『恋愛成就の神と間違えた?』

 コスメを買うのは諦め、アパートに逃げ帰った私は、風花さまとサダハルに炊き立てご飯をお供えした後、改めて事の経緯を説明した。

 それを聞いてもなお、彼女は「信じられない!」という顔をしていた。

『お嬢さん、本当に間違えたのですか?』

「まあ、はい。決して、誠也先輩と城山さん不幸にしてやろう…という気はありませんでした」

『まあ、それはあなたの魂の色を見たらわかることなのですが…』

 湯気の立つ白ご飯を食べながら、風花さまはサダハルの方を一瞥する。

『こんな、みすぼらしくて、目つきが悪くて、口も悪くて、一緒に居るだけで災厄を呼び込む。存在しない方が良い。消えた方が良い。恋愛成就とはかけ離れた神を、どうして…』

『散々な言われようだな、おい』

 サダハルは白ご飯を一瞬で食らうと、私の後ろに移動し、背中越しに風花さまを睨んだ。

『栞奈、こいつの言うことは聞かなくていいぞ。たまたま祓えの能力を得た土地神のくせして、正義面してるやつだから』

「どゆこと?」

『あなたも、たまたま災厄の能力を得た土地神じゃないですか。まあ、私たちの出生は後々語るとして…』風花さまは頭を抱えた。『恋愛成就の願いを抱いて、厄病神と契約するとは…、これは困りましたね』

『んなこた、ずっとわかってんだよ』

『つまり、城山さんを呪ったのは、神宮司様と別れさせるためだと…』

「はい、その後に、私がアタックする…という計画でした」

『まあ、恋愛成就の力が無い厄病神にできることと言えば、そういう姑息なことですよね』

『姑息とはなんだ。姑息とは。栞奈の純情を、他の女と付き合うことで踏みにじる方が姑息だろうが』

『恋とは人間の営みの一つですから…』

 風花さまはため息交じりに言うと、私の方を優しい瞳で見つめた。

『お嬢さん、いや、栞奈さま。恋愛成就を祈願したというのに、厄病神とあたってしまった。そして、契約してしまったことは、不憫に思います』

 背後でサダハルが『なんだよ、オレが悪者みたいに!』と言ったが、無視をする。

『ですが、やはり、恋愛成就のためとは言え、人を呪うのは間違っています。人を蹴落として、意中の男性を得たとしても、きっとそのツケが回ってきますよ?』

 それからサダハルを睨む風花さま。

『サダハル殿、これに懲りたら、早く城山さんに掛けた呪いを解きなさい』

『解けだあ?』声が裏返る。『てめえの目は節穴かよ。この』

 言いかけた瞬間、風花さまが浄化の光を放ち、サダハルをアパートの壁の向こうまで吹き飛ばした。

 サダハルは三十秒かけて戻って来ると、言い直した。

『てめえの目は節穴かよ。もう呪いは解いてるわボケ!』

『嘘をおっしゃい。城山さんにはまだ怨嗟の気が付着していましたよ。しかも、現在進行形で機能していました』

『あ?』

「え…」

 私とサダハルが目を見合わせる。

 風花さまは続けた。

『しかも、程度が低い…。腐っても厄病神なのですから、もう少しまともな呪いを掛けなさい。いや、まあ、呪いはかけてはいけないのですが…』

 ピンク色に光る手をサダハルに突きつけ、「さあ!」と促す。

『早くなさい。あの手の呪いは、浄化してもすぐに湧いてきますからね。元を絶たなければ』

『だからよお、オレは呪いを解いたんだって!』

 凄んでいたサダハルだったが、心当たりが無いのか、だんだんと困惑し始める。

『呪いを解いて、栞奈とこれから、他の方法を模索しようとしていたんだよ』

『…それは、本当ですか?』

 風花さまが私の方を見たので、私も啄木鳥の如く首を縦に振った。

『なるほど、栞奈さまが言うのなら、信じましょう』手を引っ込める。『と言うことは、城山さまは、サダハル殿じゃない、他の誰かに呪われていると?』

『そういうことだろうよ』

 安堵したサダハルは、半透明の手で私の頭を撫でた。

『まったく、困っちまうなあ。呪われていたら、なんでもかんでもオレのせいだ』

「日頃の行いが悪いんですね」

『悪いことをするのが厄病神の仕事だからな』

 とにかく、事情を説明し、誤解が解けたようで良かった。

『喜んでる暇は無いぞ』

 サダハルがにやりと笑って言う。

『この祓神の言ってることが本当なら…』

『私は嘘を付きません』

『…オレたちの他に、城山を呪っている奴がいるってことだ』

「そうですね」

 サダハルの言いたいことを理解し、私は深く頷いた。

 私の中で、作戦第二が決まる。

『誰だか知らんが、そいつが城山を呪い殺してくれたら、誠也の隣には空きができるってもんだ! 良かったな!』

 言った瞬間、風花さまが再び、浄化の光でサダハルを吹き飛ばした。

 静かになる自室。

 風花さまはにこっと笑い、私の方を振り返った。

『栞奈さまは、もちろんそんなことを思っていませんよね?』

「あ、はい、もちろんです」

 笑顔の暴力に震えながら、思っていたことを口にする。

「その呪っている人を見つけて、誠也先輩の好感度アップにつなげます」

『あまり良い考えとは思いませんが…、まあ、神との契約を終了するためにはそれしかありませんからね。目をつぶりましょう』

 風花さまが着物を揺らしながら立ち上がり、私の頭を撫でた。

『頑張ってくださいね。可愛らしいお嬢さん』

「あ、はい」

 甘い香りが、私の鼻をくすぐった。

 浮かび上がった風花さまが、部屋の窓から外に出ようとする。

 去り際、彼女は思い出したように「あ…」と声をあげると、私の方を振り返った。

『とは言え、縁結びの神と契約をしなかったのは、不幸中の幸いでしたね』

「…どういうことですか?」

『あそこの神社の神は、厄病神よりも悪質なので』

「…うん?」

『努力もしないで、人の心を射止めるのは、人間の営みではないということです』

 では…。

 そう言った風花さまは、窓をすり抜けて出て行ってしまった。

 取り残された私は、呆然と薄汚れた窓を見つめる。

 頭の中では、風花さまの「努力もしないで、人の心を射止めるのは、人間の営みではないということです」という言葉がぐるぐると回っていた。

 それは、人間の醜さゆえか、神さまの醜さゆえか…。

 考えていると、黒焦げになったサダハルが部屋に戻ってきた。

『おい! あのクソ女は何処に行った!』

「帰りましたよ…」

『くそが! 一発お返ししてやる!』

 その日、激昂したサダハルによって、威武火市の空には、墨汁を垂らしたような暗雲が現れた。空を裂くような雷鳴が轟き、溢れ出した雨水がアスファルトに降り注ぐ。たちまち、威武火市全体に大雨警報が出され、何人の者が、傘を忘れたことを嘆いただろうか?

 調子に乗ったサダハルが、雷を落とそうとしたところ、血相を変えた風花さまが帰ってきて、何度も彼に浄化の光を撃ち込んだ。

 そうして、サダハルの鎮静化に成功。

 夜が明けるまで、サダハルは私の布団に潜り込んでしくしくと泣いていたのだった。

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