一週間後。

「よし!」

 ようやく再起した私は、拳を握り締め、布団から立ち上がった。

「お金稼がないと!」

『もう少し休んでも良いんだぞ』

「いやいや、もう一週間も休んじゃいましたから。本来なら、二万五千円稼げているんですよ。この期間に」

『雨ごいのバイトとか始めたらどうだ? オレが手伝うぜ』

「頑張っている人間が好きだ…とか言ったくせに、よくそんな甘い話をしますね」

『心配しないでください、栞奈さま。厄病神が何か企んだら、私が粛清しますから』

「よろしくお願いします。風花さま」

 と、朝の六時から、一人くだらない会話をする私。

 寝間着のまま台所に向かうと、炊いてあったご飯を、もうすっかり部屋に居ついた神々にお供えする。自分もお茶漬けを食べて空腹を満たすと、バイト先の制服に着替えた。

 上からジャージを羽織り、準備万端。

「それじゃあ、私はバイトに行ってきますから」

『オレたちもついていこうか?』

「絶対にやめてください。いい子にしていてください」

 そう言ってから、部屋を出て行く。念のため、一度振り返り、「絶対に来ないでくださいね」と念を押して言った。それでも不安だったので、もう一度、言う。

「良いですか? 絶対に、来ないでください」

『おい、それは、きてくれっていう意味か?』

「来るなっていう意味ですよ!」

 扉を勢いよく閉めると、逃げるようにバイト先へ向かった。

 そうして、いつものコンビニに着いた私は、店長から一週間休んだことに対する小言をぐちぐちと聞かされ、「君の代わりはいくらでもいるんだからね」と言われた後、「のくせにクビにしないのはなんでだよ…」と思いつつ、業務に臨んだ。

 日曜日だったということもあり、たくさんのお客さんが来た。一週間寝たきりで、体力が衰えた私には、さばききるのが難しく、バックヤードにて店長にたくさん怒られた。

 店長に怒られ、おじさんに煙草を銘柄で言われ、おばさんにはポイントの後付けを頼まれ、ガラの悪いおにいさんにナンパされ、小学生らしき男の子には、百三十四円を全部一円で支払われ、化粧の濃い女子高生にはなんか笑われ、大変な一日だったが、何とか、終わった。

 八時間の勤務を終えて、店を出た私は、スマホの電源を入れた。すると、誠也先輩から着信があったことに気づく。さらにメッセージが送られていた。

「うう…」

 なんだか、嫌だなあ…と思いつつ、メッセージを開く。そこには、「時間があったら電話して」とあった。

佐伯さん関連のことかな? メッセージでそれとなく書いてくれていたらいいのに…。

 そんなことを思っていても仕方がなかったので、私は歩きながらスマホを操作し、誠也先輩に電話を掛けた。ワンコールで、ツーコール、スリーコールで、誠也先輩が出た。

『もしもし?』

「あ、誠也先輩。こんにちは」

『悪いな。電話させちまって…。今、大丈夫か?』

「あ、はい。今バイトが終わったので」

『そうか、お疲れさん』

「あ、はい、お疲れ様です」

 やっぱり、誠也先輩は優しいな…。

『急で悪いんだけど、晩飯でも食べにいかないか?』

「夜ごはん、ですか…」

『うん。佐伯の件で、栞奈には迷惑を掛けたからな。そのお詫びを兼ねて』

「いやいや…」歩きながら私は首を横に振った。「迷惑を掛けたのは私の方なので。だから、気を遣わなくても…」

『頼むよ。こっちも後ろめたいんだ。ここは先輩の顔を立ててくれよ』

「…うーん」

 先日フラれた身、また面と向かって食事をすることが恥ずかしくてたまらなかった。

 だけど、先輩は恋心以前に尊敬している方だから、断るわけにもいかなかった。

「わ、わかりました。それじゃあ、いつにします?」

『一応、オレは今日の夜空いているんだけど、栞奈は?』

「夜ですか。はい、大丈夫です」

『よし、じゃあ、夜の…八時に駅前集合で頼む』

「わかりました」歩きながら頷く私。「あ、でも、そんなに高い料理はいいですからね。もう、安いところで。安いところでお願いします」

『わかったわかった』電話越しに、先輩がからからと笑う。『それじゃあ、よろしく』

「はい。よろしくお願いします」

 立ちどまり、通話を切った私は、しばらくスマホの「通話終了」の文字を眺めていた。

 嬉しさ半面、少しだけ苛つく。

 フった女を食事に誘うなんて、先輩も罪深い人だ。いや…、きっと「気にするなよ」「これからも仲よくしようぜ」という意味が込められているのだとは思うが、その優しさが、心にちょっと突き刺さるんだ。

 一瞬、「あわよくば」の想像が頭を過ったが、すぐに首を横に振って落とす。

「食費が浮いて助かったわ」

 そんなことを呟き、私はアパートまでの道を駆け戻った。

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