③
その翌日。
いつものようにアルバイトを終えて帰宅した私は、買ったばかりのワンピースに着替え、タイツを履き、首には災厄のお守り。耳には、イヤリング。髪はほどいて自然な風を装った私は、ブーツを履くと外に出た。
風花さまがサダハルを粛清してくれたおかげか、空は子どもが滅茶苦茶に塗ったように青く、乾いた風が吹いていた。
秋の気配を感じながら、私は路地を歩く。
『よし、作戦二の確認だ』
目に涙の痕が残ったサダハルが、私の横に並んだ。
『これからお前は、城山のところに向かい、奴を呪っている奴を明らかにするんだ』
「それはもちろんなんですけど…、そう言うのって、神さまの力で何とかできないものなんですか? なんかこう…、レーダーみたいな力とか」
『残念だが、土地神にそういう力は無い。もっと規模のでかい神ならできるんだがな』
「でも、風花さまはサダハル様の気配に気づいていたじゃないですか」
『あいつとは顔見知りだからなあ…』
独り言を呟きながら歩く私を見て、通りすがりの者は怪訝な顔をして通り過ぎていく。
「というか、自分のことを土地神って言ってみたり、厄病神って言ってみたり、どういうことですか?」
『ああ、昨日の話か…』サダハルは面倒くさそうに説明した。『神々の力は、人の信仰心で決まるんだよ』
「…うん?」
『神っていう呼び名で勘違いする奴も多いが、オレたちはもとから特殊な力を持っているわけじゃない。オレも、あの女も、最初は霊的な存在…言ってしまえば、死人だ』
「へえ。やっぱり、サダハルさまって幽霊なんですか?」
『元幽霊だな…』そう言ったサダハルは腕を組み、言葉に悩んだ。『どう説明すればいいんだろう…。オレを例に挙げるとしたら、オレは六百年前の時代に生きていた貴族だったんだ』
「貴族なのに言葉遣い悪いの」
『貴族だったんだが、それを農民に恨まれて、あの社があった通りで、鍬で殴られて殺された』
おっと、不穏な話になる。
「それで、人を呪って厄病神に?」
『いや、オレは地縛霊になって、その場に留まり続けた。でも、けっして、人を呪ったりはしなかった。そう言う力はそもそも無い。さっき説明しただろ?』
「はい」
『だけど、たまたま偶然、その村で飢饉が起こったんだ。台風もやってきたし、地震も起こった。くどいようだけど、オレはやっていない。全部、たまたま偶然だったんだ』サダハルが天を仰ぐ。『村人たちはこう思ったわけだ。この災厄は全部、殺されたオレの呪いだってな。それで、社を建てて、厄病神として奉った。もちろん、この時点ではまだ、オレにそう言う能力は無い。だけど、百年、二百年、三百年と過ぎて、人々の…この社には厄病神が奉られている…っていう信仰心が蓄積して、オレに力を与えたわけだ』
肩を竦める。
『神々の力は基本、後付けだ。あの祓神もそうだな。何も無い場所に、災厄排除を願って、社が建てられた。そこに住みついた女の浮遊霊が、信仰されているような気分に浸り、そのうちに、本当に神さまになっちまったって流れ』
「そうですか」
『信仰心が、神の力に変わるんだ。だから、威武火市の人口程度の人数に信仰されたところで、オレたちの力は知れている。平将門殿だったり、祓戸大神みたいなやつだったりとは違うんだ。力の規模が違う…』
例えるなら、蟻と象の違いだな。そう、サダハルは言った。
『まあ、オレの話はこんなところだ。もういいだろ? 自分の出生を語るのは気が滅入る』
「なんか、すみません」
『とは言うものの、別に気にしてない』
「どっちなんですか?」
『赤子に脛を蹴られるようなものってことさ』
「………」
その言葉で話を終わらせたサダハルは、少し押し黙り、私の横を浮遊した。
サダハルが元人間で、それが信仰心によって神の力を得た…。なんとなくわかっていたことだったが、いざ本人の口から聞かされると、なんだか不思議な気分になった。
人間ならば、わかるはずだ。殴られたら痛いし、怒るということ。人を愛すること。そして、失えば悲しいこと。
六〇〇年もの間、彼はずっと、この町で、人々の営みを見てきた。
彼は何を思っていたのだろう…?
『おら、早く歩けよ。こののろま』
ぼーっと考えごとをしながら歩いていると、道の向こうからサダハルが呼んだ。
私ははっとして、慌てて走り出す。が、厚底のブーツだったために、足を捻った。
「あ…」
そのまま、顔面から転ぶ…直前で、サダハルが念力でワンピースの裾を引っ張り、支えてくれた。
『ったく、何やってんだよ。このぼんくら』
「…すみません」
気を取り直した私は、また歩き始めたのだった。
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