②
『動かないでね』
私の隣に、にやりと笑った恋愛成就の神が並んだ。
『私の力を舐めるからこうなるのよ。私は恋愛成就の神。人の心を奪って操ることくらいわけないわ…。少しでも動けば、この娘に何が起こるのやら…』
『やりやがったな、てめえ』
『やりやがった…? お互い様…? どの口が言っているの? 先に、私のせいくんに手を出したのは、そっちでしょう?』
不気味な笑みを浮かべた恋愛成就の神は、サダハルが城山さんに掛けた呪いのことを言った。
『おかげで、私のせいくんは、怪我をしたの。そして、好きな女の子の心も傷つけることとなった。この娘を犯すだけじゃ、その落とし前は、つかないわよ』
半透明の指を、パチンッ! と鳴らす恋愛成就の神。
その音に反応して、私を拘束する力が強くなった。
腕は捻り上げられ、首は気道を圧迫されるくらいに締まる。つま先は床から数センチ浮いた。
当然激痛が走り、私は小さな悲鳴をあげる。
次の瞬間、空が青く輝き、龍が吠えたような雷鳴が響いた。
天井の照明が恐怖し、次々に割れ、降り注ぐ。それだけじゃなく、まるで鬼に睨まれているかのような、異様な雰囲気が辺りに立ち込めた。
呆然としていた先輩が「うわっ!」と、今更ながら悲鳴をあげ、後ずさる。
「な、なんだよ…」
いよいよ堪忍袋の緒が切れかかったサダハルは、目を真っ赤に光らせていた。
『お前、一線を越えたな』
『どうぞ、雷でも突風でも吹かせなさいよ。もっとも、娘は人質にとった。お前が引き起こす災厄に巻き込まれるのは必須』
『馬鹿かよ。オレが雷と風だけ使えると思ってんのか?』
『疫病は発動に時間がかかることくらい知っているわ。何年の付き合いだと思ってるのよ』
それに…と言って続ける。
『あなたに人が殺せるわけ無いでしょう? 知っているのよ? あなた、厄病神になってから、人を殺したことがないことくらい…』
その言葉に、サダハルの頬がぴくっと動いた。そして、数秒押し黙る。それを「図星」と判断した恋愛成就の神は、勝ち誇ったように笑った。
『お前は、契約者の願いを叶えるために、人を傷つけた。対して私は、せいくんの願いを叶えるために、人に恋心を植え付けた…。どちらのやり方が胸を張れるでしょうね?』
『正しさの押し付け合いをしてんじゃねえよ』
『少なくとも、傷つけるのは違うでしょう?』
そう言った恋愛成就の神は、置いてけぼりを食らっている誠也先輩に手招きをした。
先輩は恐る恐る彼女に歩み寄る。
恋愛成就の神は、「良い子」と笑うと、誠也先輩に絡みつき、彼の首筋に、噛みつくような口づけをした。唇を離した彼女は、頬ずりをする。
『この子はね、すごくいい子なの。だけどね、一時の性欲に駆られて交わった末にできた子どもだから、両親には愛されていなかったわ。父親には殴られて、煙草の火を押し当てられ、母親にも殴られて、毬みたいに蹴られてた。お前なんか産むんじゃなかったって言われてた…』
『発情したガキの過去なんか知ったこっちゃないね』
サダハルに一蹴されても、恋愛成就の神は続けた。
『私は神だからね、一目で、その人の運が見えるの。そしてわかったの。この子は、一生、誰にも愛されない。心優しい子なのにね、愛されないの。ほら、よくあるでしょう? 美人なのに男が一人もできないまま年を取った者や、顔が良いのに、女が寄ってこない男とか…。理屈じゃないの。そういう人たちは、なぜか縁に恵まれていない…。そういう、運命にあるの』
運命は決定づけられている…とでも主張するような言い方に、サダハルのこめかみにさらに皺が寄った。
恋愛成就の神は、目をとろん…とさせると、甘えた声で言った。
『だから、私がこの子を愛してあげようって決めたの。私が、彼に良縁を作るの。そして私たちは、契約をした…』
相槌程度に先輩が頷く。
『おかげで、もうずっと、せいくんは女の子に困っていない。絶望的だった人望も厚くなった。悪いことじゃないでしょう? 人肌は良いわよ。包まれていると良い気持ちになる。生きていこうって、気持ちになる。何度も言うけど、私はあくまで、恋心を植え付けるだけ。洗脳じゃないの。だから、せいくんと一緒になれた女の子は全員幸せになれたし、せいくんについていくお友達も、それを誇りに思っている。誰も、不幸になんかなってない』
そこまで語った恋愛成就の神は、先程の話に戻った。
『過程が違うだけで、誰かを思う心は、まごうこと無き純粋な心。それを生み出す行為に、私は誇りを抱いているわ。それをどうして、お前は否定できるのかしら?』
そこまで言われても、サダハルは神を睨んだまま黙っていた。
返す言葉が無いのか? と思ったが、違うようで、彼は呆れたようにため息をついた。
そして、言った。
『確かに、オレはやり方を間違えたな…。人を呪うのは違うな』
自分の非を認める発言に、恋愛成就の神がにやっと笑う。
『だけど、勘違いしないで欲しいのが、栞奈は、オレの力をほとんど借りてない。自分で稼いだ金で上等な服を買って、化粧を磨いて、疲れているだろうに、人付き合いも、身体を鍛えることも欠かさなかった…。オレたちへの料理もな。それは全部、好きな男に振り向いてほしかったからだ…』
『ああ、それはとてもいじらしいわね。涙が出ちゃいそう』なぞるような声。『だったら、なおさら愚か者ね。この子は。それだけ頑張っているのだから、せいくんの身体を受け入れたらよかったのよ。ご褒美だと思って』
『心が無いじゃないか』サダハルが言う。『こいつは全部、自分の力で手に入れようとしていた。こいつにとって、自分を磨いていた時間は、価値のあるものだった。結果じゃねえんだ。過程に直結しない褒美なんざ、嬉しくねえだろ』
『私はそうは思わないわ』
『そりゃ、栞奈への侮辱だ』
サダハルの目が私を見据える。
『自分の力で、幸せを掴もうとしていた奴への、侮辱だ』
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