第八章『いいえ悪意です』

 目が覚めた時、私は病院のベッドの上だった。

『目が覚めましたね』

 目を動かして見ると、横に、風花さまが立っていた。その横には、腕を組んで気難しい顔をするサダハル。

「…風花さま。サダハル様」

『しゃべんな、うすのろ』

 私の言葉を遮ったサダハルは、枕元にあったナースコールを作動させ、看護師を呼んだ。

 看護師が来るまでの間、事の経緯を風花さまが教えてくれた。

『進捗を聞こうと、栞奈さまのお家を訪れたら、向かいの道路で、あなたが頭から血を流して倒れていましてね。サダハル殿の合流し、すぐに救急車を呼んだ次第です』

 神さまでも電話ってできるんだ…。

『神さまでも電話はできますよ。電子機器を介すればね』

 私の心を読んだように風花さまが言う。

『まあ、そんなことはどうでもよくて…』

 風花さまが、隣のサダハルに目配せをする。

 サダハルはこくっと頷くと、私の額に巻かれた包帯を指して言った。

『お前の額の傷から、城山と同じ残穢があった』

「…ということは、つまり」

『同じ奴がやったんだろうな。お前、食事処で、恨まれるようなことしたのか?』

「ええと…」

 あの時の甘美な時間を思い出して応えようとしたタイミングで、看護師さんらが病室に入ってきた。

 私は口を噤み、サダハルと風花さまは、天井に浮かび上がる。

 その後、名前を聞かれたり、簡単な計算問題を解いたり、舌を見られたり、目を見られたり、変な機械に入れられたり…と精密検査を受けた。

 出血量に比べて額の傷は浅く、気絶したのも、脳震盪を起こしたためだった。

 やってきた警察に、一応被害届を提出した後、お医者さんから一日の検査入院を言い渡され、その日は収束となった。

 消灯を過ぎた深夜十一時頃、ようやくサダハルが話の続きを始めた。

『それで、食事処では何が起こったんだ?』

「先輩と一緒にご飯を食べて、まあ、ちょっと頭を撫でられたくらいですね」

『それを見られたのでしょうね』

 風花さまが腕を組んで頷く。

『恨みを買うには、十分です』

『けっ! 人間の癖に、うちの栞奈に舐めた真似しやがって…。身元を特定したなら、そいつの一家全員病気にしてやる』

『やめなさいね。サダハル殿なら本当にできかねないので』

 風花さまはサダハルの頭をぱしっと叩いた後、真剣な顔をして言った。

『城山さまだけでなく、栞奈さまにも…、しかも直接手を出してきたということは、相当、神宮司様への恋心を拗らせた者なのでしょうね…。今は、神宮司様に近づくのはやめた方が良いと思います』

「いや…、ダメです」

 私はひざ元に掛かった布団を握り締め、首を横に振った。

「…怪我をさせられたのなら、なおさら、放っておけません。もしかしたら、城山さんがもっと危険な目に遭うかも…」

『ですが…』

『オレは栞奈の言うことに従うぜ』サダハルが腕を組みながら言う。『城山を狙うやつを捕まえたなら、誠也の好感度も上がるだろうよ』

『サダハル殿、栞奈さまの命に危機が及んだのに、そういうことを言うのは…』

『こちとら、栞奈と縁の糸を結んでんだ。誠也と結ばれないことにゃ、解放されないんだから、なりふり構ってられるかよ』

 私の身を心配する風花さまを一蹴したサダハルは、歯を見せて笑い、私の方を振り返った。

『祓神の言うように、栞奈を襲ったやつが、嫉妬に狂った馬鹿女なら、また姿を現すだろ。なんたって、誠也と城山は付き合ってんだからな…』

「…はい」

 私は静かに頷いた。

『安心しな。今度は、てめえから離れねえよ。オレたち神々は、お前のことを護ってやる』

『え…、私もですか?』

『お前もだろうが。この偽善祓神』

『ま、まあ、栞奈さまの身は心配なので…』

 そうして、厄病神と祓えの神の加護を受けた私は、唇を強く結び、深くうなずいた。

「あああっ! バイト遅刻だ!」

『今日は休めよ』

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