第六章『いいや祓の神です』
①
『私は、祓えの神でございます。以後、風花祓神…または、風花とお呼びください』
「は、祓えの、神?」
『簡単に言えば、悪いものを浄化する力を持っている神のことですね』
ああ、なるほど…って思う。
『祓戸大神と同じようなものですね』
『けっ! てめえはそんな大それたもんじゃねえだろ。人の信仰心が無けりゃあ、力が出ない、土地神のくせして!』
『その点に関しては、あなたも同じなので…』
サダハルの悪態を軽くいなした祓えの神…もとい風花様は、髪を耳に掛けながら微笑んだ。
と思えば、目をキリッ! と吊り上げ、鬼のような形相に変わる。
『それで…、貞晴厄神殿…いや、五百年以上の付き合いですからね、サダハル殿とお呼びしましょうか。今回はなぜ私がここにやってきたかわかりますかね?』
『知るかボケ茄子! どうせ、オレにちょっかい掛けに来たんだろうが!』
『違います』
サダハルの額に手を翳す風花さま。
次の瞬間、彼女手が輝き、放たれた光がサダハルの身体を吹き飛ばした。
サダハルが悲鳴をあげながら飛んでいき、見えなくなる。
『あなたが、いたいけな女の子に付きまとっているからでございます』
「いたいけ…」
ちょっと嬉しく思っていると、風花さまが私の方を振り返り、半透明の手で頭を撫でた。
『あの厄病神は私が追い払っておくから、お嬢さんはもう帰りなさい。ずっと、付きまとわれて大変でしたね…』
「ま、まあ大変なんですけど…」私はサダハルが飛んでいった方を見た。「もう慣れたので…。別に…。どうも親切にありがとうございました…」
私のサダハルを庇うような発言に、風花さまは呆れたようにため息をついた。
『いいですか? お嬢さん、あの厄病神はとても陰湿なのです。今日、私がここに馳せ参じた経緯を言えば…、とある恋人同士の二人から相談を受けまして…』
「え?」
『話を聞けば、このところ、触れ合うたびに何か嫌なことが起こるらしいのです。大雨が降ったり、雷が落ちたり、鳥の糞が降ってきたり。なので、女性の方に残った残穢を調べたら、あの厄病神の気配がしましてね…』
「あ、ああ…、なるほど」
脳裏に誠也先輩と城山さんの顔が過った。
『あの馬鹿は、男女が仲睦まじくしているのを見て、それを妬み、私利私欲、いや、冷やかしのつもりで二人を呪ったのですよ。いいですか? そういう神なのです。この町で起こる災厄は大体、あの神のせいなのです。土地神の私の力では、流石に祓うことはできませんが、あの男はこの世に必要が無い。今まで人々に降り注いだ災厄を一身に背負い、苦しみながら消えるべき存在なのですよ』
「散々な言われようじゃないですか!」
『そうとわかれば、さささあ早くお帰りなさい』
風花さまはそう言って、ショッピングモールの出口の方を指した。
私は首を横に振ってそれを拒否し、恐る恐る聞いた。
「一応聞くのですが、厄病神に呪われた…という話は、誠也先輩らは知っているのですか?」
『え…』風花さまが少し驚いたような顔をする。『ええと、どうして、お嬢さんが依頼人の名前を知っているのですか?』
「私のことは、誠也先輩らに言わないでくれますか…?」
『いや、二人は私の神社に参拝して祈っただけです。たかが顔見知りの厄病神一体を相手にするだけですからね…。契約はしていません。お賽銭も五円ですし』
「そうですか…、二人はただ祈っただけですか…」
安堵した私は、胸元にあるお守りを摘まみ、風花さまに見えるようにした。
お守りを見た途端、風花さまの顔色が曇る。
『…まさか』
「はい、そういうことです」
私は示すために、お守りを引きちぎるそぶりを見せた。
その瞬間、頭上から金盥が降ってきて、私の頭に激突。痛みも、音も、慣れたもので、何とか踏みとどまった。
金盥が激しい音を立てて、床に転がる。
私は肩を竦め、「ね?」と言うそぶり。
風花さまは口元を覆って、「なんてこと…」と洩らした。
なんてことを話していると、遥か彼方へと飛ばされていたサダハルがようやく戻ってきた。
『おい! いきなりなにしやがる!』
だが、サダハルに構う余裕は無く、私と風花さまは微妙な顔をして見つめ合っていた。
周りには人だかりができていて、何も無い場所に向かって話す私と突如現れた金盥を、皆は奇妙な顔をしながらスマホのカメラに収めていたのだった。
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