第十章『いいえ恋愛成就の神様です』
①
「いや、いいよ。その方がお前らしい」
それに…と言って、誠也先輩は続けた。
「そうやって喜んでくれた方が、連れてきた甲斐があるよ」
「そ、そうですかね? そんなことを言われると、どう喜べばいいのか…」
「素でいいよ。素で。同じ高校の先輩後輩なんだ。自然に行こうぜ」
「自然…」
そう言われると、ますますわからなくなる。自然になろうとすればするほど、顔が強張り、声が震えた。それを見た先輩は、「そうじゃねえよ」と、笑うのだった。
一時、変な空気になったものの、前菜のサラダが運ばれてくると、またもとに戻った。
「先輩、このサラダ、めちゃくちゃ美味しいですよ。コーンがこんなに甘いなんて知りませんでした」
「普段どんなコーン食べてるんだよ」
「レタスも、噛むほど甘い汁が噴き出すんですけど。水分補給できちゃうじゃないですか」
「普段どんなレタス食べてるんだよ」
次に運ばれてきたのは、ポタージュだった。底の深いスプーン越しにとろとろとした感触が分かる。口に運ぶと、ジャガイモととうもろこし、ミルクが溶け合った、甘くてクリーミーは風味が広がった。隠し味は…よくわからないけど、香辛料っぽい、ぴりっとした感触が後を引く。いつも家で飲んでいるインスタントのものとは大違いだ。
ポタージュと一緒にパンが運ばれてきたが、これはスープに浸けて食べろ…という意味だろうか? だけど、マナーとしてそれは良いのだろうか?
ちらっと、先輩の方を見ると、先輩はそうして食べていた。
先輩がやっているのなら間違いないと思い、私もパンをスープに浸けて、齧る。じゅわっとした感触とともに、ポタージュの甘味が口いっぱいに広がる感覚は、最高に心地よかった。
サラダ、スープ。それだけで心が満ちたが、幸せな時間はそれで終わらず、次にやってきたのは魚料理だった。何の魚なのかはよくわからないが、カリッと揚げられ、そこに琥珀色のソースが掛かっていた。当然、これも堪能した。ソースは甘辛で、一緒に入っていた玉ねぎがいいアクセントになっていたと思う。
ジェラート(先輩はソルベって言ってた)が運ばれてきたので、これで終わりかと思ったが、幸せな時間は終わらない。次に運ばれてきたのが、ラム肉のステーキだった。
「おお! これがメインディッシュってやつですね」
「どうせ、羊肉も食べたことないだろう?」
「そうですね。なんか、ぐるぐるした毛が入ってそう」
「そんなわけないから」
メインディッシュが運ばれてきたタイミングで、ウェイターさんが赤ワインのボトルを持ってきて、グラスに注いだ。「ロマネなんちゃら」と銘柄を言われたが、よくわからなかった。
先輩は、ワインのグラスを揺すり、香りってやつを楽しみながら、恥ずかしそうに笑った。
「ずっと前から、栞奈と酒を飲みたくてな。ほら、サークルの打ち上げの時なんて、お前全然話してくれなかったし」
「ああ、そう言えば…」
確かにあの時は、先輩と城山さんが付き合っていることを知り、意気消沈していたからな。
「あ、そうだ。ちなみに酒は大丈夫なんだよな?」
「あ、はい、もちろんです」
嘘だ。ほとんど飲んだことが無い。だけど、「ずっと前から、栞奈と酒を飲みたかった」と言われた手前、そういうわけにもいかず、頷いた。
まあ、ワインって、アルコール十五前後って言うし、大丈夫だろう。まあ、アルコール度数がどのくらいから高いのか低いのか…なんてわからないけれど。
そう楽観的に考えつつ、ワイングラスを傾ける。
まっず! にっがっ! まっず! にっが! 全然ブトウの風味しない!
と思ったが、顔に出さず、「おいしいですねえ」と笑う。
口直しのために、ラム肉のステーキを口に運んだが、これは口の中ですぐにとろけ、旨味ってやつをたっぷりに含んだ肉汁が鼻を突き抜け、私の身は再び幸福に包まれる。
「いや、ほんと、美味しい…」
こんな美味しいお肉を食べるのは初めてで、思わず涙が落ちそうになった。
そんな私を見て、先輩は嬉しそうに笑った。
その後は、デザートしてフルーツタルトがやってきたが、言わずもがな、これも最高に美味しかった。
こんなことを言うのは野暮ではあるが、先輩と知り合ってよかった…と心の底から実感したのだった。
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