうしようか。ケーキがボリュームあったし、軽めのものでもいいな。

 そんなことを考えながら家に帰ると……玄関に、俺のものではないスニーカーがあった。


「おかえり、友斗」

「ああ、父さんか。この靴、流石にボロいし新しいの買った方がいいよ。金欠ってわけじゃないじゃん?」

「いきなりファッションチェックしてくる息子って……父さん、泣いちゃうぞ?」

「まぁ我ながらちょっと何だこいつとは思ったけど。でも、父さんだってよく見られたい相手がいるんでしょ。仕事仲間とか……好きな人とか」


 最後に一言付け加えたのは単なる気まぐれではない。

 こんな時間に家にいて、しかも俺を出迎えているのだ。その時点で何かしら用件があることは分かってる。すっげぇそわそわしてるし。

 で、その用件が何かと言えば……再婚のことだろう。


「――っ、し、知ってたのか」

「超分かりやすかったし。逆になんで気付かれてないと思ったのか聞きたいくらいなんだけど」

「ま、マジか……これが悟り世代」

「悟り世代って単語もだいぶ死語と化し始めてるから使うのやめといた方がいいと思う」

「辛辣! あれか、反抗期なのか? 盗んだバイクで――」

「はいはい、もうこの会話はやめとこう。無駄なジェネレーションギャップに傷付くだけだから」

「うっ……そ、それもそうだな」


 先に殿に死なれて行き場を失くした武士みたいな顔をしている。

 無念さは分かるけど、いちいち相手にするのはめんどいからスルーの方向で。


「話すなら、その前に着替えてくるわ」

「あ、いや、それなんだが……よかったら、今日は外で食べないか? ほら、ちょっと歩いたところに回転寿司があっただろ」

「あー……」


 やたらとモジモジしているのは気になるが、魅力的な提案だ。このまま行けば冷凍食品のパスタとかで済ませていた可能性が高い。冷凍食品が悪いわけじゃないが、やっぱり外食の方が味は数段上だろう。


「分かった。ちょっと準備してくる」

「おう。時間も時間だし、まだそこまで急がなくていいからな」

「了解」


 時刻は4時。回転寿司に着くころには5時半過ぎ頃だろう。6時に夕食を摂るのが習慣になっているのでそれほど早くはない。

 現金なもので、回転寿司と言われると、俄然食欲が湧いてきた。軽めでもいいかなという考えはもうすっかり消えてしまってる。


「何食おっかな~」


 楽しい夕食になればいいな、と。

 色んな意味で祈った。



 ◇



 地元愛なんてものはほとんどないけど、俺が住んでいる地域はかつて高級住宅街と呼ばれていたらしい。今も日本車より外車の方が見かけるし、量より質を重視した店が多い。その意味ではまだ高級住宅街なのかもしれない。


 そんな地域から少しだけ離れたところに駐車場付きでオープンしたのがオキ寿司という回転寿司だ。

 オープンしてから5年ほど経っても潰れる気配がないということは、それ相応に需要があったのだろう。まだ夕食時ではないのにそれなりに客がいるのを見て、改めて思い知った。


