第五章『やっぱ恋愛成就の神様ですよね?』
①
テニスコートが烏の糞まみれになったため、その日の練習は再び中止となった。
鞄を持って部室を出た私は、明美の「一緒に帰らない?」という声に気づかず、ふらふらと歩き始めた。
途中、雑談に興じるグループとすれ違ったのだが、彼らが話していたのは、誠也先輩と城山さんがよりを戻した…ということだった。皆、「よかったねえ」「よかったよお」と、二人の幸せに安堵していた。
私は、そんな気持ちにはなれなかった。だんだんとむかむかしてくる。
誠也先輩と城山さんが結ばれる前に、射止めることができなかった私。厄病神を恋愛成就の神様と思って契約してしまった私。そして、災厄を使って、二人を引き裂こうとした姑息な私。
「ああ、もう!」
溢れだした怒りのまま、胸元のお守りを引っ張った。
途端に頭上から金盥が降ってきて、私の後頭部に壁突する。
「ふぎゅうっ!」
お約束と言わんばかりに倒れ込む私。
サダハルが呆れたように言った。
『おいおい、いつになったら学習するんだよ』
それを無視して、私はお守りを引っ張った。
再び金盥が降ってきて、私の頭に当たる。ガアアアンッ! と盛大な音が、澄み切った空へと吸い込まれていった。
ぷくう…と、たんこぶが膨れる感覚。私は天を仰ぐと、子どものように泣き始めた。
「うえええええええんっ!」
『自傷して泣くとか…。おい、近所迷惑なんだから早く帰るぞ』
「うん…」
私は涙を拭い、立ち上がった。
『あと、金盥は拾えよ。通行人が躓いちまうだろうが』
「これ実体あるの⁉」
実際、通行人が突然降ってきた金盥と、突然泣き始める私を見て、怪訝な顔をして通り過ぎていった。
その場に留まるわけにもいかず、再び歩き始める私。
泣かないように必死に耐えていたが、やっぱり、しゃくり声が洩れだす。
「ひっく、ひっく…」
スカートのポケットの中では、三百円が音を立てている。道中の質屋で金盥を売った時に得たものだった。
「ひっく…」
『おい栞奈、お前…、何ちゃっかり錬金術に成功してんだよ』
「だって売れたんだもん…」
『その図々しさがあるのに、どうして恋愛には奥手なもんかねえ…』
サダハルは道端に捨ててあったエッチな本を念力で浮かび上がらせると、それを使って私の頭を叩いた。
『おら、その金でおにぎり買え。オレに献上しろ』
「…はい」
私は涙を拭って頷くと、コンビニに入った。目に入ったシーチキンおにぎりと、おかかおにぎりを丁度三〇〇円で買い、外に出る。サダハルは店の前で待っていた。
「なんで入ってこなかったんですか?」
『繁盛している店には、商売繁盛の神さまがいるんだよ。厄病神が簡単に侵して良い領域じゃない。実際、さっき来るなって言われたし…』
「…そうですか」
興味ない私は頷いて、おにぎりを二つ、サダハルに投げた。
サダハルはそれを念力で受け止めると、シーチキンとおかか、見比べた後に、シーチキンの方を私に返す。
反射的にキャッチしようとしたが、おにぎりは加速して、私の手をすり抜け、額に激突した。
「ふきゅっ!」
『おら、お前も食え』
「…はい」
私はコンビニ前に腰を掛けると、フィルムを剥いたおにぎりをちびちびと齧った。
隣にはサダハルが腰を掛け、おにぎりを食べている。彼の力じゃ、一瞬で米粒の魂を引き抜けるというのに、私に合わせてか、浸食は遅かった。
『悪かったな』サダハルが言った。『ふざけていたわけじゃない。本気だったんだ』
「…はい」
『恋愛成就の神じゃねえ、厄病神のオレが考えた、精一杯の作戦だった…』
おにぎりのシーチキンの脂っこさは、傷心した腹にはきつかった。
『恋は偉大だな…。簡単にいくもんじゃない…』
そうしみじみと言ったサダハルは、指を鳴らす。
『この作戦をこれ以上続けても無意味だ。城山に掛けた呪いは解いたから…』
「そうですね、その方が良いです。私も、大好きな誠也先輩が痛い目を見るのには、耐えられませんでしたし…」
城山さんと抱き合っている姿を見るのも、耐えられなかった。
ぶつぶつとしゃべる私を見て、コンビニを出入りする者のほとんどが不思議そうな顔をしていた。
『仕切り直しだ。また作戦を考えてみるよ。厄病神のオレにしかできないことをな』
「はい…、じゃあ、私は、私にしかできないことを、やってみます」
おにぎりを食べ終えた私たちは、走ってアパートに戻った。
箪笥を開けると、段ボール箱から数少ない余所行きの服を引っ張り出す。
「私はもっと! 自分を磨きます!」
とにかく、仕切りなおしだ。
「あ…、夜のバイト入ってるんだった」
『お前バイト入れすぎだろ!』
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