③
一週間後。
「よし!」
ようやく再起した私は、拳を握り締め、布団から立ち上がった。
「お金稼がないと!」
『もう少し休んでも良いんだぞ』
「いやいや、もう一週間も休んじゃいましたから。本来なら、二万五千円稼げているんですよ。この期間に」
『雨ごいのバイトとか始めたらどうだ? オレが手伝うぜ』
「頑張っている人間が好きだ…とか言ったくせに、よくそんな甘い話をしますね」
『心配しないでください、栞奈さま。厄病神が何か企んだら、私が粛清しますから』
「よろしくお願いします。風花さま」
と、朝の六時から、一人くだらない会話をする私。
寝間着のまま台所に向かうと、炊いてあったご飯を、もうすっかり部屋に居ついた神々にお供えする。自分もお茶漬けを食べて空腹を満たすと、バイト先の制服に着替えた。
上からジャージを羽織り、準備万端。
「それじゃあ、私はバイトに行ってきますから」
『オレたちもついていこうか?』
「絶対にやめてください。いい子にしていてください」
そう言ってから、部屋を出て行く。念のため、一度振り返り、「絶対に来ないでくださいね」と念を押して言った。それでも不安だったので、もう一度、言う。
「良いですか? 絶対に、来ないでください」
『おい、それは、きてくれっていう意味か?』
「来るなっていう意味ですよ!」
扉を勢いよく閉めると、逃げるようにバイト先へ向かった。
そうして、いつものコンビニに着いた私は、店長から一週間休んだことに対する小言をぐちぐちと聞かされ、「君の代わりはいくらでもいるんだからね」と言われた後、「のくせにクビにしないのはなんでだよ…」と思いつつ、業務に臨んだ。
日曜日だったということもあり、たくさんのお客さんが来た。一週間寝たきりで、体力が衰えた私には、さばききるのが難しく、バックヤードにて店長にたくさん怒られた。
店長に怒られ、おじさんに煙草を銘柄で言われ、おばさんにはポイントの後付けを頼まれ、ガラの悪いおにいさんにナンパされ、小学生らしき男の子には、百三十四円を全部一円で支払われ、化粧の濃い女子高生にはなんか笑われ、大変な一日だったが、何とか、終わった。
八時間の勤務を終えて、店を出た私は、スマホの電源を入れた。すると、誠也先輩から着信があったことに気づく。さらにメッセージが送られていた。
「うう…」
なんだか、嫌だなあ…と思いつつ、メッセージを開く。そこには、「時間があったら電話して」とあった。
佐伯さん関連のことかな? メッセージでそれとなく書いてくれていたらいいのに…。
そんなことを思っていても仕方がなかったので、私は歩きながらスマホを操作し、誠也先輩に電話を掛けた。ワンコールで、ツーコール、スリーコールで、誠也先輩が出た。
『もしもし?』
「あ、誠也先輩。こんにちは」
『悪いな。電話させちまって…。今、大丈夫か?』
「あ、はい。今バイトが終わったので」
『そうか、お疲れさん』
「あ、はい、お疲れ様です」
やっぱり、誠也先輩は優しいな…。
『急で悪いんだけど、晩飯でも食べにいかないか?』
「夜ごはん、ですか…」
『うん。佐伯の件で、栞奈には迷惑を掛けたからな。そのお詫びを兼ねて』
「いやいや…」歩きながら私は首を横に振った。「迷惑を掛けたのは私の方なので。だから、気を遣わなくても…」
『頼むよ。こっちも後ろめたいんだ。ここは先輩の顔を立ててくれよ』
「…うーん」
先日フラれた身、また面と向かって食事をすることが恥ずかしくてたまらなかった。
だけど、先輩は恋心以前に尊敬している方だから、断るわけにもいかなかった。
「わ、わかりました。それじゃあ、いつにします?」
『一応、オレは今日の夜空いているんだけど、栞奈は?』
「夜ですか。はい、大丈夫です」
『よし、じゃあ、夜の…八時に駅前集合で頼む』
「わかりました」歩きながら頷く私。「あ、でも、そんなに高い料理はいいですからね。もう、安いところで。安いところでお願いします」
『わかったわかった』電話越しに、先輩がからからと笑う。『それじゃあ、よろしく』
「はい。よろしくお願いします」
立ちどまり、通話を切った私は、しばらくスマホの「通話終了」の文字を眺めていた。
嬉しさ半面、少しだけ苛つく。
フった女を食事に誘うなんて、先輩も罪深い人だ。いや…、きっと「気にするなよ」「これからも仲よくしようぜ」という意味が込められているのだとは思うが、その優しさが、心にちょっと突き刺さるんだ。
一瞬、「あわよくば」の想像が頭を過ったが、すぐに首を横に振って落とす。
「食費が浮いて助かったわ」
そんなことを呟き、私はアパートまでの道を駆け戻った。
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