アパートに戻り、先程先輩に食事に誘われたことを伝えると、風花さまは「良かったですね」と手を叩いた。対してサダハルは「なんだと!」と憤慨した。

『一度ふった女を、食事に誘うだと? こいつはとんだたらしじゃねえか』

「誠也先輩はそんなんじゃないですよ」

 私は服を選びながら言う。

「多分、私を振ったことを申し訳なく思っているんじゃないですかね」

『だったら尚更だ。こんな中途半端なことするくらいならその場で抱けばよかったんだ』

「あのですねえ。恋人同士にならなくとも、先輩後輩…友達同士の関係は築くべきでしょうが」

『そういう思わせぶりな態度をとる奴がオレは一番気に入らないな』

「はいはい」

 サダハルの好みは置いておいて…。私は取り出した服を風花さまに見せた。

「どの服にすればいいですかね?」

『最近は冷え込んできましたからね。いつものワンピースに、何か羽織ればいいんじゃないですか?』

「羽織るもの、羽織るものかあ…」

『トレンチコートとかは?』

「確か、前に買ったやつが…」

 そうして風花さまに手伝ってもらいながら着替える。

『おい栞奈。もう少し明るい色にしたらどうだ?』

「あのですね…。再三言っていますが、私の着替えを覗くのはやめてください」

 なんていつもの会話を済ませた私は、サダハルと風花さまのためにお米を仕掛けた後、鞄を肩に掛けた。

「それじゃあ、行ってきます」

 家を出ようとした時、風花さまが呼び止めた。

『栞奈さま』

「…なんでしょう」

『栞奈さまは、頑張っていますよ』

「…そうですかね?」

 わざとらしく首を傾げる私。

 神さま二人に見送られて、私は部屋を出た。

 階段を降りようとした時、駐車場の方から誰かが見ていることに気づいた。

 心もとない街灯に照らされたその者の顔を凝視する。そして、仰天した。

 それは、一週間前に一戦交えた佐伯さんだった。

「さ、佐伯さん」

 まずい、また襲われる…。そう思った私は、慌てて部屋に逃げ込もうとしたが、すかさず、佐伯さんが叫んだ。

「待って! 謝りに来たの!」

 その言葉に、身体が止まる。首だけで振り返ると、聞いた。

「謝りに、来た?」

「うん。お願い、話を聞いて!」

 佐伯さんは両手を挙げて、「何もしない」ということを示すと、恐る恐る、階段の方に歩いてくる。まだ警戒心が解けなかった私は、彼女を手で制した。

「来ないで!」

「お願い。お話をさせて」

「だったら、その場で。そこで話してください」

「わかったわ」

 素直に頷いた佐伯さんは、その場に膝をついた。

 唇をきゅっと結び、決心したような力強い目が私を見据える。

 何をするのか…? と身構えた瞬間、佐伯さんはその場で土下座をした。

「ごめんなさい!」夕闇に、佐伯さんの声が響き渡る。「ごめんなさい。謝って済むことじゃないけど、本当に、ごめんなさい!」

 あまりにもあっさりと謝ったので、私は扉の前で立ち尽くしてしまった。

 その間も、佐伯さんは近所迷惑になるくらいの声で、「ごめんなさい!」と叫んでいる。

「目が覚めたわ。私が間違っていた! 本当に、ごめんなさい」

 これ以上叫ばれると、近所迷惑なので、私は階段を駆け下り、佐伯さんに近づいた。

「も、もういいですから」

 そう言うと、佐伯さんは顔を上げた。そして、今度は小さな声で、「ごめんなさい」と言った。

 正直、謝られたところで許す気は無かった。やっていいこと、やってはいけないこと、善悪の区別が付かずに城山さんに嫌がらせをしたんだ。そんな心が不安定な人が反省したところで、信用できなかった。だけど、面と向かって「許しません」と言うのも、堂々巡りになるような気がして、違うと思った。

「本当、もう、いいですから。それより、城山さんには謝ったんですか?」

「会ったらダメって言われているから、電話で謝ったわ。すぐに切られたけど」

「まあ、そりゃそうか」

 誠也先輩との約束もあったので、私は先を急ぐことにした。

「それじゃあ、私は、用事があるので…」

「本当にごめんなさい」

「だから、もういいです」

 鬱陶しく思いながら、佐伯さんの横を通り過ぎる。

 佐伯さんは私の後を引きずられるようにして追いながら、こう訴えた。

「言い訳じゃないけど…、言い訳と思われていいから、これだけは信じて…」

「なんですか? 私、忙しいんですけど」

「誠也くんとえっちをしたのは、本当なの」

「え…?」

 思わず立ち止まる。佐伯さんも立ち止まり、涙で潤んだ目で私に訴えかけてきた。

 数秒の間を置いて洩れたのは、ため息だった。

「あの…、佐伯さん、もうそういうの、やめた方がいいですよ」

「これだけは嘘じゃないの。本当なの」

 やっぱりこの人、反省していないな…。

「お願い、これだけは、信じて」

「あー、はいはい、信じましょう」

 否定してもしつこいだけだと思い、口先だけで信じる。

「それじゃあ、また」

 そう言って強引に話を終わらせた私は、速足で駅の方へと歩いて行った。

 誠也先輩も、ああいう面倒くさい人に目を付けられて大変だなあ…と思った。

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