 テーブル席に案内されたところで、雫の顔が脳裏によぎった。

 今頃あいつも再婚相手と顔合わせをしているかもしれない。だいぶ元気になっていたから大丈夫だとは思うけれど、一通くらい励ましのメッセージを送っておいてやろう。


【ゆーと:頑張ってこいよ】

【しずく:もちろんですっ】


 すぐにメッセージと兎がサムズアップしているスタンプが返ってきた。

 元気そうで何よりだ。これが空元気だとしたら、見抜けない俺は先輩失格だろうけど。


「何やってるんだ、友斗」

「ん、ちょっとRINEをな。それよりどうする?」

「そうだな……先に話をしたい。いいか?」


 妥当なところか。食い終わった後に話す内容でもないだろう。


「了解。でも何にも食わないのも迷惑だし、何皿か取っとくよ」

「ああ、そうだな。父さんもタブレットで茶碗蒸しを頼む」


 それぞれに食べたいものを取り、アツアツのお茶をずずずっと飲んで一息つく。

 明らかに挙動不審な父さんがむせたので、自然と溜息が零れた。

 そのやり取りとも言えないやり取りがちょうどいい折り目になったようで、父さんは覚悟を決めたように口を開いた。


「あのな。父さん、再婚しようと思うんだ」

「さっきも言ったけど、なんとなく知ってた」

「……反対は、しないのか?」

「別に。もう父さんも幸せになっていい頃だと思うから」


 母さんと妹が死んだのは、俺が小学五年生の春だった。

 4月2日。二人はトラックに轢かれて、俺の目の前で死んだ。だから今でもトラックが怖いし、血に塗れて潰れた二人を思い出すからトマトが食べられない。


 過去に、故人に、どうしようもなく囚われている自覚がある。

 でもそれはあくまで俺の話。父さんまで足踏みしていいとは思っていない。大学附属でそこそこ学費が高い今の高校に進学させてもらえるくらいには、うちは経済的に余裕がある。それも父さんが仕事を頑張ってくれているからだ。


 たとえ、それが逃避行の果ての副産物だったとしても。

 俺は父さんに報いたいと思う。

 シリアスな空気を振り払うように、俺はあえて軽いトーンで口を開いた。


「それで、相手はどんな人? あ、惚気るのはNGだから。職業、年齢、性格を簡潔に述べよ」

「取り調べなのか、これっ⁉」

「恋の取り調べみたいな部分はあるかもしれない」

「急にダサいことを言うんだな」

「その台詞がめちゃくちゃ息子を傷つけていることを自覚してくれると嬉しい」


 恋の取り調べって、なんかセンスが古臭いよな。昭和って感じ(偏見)。

 くすっと笑った父さんは、茶碗蒸しを一口食べてから言った。


「同い年の同業者だな。好きなものに真っ直ぐな女の人だよ」

「へぇ。じゃあ、割と父さんの同類って感じ?」

「多少は。というか、実は幼馴染でな。由夢とも知り合いだったんだよ」

「…………ふぅん」


 幼馴染、ね。

 一瞬雫から聞いた話が頭に浮かんだ。いやいやいや、ありえないだろ? 幼馴染なんて吐いて捨てるほどいるはずだ。大人になったら雫も綾辻も、俺の幼馴染って言えなくはないだろうし。

 気を取り直して、今後のことを尋ねる。


「ちなみに、その人は再婚しても仕事続ける?」

「そうだな。何なら父さんより優秀だし、やめたら現場が死ぬ」

「…………」


 ブラックな発言はネタだと思っておこう、うん。


「なるほど。じゃあ再婚とは言っても、結局俺は今までと変わらない感じか」


 これならホテルを使う必要はないかもしれない。綾辻とのやり取りを思い出しながらそんなことを考えていると、父さんが心底申し訳なさそうにかぶりを振った。


「いや、あのだな……そうはならないんだ。実はその……再婚する場合、友斗に義理の妹ができる。同い年の子と一つ年下の子の二人」

「ぇ?」


 再婚のことについては驚かなかった。

 まさかと思いつつも、相手に連れ子がいる可能性だって心のどこかでは考えていた。

 それでも、義妹ができると聞くと複雑な気分になってしまう。だって、俺にとって妹はただ一人だから。その席に他の誰かが座るなんて、考えたくない。


「すまない。きっと友斗は戸惑うだろうと思って、言うのを避けた。義理の妹はやっぱりキツいか?」

「それ、は……」


 父さんには幸せになってほしい。

 いつまでも過去に囚われるべきじゃないとも分かっている。

 それでも素直に肯えなかったのは、俺の弱い矛盾のせいだ。


 あまりにも矛盾している。

 でも、もしも妹の席に座るのが彼女たちなら……。

 そんな風に考えてしまったとき、見ないふりをしていた可能性が、私を見てよ、とヤンデレ少女みたいに存在を主張してきた。


 ――綾辻と雫が実は姉妹だったら

 ――二人の母親と俺の父さんが再婚するとしたら

 ――もし二人が俺の義妹になったなら


 ありえない。

 偶然すぎて、ご都合主義としか思えない。

 それなのに、


「あれ、先輩?」

「……百瀬」


 声が聞こえた。聞こえてしまった。

 聞き馴染みがある声。いつもなら、その声を聞いて安らぎを覚えている。

 けれど、初めてその声が聞こえたことを後悔してしまう。


「嘘、だろ……?」


 綾辻澪セフレ綾辻雫後輩が、そこにいた。

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