②
『あ、馬鹿やろ。全部オレのだぞ』
「また炊いてあげますから」
そうやってくだらない米の争奪を繰り広げた後、私は畳の上、サダハルはちゃぶ台の上に腰を掛け、静かな夕食となった。
キャベツの歯ごたえを楽しみながら、私は聞いた。
「それで…、あの呪いの進捗は?」
『順調だ』
サダハルがOKサインを出す。
『呪いをかけてから一週間が経過したわけだが、一日目は五十八回。二日目は三十二回。三日目は十五回。四日目は零回。会ってないんだな。五日目は二百八十九回。六日目が百三十四回。そして、七日目の昨日は三十二回…二人は触れあっている』
「あ、そうですか。う、うう…、それは良かった…」
野菜炒めに塩を使い過ぎたのか、心なしか喉の奥がしょっぱい。
『何が良かったんだよ。それと、泣くなよ…』
いや、泣きたくもなるだろう。特に五日目。どれだけ触れ合っているんだよ、二人とも…。サークルが活動休止になったからって、何処で何をやっていたんだよ…。
「ってか、合計五六〇回も触れ合ったわけですよね? まさか、二人の身に、五六〇回も災厄が降り注いだんですか?」
『計算速いな…。うん、まあ、そうだな、あいつらが一緒にいたマンションの上空には…』
「ぐはあっ!」
サダハルが言いかけた瞬間、私は槍で貫かれたような衝撃を覚え、のけ反った。
『え…、お前何やってんの?』
「ふ、二人が一緒にマンションにいたって…」
『ああもう! 恋人同士なんだから一緒に居るだろうが! いちいち傷心するなよ』
とにかく! と言って、話を戻す。
『あいつらが一緒にいたマンションの上空…時間で言えば、夜の…』
「ぐはあっ!」
電気ショックに当てられたみたいに、身体をびくつかせる。
「よ、夜に一緒にいたんですかあ?」
『お前は中学生の餓鬼かよ! 恋人なんだから夜くらい一緒にいるだろ!』
とにかく…。と言って、再び話を元に戻すサダハル。
『二人が一緒にいたマンションの上空には、ずっと災厄の暗雲が立ち込めて、奴らが触れ合うたびに、雨が降り注いで、雷鳴が轟いていたよ。もうめちゃくちゃ早いの。一定のリズムを持って、一分間に六〇回くらいのペースで触れ合って…』
「ぐはあっ!」
ついに止めを刺される私。
「一定のリズムって…、ああ、つまりそういうこと」
『このマセガキがよお。肩たたきをしあってたのかもしれねえだろ!』
「なんで夜に恋人のマンションに行ってやることが肩たたきなんです?」
『てめえのためを思って言ったんだろうが! 茶摘みしてたのかもしれないだろ!』
「ああ、そうですか」
身体を起こした私は、さっと手を構える。
サダハルも何も言わず、私と向かい合って手を構えた。
せっせせーのよいよいよい。夏も近づく八十八夜…♪ 野にも山にも若葉が茂る…♪ あれに見えるは茶摘みじゃないか…♪
なんとか、二人がエッチなことをしたという現実から目を逸らした私は、事の顛末を聞いた。
「っていうか、そんなに災厄を受けて、二人は無事なんですか?」
『オレの意思が無い限り、人は死なんよ。ただまあ、電線が切れたり、木が吹き飛んだりしたから、流石にマズいと思って、呪いの力を弱めた』
「周りに配慮ができるのですね」
『オレは神様だからな。私情に他人を巻き込む馬鹿とは違う。石に躓いたり、鳥の糞が落ちてきたり、スニーカーの靴ひもが切れたり、蝉が後頭部に止まるくらいまでには抑え込んだよ』
「落差凄いな…。順調ってことは、二人の仲は微妙なものに?」
『それは知らんが、今日になって極端に触れ合いが少なくなった』
「何回?」
『五回だ』
「ほう…」
『勘づき始めたんだろうよ。自分たちが触れ合うことで嫌なことが起きるって』
半透明の手が伸びてきて、私の胸を小突く。
「えっち」
『いや、触れてないから。とにかく、そろそろかもしれんから、ちゃんと二人の動向を見張っとけよ』
「わ、わかりましたよ」
思ったよりも成果が出ていることに、私は震えを覚えながら頷いた。
『厄病神のオレにできることは、舞台を整えることだけだ。後はてめえがやらなきゃいかん』
サダハルが力強い目でそう言う。次の瞬間、びくっと肩を震わせた。
『あ…、いま触れ合ったな。呪いが発動したよ』
「え…」
『お、また触れ合った。まただ、うん。また触れ合ってる』
「ぐふ…」
いちいち報告される度に、私の胸が痛む。
「私の誠也先輩に、触らないでえ」
『いや、お前のじゃないから』
食事を終えた後も、サダハルは宙を漂いながら、呪いが発動する度に私に報告した。
結局、その日は十一回、二人は触れ合うこととなる。
回数で言えば、少ない方であったが、私の心を抉るのには十分だった。
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