呪いをかけてから二週間後。

 やっと部活の活動休止から明けたので、私は早朝五時からのアルバイトを終えると、心臓を逸らせながら大学に向かった。辿り着いた時はもう、練習開始十分前。部室にはほとんどの部員が集まり、テニスウェアに着替え話し合っていた。

 二週間ぶりの再会を喜び合っているのか…と思ったが違う。

 なんだか、重々しい雰囲気が部室に漂っている。まあ、女子の部室なので、そういう空気になっても仕方がないのだが、今回はそれとも違うようだった。

 私は部室の隅でスマホを触っていた明美に声を掛けた。

「ねえ、明美、なんかあったの?」

「ああ、それは、その…」

 明美は気まずそうな顔をした。

「なによお、教えてくれてもいいじゃない」

 私は促すと、明美は首を横に振った。

「別に教えても良いんだけど、本人のこともあるから…」

「うん?」

 首を傾げる。すると、天井からにゅるん…とサダハルが顔を出した。

『あらかた、誠也と城山のことだな』

「城山さんのことですか?」

 サダハルに対して言ったつもりだったが、明美はため息をついた。

「まあ、普通は勘づくわね」

 明美は周りの目を気にしつつ、声を押さえて言った。

「なんか、誠也先輩と一緒に来るときに、先輩が転んで怪我をしたみたいでさあ」

「え…、まさか、病院に?」

「いや、かるく膝小僧を擦りむいただけ」

 なるほど、ちゃんとサダハルの抑制は効いているのか。

「大したことない傷なのに、城山さんがめちゃくちゃ怯えて、泣いちゃって…。それで、『別れなきゃ』って言って、部室を飛び出して行っちゃったの」

「へ、へえ…」

 私が震えながら相槌を打つと、明美は何を勘違いしたのか、きつい口調で言った。

「栞奈、絶対に、『これはチャンスだ』とか思っちゃダメだからね!」

『おい栞奈! 言っただろ? 絶好の機会だ。狙いに行け』

 なんだか、悪魔と天使に囁かれているような気分になる。

 とは言っても、どちらに従うのかは決めていた。

「明美、や、やだな、私がそんなことするわけないじゃない。私をなんだと思ってるのよ」

「突然空気に話しかける狂人」

「酷い!」

 まあ、否定はしない。とにかく、今がチャンスと判断した私は、スポーツバッグを放り出すと、そのまま部室を飛び出した。

「明美なんてもう知らない!」

 階段を駆け下り、炎天下の中を走り始める。

「サダハル様!」

『おうよ! 任せとけ!』

 サダハルが私の横に並んだ。

『城山の気配は、男子部室の裏にあるぜ』

「よし!」

 整備が終わり、さっぱりしたテニスコートの横を通り抜けた私は、植え込みを飛び越え、トイレの横を通り過ぎ、男子棟に近づく。その瞬間、城山さんの声が聴こえた。

「ねえ! お願いします!」

 はっとした私は、慌てて傍にあった木の裏に隠れた。

 危ない危ない…、すぐ近くにいるんだった…。

 逸る鼓動を押さえ、荒れた呼吸を整え、木の陰から顔を出す。城山さんの声は、十メートル先の男子棟の向こうから聞こえた。

 足音がしないよう、そっと、踏み出す。気分はミッションインポッシブル。そのまま建物へと寄って行って、壁を背中に当てつつ、裏を覗き込んだ。

 いた。城山さんだ。

 城山さんは肩を震わせて泣きながら、目の前にいる誠也先輩に訴えかけている。

「誠也先輩! 私と別れてください」

 その言葉を聞いた途端、私とサダハルは目を見合わせ、目を三日月のようにして笑った。

 言葉は交わさずとも、心の中で「やったぜ!」と言いあう。

「お願いします! 私と別れてください!」

 再び、城山さんが訴える声が聴こえた。

 彼女に別れを切り出された誠也先輩は、へらっと笑い、ハーフパンツの裾から伸びる足をふらふらと振った。

「なに? さっき転んだことを言ってるのか? あれはただ、オレが不注意だっただけさ」

「そんなことはありません。この二週間、ずっとそうだったじゃないですか。先輩が私と一緒に居るときだけ、雨が降ったり、雷が落ちたり…、先輩が転んだり、鳥の糞が落ちてきたり…。おかしいですよ!」

「いやあ、ちょっと運が悪かったかなあ?」

 よく見ると、先輩の頬や腕に、絆創膏が貼られているのがわかった。どれも女の子が好みそうな柄物で、おそらく、城山さんが貼ってあげたものだろう。

「あずさがこうやって絆創膏を貼ってくれたら、よく治るから、きょうもやってくれよ」

「ダメです。私が近づいたら、先輩が痛い目に遭うから…」

 城山さんは完全に怯え切った声だった。超常現象に…と言うよりも、大好きな先輩が傷ついていくのに耐えられないのだろう。

 すべて、サダハルの計画通りだった。

「先輩だっておかしいと思わないんですか? この前、先輩のマンションにお邪魔して…」

 城山さんが言いかけた途端、サダハルが「まずい」と洩らし、念力を使って私のTシャツの裾を捲り上げた。

「セックスした時も…、先輩が腰を振るたびに雷が落ちていたじゃないですか!」

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