③
呪いをかけてから二週間後。
やっと部活の活動休止から明けたので、私は早朝五時からのアルバイトを終えると、心臓を逸らせながら大学に向かった。辿り着いた時はもう、練習開始十分前。部室にはほとんどの部員が集まり、テニスウェアに着替え話し合っていた。
二週間ぶりの再会を喜び合っているのか…と思ったが違う。
なんだか、重々しい雰囲気が部室に漂っている。まあ、女子の部室なので、そういう空気になっても仕方がないのだが、今回はそれとも違うようだった。
私は部室の隅でスマホを触っていた明美に声を掛けた。
「ねえ、明美、なんかあったの?」
「ああ、それは、その…」
明美は気まずそうな顔をした。
「なによお、教えてくれてもいいじゃない」
私は促すと、明美は首を横に振った。
「別に教えても良いんだけど、本人のこともあるから…」
「うん?」
首を傾げる。すると、天井からにゅるん…とサダハルが顔を出した。
『あらかた、誠也と城山のことだな』
「城山さんのことですか?」
サダハルに対して言ったつもりだったが、明美はため息をついた。
「まあ、普通は勘づくわね」
明美は周りの目を気にしつつ、声を押さえて言った。
「なんか、誠也先輩と一緒に来るときに、先輩が転んで怪我をしたみたいでさあ」
「え…、まさか、病院に?」
「いや、かるく膝小僧を擦りむいただけ」
なるほど、ちゃんとサダハルの抑制は効いているのか。
「大したことない傷なのに、城山さんがめちゃくちゃ怯えて、泣いちゃって…。それで、『別れなきゃ』って言って、部室を飛び出して行っちゃったの」
「へ、へえ…」
私が震えながら相槌を打つと、明美は何を勘違いしたのか、きつい口調で言った。
「栞奈、絶対に、『これはチャンスだ』とか思っちゃダメだからね!」
『おい栞奈! 言っただろ? 絶好の機会だ。狙いに行け』
なんだか、悪魔と天使に囁かれているような気分になる。
とは言っても、どちらに従うのかは決めていた。
「明美、や、やだな、私がそんなことするわけないじゃない。私をなんだと思ってるのよ」
「突然空気に話しかける狂人」
「酷い!」
まあ、否定はしない。とにかく、今がチャンスと判断した私は、スポーツバッグを放り出すと、そのまま部室を飛び出した。
「明美なんてもう知らない!」
階段を駆け下り、炎天下の中を走り始める。
「サダハル様!」
『おうよ! 任せとけ!』
サダハルが私の横に並んだ。
『城山の気配は、男子部室の裏にあるぜ』
「よし!」
整備が終わり、さっぱりしたテニスコートの横を通り抜けた私は、植え込みを飛び越え、トイレの横を通り過ぎ、男子棟に近づく。その瞬間、城山さんの声が聴こえた。
「ねえ! お願いします!」
はっとした私は、慌てて傍にあった木の裏に隠れた。
危ない危ない…、すぐ近くにいるんだった…。
逸る鼓動を押さえ、荒れた呼吸を整え、木の陰から顔を出す。城山さんの声は、十メートル先の男子棟の向こうから聞こえた。
足音がしないよう、そっと、踏み出す。気分はミッションインポッシブル。そのまま建物へと寄って行って、壁を背中に当てつつ、裏を覗き込んだ。
いた。城山さんだ。
城山さんは肩を震わせて泣きながら、目の前にいる誠也先輩に訴えかけている。
「誠也先輩! 私と別れてください」
その言葉を聞いた途端、私とサダハルは目を見合わせ、目を三日月のようにして笑った。
言葉は交わさずとも、心の中で「やったぜ!」と言いあう。
「お願いします! 私と別れてください!」
再び、城山さんが訴える声が聴こえた。
彼女に別れを切り出された誠也先輩は、へらっと笑い、ハーフパンツの裾から伸びる足をふらふらと振った。
「なに? さっき転んだことを言ってるのか? あれはただ、オレが不注意だっただけさ」
「そんなことはありません。この二週間、ずっとそうだったじゃないですか。先輩が私と一緒に居るときだけ、雨が降ったり、雷が落ちたり…、先輩が転んだり、鳥の糞が落ちてきたり…。おかしいですよ!」
「いやあ、ちょっと運が悪かったかなあ?」
よく見ると、先輩の頬や腕に、絆創膏が貼られているのがわかった。どれも女の子が好みそうな柄物で、おそらく、城山さんが貼ってあげたものだろう。
「あずさがこうやって絆創膏を貼ってくれたら、よく治るから、きょうもやってくれよ」
「ダメです。私が近づいたら、先輩が痛い目に遭うから…」
城山さんは完全に怯え切った声だった。超常現象に…と言うよりも、大好きな先輩が傷ついていくのに耐えられないのだろう。
すべて、サダハルの計画通りだった。
「先輩だっておかしいと思わないんですか? この前、先輩のマンションにお邪魔して…」
城山さんが言いかけた途端、サダハルが「まずい」と洩らし、念力を使って私のTシャツの裾を捲り上げた。
「セックスした時も…、先輩が腰を振るたびに雷が落ちていたじゃないですか!」
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