「あ、ああ…」

 終わった。目を閉じる余裕なんて無い。そのまま、落下していく。

「きゃあああああああああああっ!」

『栞奈さまあああああああああっ!』

 走馬灯を見る余裕なんて無い。

 落下しながら私は、恨みつらみを吐き続けた。

「サダハルこの野郎! 一生恨むからね! 私も厄病神になるからね! あんたの頭上に雷落すからね! 風花さまのところで養ってもらうからね!」

『やってみろやああああっ!』

 壁をすり抜けて、サダハルが飛び出した。

 次の瞬間、空を覆っていた暗雲の表面を、黄金の稲妻が駆け抜ける。と思えば、雲の奥で炸裂し、満月を思わせる妖艶な光が放射された。辺りはまるで昼間のように照らされ、ビルから伸びた黒い影が、私の落下に追いつく。

 もちろん、それで私の落下が止まるわけじゃない。

 みるみるアスファルトが近づいてくる。

「あああああっ! 死ぬ! さよなら! 楽しかった! 大好き!」

『オレは厄病神なんだよっ!』

 サダハルがそう叫んだ瞬間、衝撃が私を襲った。アスファルト…じゃない。まるでトランポリンに落ちた時のような、硬くも弾力のある感触…。

 息を呑んだ瞬間、私の身体が、宙に吹き飛ばされる。

 四方八方から、ドンドンドンッ! と、何かを叩きつけるような音のあと、バリンッ! と、窓ガラスが割れる音が響き渡る。

「え…」

 思わず目を開けると、雷光に照らされて煌めきながら、無数のガラス片が宙を舞っていた。それだけじゃない。地面にあるはずの車。工事中と記された看板に、誰が落としたのかわからない傘。砂埃も、雑草も、ゴミも、何もかも、重力に逆らいながら狂喜乱舞していた。

 何が…起こっているの…?

 今更ながらそう思った途端、砂埃が飛んできて、私の頬を掠めた。思わず怯み、力が抜ける。体勢を整えていられなくなって、さらに上空へと吹き飛ばされる。

 ついには、ラブホテルの高さを超えるところまで上昇した。

 その位置から見下ろして初めて、何が起こっているのかを理解した。

「…竜巻!」

 人間、いや、自動車すら簡単に吹き飛ばす竜巻が発生していて、地面を抉りながら暴れまわっていたのだ。

 これが…、サダハルの災厄の力…。

って…、感心している余裕は無い。私は洗濯機の中に放り込まれた服のように、風に煽られて、上空に突きあげられるだけだった。落ちて死ぬかもしれない…という状況は変わらない。

「どどどどど、どうしよう…」

 困惑して横を見た時、同じく風に巻き上げられた自動車が迫ってきた。

 ぶつかる…! と思ったが、なぜか自動車は、私の横を通り抜けていった。

 それからも、ガラス片や看板、道路標識が飛んできたが、私には当たらない。

 感じるのは、浮遊感による尿意だけで、痛くも、怖くも無かった。

 まるで世界の終わりを目の当たりにしているような気分のまま竜巻に煽られていると、サダハルの声が聴こえた。

『栞奈っ!』

「サダハル様!」

 飛んできたサダハルに、私は手を伸ばす。

 当然、二人は触れ合うことができない。だけど、すり抜けた指先には確かな熱が宿った。

 私とともに飛びながら、サダハルは魂の叫びをあげた。

『ツキの無い人生で、落胆したか!』

「してない!」

 私も魂の声で答える。

『幸せになりたいか!』

「なりたい!」

『人に愛されたいか!』

「されたい!」

『金が欲しいか!』

「ほしい!」

『可愛くなりたいか!』

「なりたい!」

 次々と投げかけられる質問に、私は旋回しながら答える。

 サダハルは息を目いっぱい吸うと、今に雷が落ちてきそうな空を仰ぎ、叫んだ。

『幸せに! なりたいかっ!』

「なりたいっ!」

『だったらどうする!』

「がんばる!」

私も息を思い切り吸い込み、喉が切れんばかりに叫んだ。

「頑張って勉強する! 身体を鍛える! アルバイトいっぱいする! 人ともっとたくさん話す! お化粧だってする! 綺麗な服だって買いに行く!」

『よく言ったッ!』

 満足げに笑うサダハル。

 次の瞬間、急加速すると、すぐ目の前まで迫った暗雲を背にして立った。

 手を翳すと、暗雲から軋むような音とともに、光が洩れだす。

『ツキの無い人生だから諦めるだ?』

 サダハルが見るのは、真下にいる恋愛成就の神だった。

『幸せなら、過程を無視しても構わないだ?』

 風はさらに勢いを強め、旋回のスピードが速まる。

『だけどオレは、目標のために切磋琢磨する人間の営みが…』

 腕を振り下ろす。

『大好きだね!』

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