城山さんがそう言ったのは、浮かび上がった裾が私の口に突っ込まれたとほぼ同時だった。

 喉の奥で、私の悲鳴が爆発する。

 私は涙をほろりと落とすと、その場に跪いた。

 サダハルは胸を撫でおろす。

『ふう…、なんとか叫ばずにやりきれたな…』

 ブラジャーを丸出しにしておくわけにもいかず、サダハルは私の口からTシャツの裾を抜き、皺を整えた。

『栞奈。二人はあの時、サンバ踊ってたってよ。ほら、続きを聞くぞ』

 背後で私が燃え尽きているのに気づかず、城山さんと誠也先輩とのやり取りは続く。

「あずさは気にしすぎだって。全部偶然だよ。偶然」

「私のせいで、先輩が傷つくことが、私には耐えられないんです!」

「だから、この怪我なら大丈夫だって。この腕の傷もすぐに治るし、この顔の傷も、ここも、この傷も、この傷も、ここも、これも、全部すぐに治るから」

「私、怖いんですよお…」

「もしかして、オレのこと嫌いになっちゃった?」

「そんなことはありません! 大好きです! 本当に、好きなんです! だけど…」

 その瞬間、城山さんの声が途切れた。

 サダハルが目を見開き、顔を真っ赤にして「おおおおおおっ!」と歓声をあげる。

 その熱い視線に導かれるようにして、私は再び城山さんらの方を振り返った。

 その先にいたのは、城山さんの華奢な身体を強く抱きしめる誠也先輩だった。

「オレも、大好きだよ、あずさ…」

 ぐはあっ!

 悲鳴が洩れなかったのは、サダハルが、再び私の口にTシャツの裾を突っ込んでくれたから。

 ギャアギャアッ! と、汚い鳴き声が消えたので上空を見ると、大量の烏が旋回しているのが見えた。

 まさか…と思う。

 サダハルが「一旦引くぞ」と言って、私の首根っこを引っ張った。

 私はブラジャーを丸出しにしながら、その場を離れた。

 次の瞬間、まるで「撃てえ!」とでも言うように、一匹の烏が声高々に鳴いた。それを合図に、他の烏たちが一斉に鳴く。

 慌てて傍にあった木の下に隠れる。

 ドドドドドドッ! と迫真の音を響かせながら、烏の肛門から発射された汚物が、地面に降り注いだ。

「や、やばあ…」

 木の陰から顔を出す。その先はまさに地獄。一面の白と黒。立ち込めるのは鼻を突く異臭。

「はっ! 誠也先輩!」

『おい、待てよ』

 サダハルの制止を振り切って、私は木の下から飛び出した。

 烏の糞を踏みつけ、再び部室棟の裏を覗き込む。

 そこには、城山さんに覆いかぶさった誠也先輩がいた。

「せ、先輩…」

「大丈夫だ。あずさ…」

「先輩、何が降ってきたんですか?」

「ただの雨だよ」

 誠也先輩の大きな体が、城山さんを完全に覆っているために、彼女の身体は全く汚れていなかった。

 背中を糞で汚した先輩は、城山さんを抱きしめたまま立ち上がる。彼女が決して周りを見ないよう、その顔を胸に押し付けたまま。

「少し離れようか」

「…はい」

「あずさ、大好きだよ」

「私も大好きです…」

 先輩の汚れた背中が遠ざかっていくのを、私は呆然と眺めることしかできなかった。

 隣に、サダハルが立つ。

『いやあ、なんて言うか…』

 半透明の手が、私の頭をぽんぽんと撫でた。

『愛の力は、偉大だな』

「なんて言ってる場合ですか?」

 男子テニス部室の扉が開き、男子が出てくる。彼らは目の前に広がっている惨状を目の当たりにして、困惑した声をあげていた。

 とにかく、第一作戦は二人の絆を確固たるものにして、失敗したのだった。

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