1章#03 小悪魔な後輩(2)
ファミレスの中では、最近よく聞くバンドの曲が流れている。
俺はチーズインハンバーグとライス大盛りを、雫はドリア、二人共通でドリンクバーを注文した。
それぞれに飲み物を取ってきてからくだらない雑談をしているうちに食事が到着し、まずはぐぅぐぅと鳴き出しそうな腹の虫を宥める。ライスが三分のニくらいになったところで、俺は口を開いた。
「それで。相談って?」
単刀直入に言うと、雫は口の中のものを飲み込んでから笑った。
「先輩、話聞き出すの下手ですよね。そんなんじゃモテないですよ?」
「……そ、そんなことねぇよ」
「じゃあモテてるんですか?」
「…………いや、告白されたことはないな」
セフレならいるけど、綾辻は俺に好意持ってなさそうなんだよなぁ。友達以上恋人未満という感じ。
高校生活一年目でまだ不慣れな部分はあったものの、行事にもそれなりに参加してきた。それでも告白されたことがないということは……まぁ、そういうことなのだろう。
「そのどや顔心底うざいんだけど」
「いやぁ、だって私は告白されまくりですもん。モテモテのモテガールです。モテ委員長と呼んでもいいですよ?」
「死んでも呼ばない」
というか、モテ委員長とか言っちゃうのがやばい。イケイケ女子小学生(自称)が読む訳の分からん雑誌の特集記事に載ってそうな頭ゆるゆるな雰囲気。
高校行ったら本気でビッチになりそうだなぁ……。
「先輩がすっごい哀しい目をしてて怖いんですけど」
「おっと悪い。お前が高校に行ったら本物のビッチになるんだろうなぁって思ったら、父親目線で切なくなった」
「なんか色々失礼な上にどうして父親目線なんですか……。っていうか、別に私ビッチになりませんから。それに、高校は先輩と同じですし」
まぁそうなんだけどね。
雫がうちの学校に来ることは知っていた。俺も受験勉強手伝ったし。あざとく「先輩と一緒の高校に行きたいんです!」ってアピールしてきたもんなぁ。
「こほん……まぁ、それはそれとして。悩みがあるならまだ中学生のうちに聞いてやるよ。晴れやかな高校生活を始めたいだろ?」
「そう、ですね」
少しだけ驚いたかと思うと、すぐに雫は覚悟を決めたような顔になった。
ちゅるちゅるとメロンソーダをストローで吸ってから、雫は話し始める。
「昨日の夜、お母さんが言ったんです。再婚したい人がいるって」
「……そうか」
ここでも再婚話か。
どうも最近の俺は再婚と縁があるらしい。苦笑しつつ、雫の話に耳を傾ける。
「私のお母さん、アニメ関係の仕事してるんです。詳しいことはよく分からないんですけど……結構、毎日忙しそうにしてて。前のお父さんとはそのことで揉めて別れちゃったんです」
アニメ関係の仕事の多忙さは分かっているつもりだ。俺を男手一つで育ててくれた父さんもアニメ制作に携わっている。
毎日忙しそうだから俺一人でやらなきゃいけないことも多かったけど、楽しそうな背中を見てきたから恨んではいない。
「お祖母ちゃんとお祖父ちゃんが育児に協力してくれるってこともあって、お母さんに引き取られて。それで今日まで来たんですけど……昨日の夜、お母さんに相談されたんです」
「相談?」
そうです、と雫が頷いた。
「実は職場に、高校生の頃に片想いしてた幼馴染がいるらしくて。その人と再婚したい……らしいです」
「なるほど」
他人事とは思えない話だ。明日にでも当事者になったっておかしくない。
幼馴染ってことは離婚する前から意識してたんじゃね?って思わなくもないが……まぁ、そこは勘繰ったところで誰も幸せにならないだろう。
雫の表情はまだ曖昧なままだ。ここで終わりではないらしい。
「再婚自体が複雑、って感じじゃなさそうだな?」
「も、もちろんです! 私、お母さんのこと大好きで! 仕事も楽しんで、私たちとも向き合ってくれて……そんなお母さんには幸せになってほしいって思うんです! 幼馴染との恋っていうのもロマンチックですし!」
ただ、と言って雫の顔が曇る。
「その……再婚相手の方も子供がいるらしくて。その人が私の一つ年上で、義理の兄になるみたいなんです」
ほう……まるで少女漫画かライトノベルみたいな展開だ。
「実は今日、再婚相手の方に行くことになったんです。そこで顔合わせをして、もし上手くやっていけなさそうなら再婚は諦めるって言われてまして……」
「あー、そりゃ複雑だな。当事者じゃない俺でも何となく察しはつく」
「ですよね! 分かってくれますか、先輩っ!」
嬉しそうな声を出す雫は、そのまま前のめりになった。
うん、その姿勢は色々と目に毒だからやめようね? っていうか、そのTシャツ、首のところ緩くない? なんか谷間の裾野だけが見えてきて……げふんげふん。
「完全には分かるって言うのは失礼だろうけどさ。でも分かる。親の再婚は喜べても、見ず知らずの他人が兄弟になって同棲ってのは困るよな。どうせいっちゅうねんって話だ」
「……?」
「…………え、えっとだな」
「あっ、今のって同棲とどうせいでかけたダジャレだった感じですか? 話が重くならないように私を気遣ってくれた、みたいな?」
「やめろ。その解説はマジでやめろ。気付かなかったならスルーしてくれ」
