第四章『いいえ、呪いです』

 落雷で炎上した木が倒れたおかげで、テニスコートは当分の間使用禁止となった。

 うちのテニスサークルは、テニスコートが使えないなら走り込みをする…とか、筋トレをする…とか、他の大学のコートを借りる…なんてことをするほど熱心じゃないため、とりあえず、二週間の活動休止となった。

 そして、一週間が経過した。

 バイト先のコンビニにて、九時間もの激務を終えた私は、途中でばったりとあった明美とともに道を歩いていた。

「あと一週間だね、部活再開まで」

「そ、そうだね」

「なんか、大変だったね。急に雨が降り出すし」

「そ、そうだねえ」

「地球温暖化が進んで、地球もおかしくなっているのかな?」

「そ、そうかもしれないね」

 明美と話しているとき、何度もその話を振られたが、心当たりがありすぎる私は震えた声で頷くことしかできなかった。

「まあ、ちょうど良かったよ。私、日雇いのバイトをやりたいと思ってたから」

「そ、そうなんだ」

 そんなことを話しながら路地を歩き、私のアパートが近づいてきた。

「それじゃあ、私はここで」

「うん。じゃあ、また」

 明美と別れた私は、歩を速めると、アパートの階段を上り、自室の扉を開けた。

『おい遅いぞ』

 バイト帰りの私を出迎えたのは、心底不機嫌な声だった。

 眉間に皺を寄せたサダハルが飛んできて、疲れている私の周りを飛び回る。

『腹が減ってんだ。ほら、さっさと米を炊かねえか』

「あれ? 炊飯器、スイッチ入れてませんでしたっけ?」

『入ってねえよ。このぼんくら』

「ぼんくらで悪かったですね」

 私はなぞる様に頷くと、台所にあった塩を掴み、後ろに向かって投げつけた。

 もう恒例となった、「オレは幽霊じゃない」という声が聞こえる。

 炊飯器にスイッチを入れ、炊けるまでの間、ベランダの洗濯機を回し、軽い掃除をした。

 炊飯器から良い匂いが漂い始めたタイミングで、フライパンを使っておかずとなる料理を作ることにする。

『何作ってんだ?』

「野菜炒め」

『へえ、しっかりしてんのな。お前良い嫁さんになるよ』

 さっきは「ぼんくら」と言って蔑んだくせに、よくわからない神様だ。

『そりゃあ、あれか? 誠也先輩に振舞うために練習してんのか?』

「まあ、最初はそのために始めましたけど…。誠也先輩の舌は肥えているでしょうから、この程度じゃ、満足させられないでしょうね」

『あ? 野菜は十分ご馳走だろうが』

「いや、まあ、そうなんですけど」

 野菜を愚弄する発言をすれば、サダハルだけじゃなく各方面から怒られそうなのでやめる。

「なんか…、こう、私のは平凡と言うか…。きっと、城山さんならもっとすごい料理をささっと作ると思うんですよ。お金持ちだから、金に糸目を付けずに、食材を買いまくって…」

 味の素を掛けて味を調整すると、皿に移す。

「私は、スーパーで買える安物しか触ったこと無いですからね」

 ちょうどその時、炊飯器が、米が炊けたことを知らせる電子音を響かせた。

『お釜はちゃぶ台の上に置け。神さまが上。てめえは下だ』

「はいはい。ご飯、一膳もらいますよ」

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