「うわ先輩可愛いっ。ださ可愛いですよ先輩。必死なところが逆に好感持てるまであるので、私的には結構ポイント高いです! だから凹まないでください!」
「いっそ殺せ」
くそ、マジで魔が差してしまった。
火照る頬をちゅーっとコーラを吸って冷やし、グラスの中の氷を一つ口に入れる。ごりごりと噛んだら知覚過敏のせいで歯が痛んだ。マジでツいてない。
「こほん。とりあえず、だな」
「今の全部流して進めようとしてます?」
「雫の言いたいことは分かった。気まずさは何となく察する。どう接すればいいかも分からないし、もしかしたら怖い相手かも、とか不安にもなるだろうしな」
「ですです。それに、周囲に変な風に思われるのはやだなーって」
「周囲? あぁ確かにな」
相手の素性が知れないってだけでも怖いのに、加えて雫は周囲の目もしっかり気にするタイプだ。
そもそも雫は美少女なんだし、もしかしたら相手の男がよからぬことを企むかもしれない。そして、なんとか無事切り抜けても、そういうことがあるんじゃないかと周囲に勘繰られかねない。
いつか、もしも雫に好きな相手ができたとして。
同居している同世代の異性がいるという事実は、それだけで雫にとって重みになりかねないだろう。
「相手の男の人が主人公で、私がヒロインで……って。そんな素敵なラブコメだったらいいんですけど、そんなの絶対ありえないじゃないですか」
「そうだな」
「だから、すっごく迷ってて。でも私の気持ちだけでお母さんの幸せを邪魔したくもなくて……」
「なるほどなぁ」
難しいな、と思う。
しかし、母親の幸せを願う雫の想いも、自分の気持ちを捨てきれないところも、両方とも綺麗で雫らしい。
だったら……。
「俺に言えることがあるとしたら、お前のやりたいようにやればいいんじゃねぇのってことくらいかな」
「それって、嫌だって言っちゃえ、ってことです? でもそれだとお母さんが――」
「違うっつーの。それは雫のやりたいこととは違うだろうが」
ぺしーんと軽くデコピンをすると、雫はぱちぱちと間抜けに瞬いた。
雫の目をじっと見つめ、俺は言葉が正しく届くように口を開く。
「再婚はしてほしい。でも再婚相手の子供とは気まずい。なら、そう言っちゃえばいいんだよ。お母さんに言うのは嫌だって言うなら、再婚相手の子供にそれとなく告げればいい」
「それで上手くいきますかね……?」
「なんだかんだ上手くいくんじゃねぇの。一つ屋根の下って言っても変なことはしてこないだろ。どっちかと言えば、相手は雫と同じかそれ以上に気まずいんじゃないかと俺は思う」
もしも俺なら……って考えるのは、流石に不毛だろう。
あくまで一般論として、普通の男子であれば疚しい考えよりも先に気まずさが先立つと思う。下心に突き動かされれば破滅だってことは火を見るより明らかだしな。
「お互いに親を困らせないように不干渉、ってちゃんと線を引けばいい。それが無理ならどっちかが一人暮らしとか。一つ年上ってことは相手は来年高二だろ? 俺もそうだから言えるけど、結構一人暮らしとかしてみたいって思ってる可能性は高い」
少し喋りすぎたかな、と苦笑した。
雫の表情が少し晴れやかなものになっているので、無駄話ではなかったと信じたい。
「ふふっ、ありがとうございます。なんか、さっきの寒いダジャレのおかげで勇気が出ました」
「えぇ……そこなのかよ。その後にも結構いいこと言ったと思うんだけど?」
冗談です、と雫は笑う。
「割とマジで参考になりました。流石は先輩です」
「お、おう。素直にそう言われるのもしっくりこないな」
「酷くないですか!?」
「胸に手を当てて日頃の行いを顧みてから言え」
「はい、セクハラですっ」
「そういうところだからな?」
ぷっ、と二人で吹き出す。
くつくつと笑い終えた雫は、チラチラと俺の様子を窺うように視線をよこしてきた。
「あの。一つ、聞いてもいいですか?」
「ん、いいぞ」
「……もしも私が先輩の義理の妹になったら、どう思いますか?」
――っっっ。
咄嗟に過剰反応しそうになった俺は、膝の上に置いていた左拳をぎゅっと握り締めた。
落ち着け。これは別に、何か他意がある質問じゃない。単純に男子のモデルケースとして、俺を参考にしたいだけのはずだ。
「さあ、どうだろうな。どうも思わないんじゃないか?」
「なんですかそれ。『ぐへへ、これでラッキースケベし放題だぜ』とか、『これはもうラブコメ確定では?』とか、『こんな可愛い子と同棲できるなんて最高すぎる!』とか思わないんですかー?」
「その自信はほんと凄いな!?」
えっへん、と胸を張る雫。
一瞬アンニュイな表情が見えた気がしたけど、きっと気のせいだろう。
「じゃあ、もしもどーしても生理的に無理な人と同棲しなきゃいけない感じだったら、先輩のおうちにお邪魔しちゃいます! 確か、実質一人暮らしみたいなものって言ってましたもんねー? 可愛い後輩との同居生活始めちゃいましょうっ!」
「絶対始めないから。……まぁ、ほんとの本当にヤバいときは俺も知恵は貸すけど」
一瞬雫との同居生活を想像して、馬鹿馬鹿しい、と自嘲する。
そんな「もしも」も起こりえないのだから。
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