とまあ、なんやかんやありながら、私はサダハルを連れて、所属しているテニスサークルの練習のため、大学に向かった。

 午前九時頃に大学に着くと、校舎の横に建てられた部室に向かう。

 サダハルに「サダハル様はここで待っていて」と言ってから、女子部室の扉を開けた。

 練習は午前十時からとなっていた、もうすでに部員の何人かが集まっていて、着替えをしながら世間話に興じていた。日焼け止めクリーム

 私が入ってきたのに気づくや否や、奥の方で話していた明美が駆けよって来る。

「おっす、栞奈。調子はどう?」

「まあ、大丈夫」

「そっか」明美はほっと胸を撫でおろした。「だから言ったでしょう? 一晩眠れば、気持ちも何とかなるって」

「…そうだね」

 いや、厄病神と契約をしてしまって、気持ちは沈む一方だ。

 明美はにこっと笑うと、それから、声を潜めた。

「また、新しい恋に進んでいけばいいよ」

 そうして横目で見るのは、ロッカーに立っていた城山さん。もう着替えを終えていて、グリップがどうとか、ボールを受けた時の感触がどうとか…、新しく買ったらしい高級ラケットの使い心地について、他の女子に楽しそうに語っていた。貧乏人で、万年同じラケットを使っている私じゃ入っていけない話題だ。

「あの人は、相手が悪い」

「…そうだね」

 城山さんは「聖人」と言っても過言ではないくらい、人がよくできていた。文武両道はさることながら、それを鼻にかけて奢ったりしない。常に人のことを気に掛けているおかげで、信頼も厚い。実際、私も彼女に何度か助けられたことがあり、そして尊敬する部分もあった。

 これ以上彼女を見ていると、彼女の背後から差す後光によって焼け死ぬ恐れがあったので、私はそっぽを向き、自分のロッカーの方へと歩いて行った。

 私の気持ちを察してくれてか、明美もそれ以上は言わず、ついてきた。

 この部室にいると、城山さんの声が耳に入ってしまうから、早く着替えて外に出ようと思い、上のTシャツを脱いだ…。

 目の前のロッカーの中から、サダハルがにょきっと生えた。

『なるほど、あの、お高くとまってそうな女が、お前の…』

 次の瞬間、私は思い切りサダハルの顔面を殴りつけていた。

 だが、当然実体のない彼を捉えることはできず、私の拳はロッカーの鉄の扉を叩く。

 ガアアンッ! と嫌な音がして、部室にいた者たちが一斉に私の方を振り返った。

「栞奈ちゃんどうしたの?」

「ご、ごめん、ゴキブリがいて…」

 もちろん、ゴキブリがいないことを知っている明美は、私の脇腹を小突いた。

「ちょっと、苛立っているからって、ものに八つ当たりはないでしょ」

「そういうつもりはなかったの…」

 私は若干凹んでしまったロッカーの扉を睨んだ。

 にょきっと、怯えた様子をサダハルが顔を出す。

『いきなり何をする』

「そりゃこっちのセリフですよ。なに人の着替えを覗いとんじゃ」

『オレはただ、お前との契約を遂行するために尽力しているだけだよ』

 にょきにょきっと、全身を抜け出したサダハルは、私の周りを漂った。

『それに、オレは百年以上生きているんだぜ? お前みたいなガキの裸を見たところで興奮なんてしねえよ。そもそも、神は性欲からかけ離れた存在だしな』と言った傍から、向こうを見る。『お! 赤色か! いいねえ』

 すかさず、私は手に持っていた制汗剤を投げつけた。

 さっきから奇行が目立つ私に、明美はおびえた様子で声を掛けた。

「ねえ、本当に大丈夫? 栞奈ちゃん」

「あ、大丈夫大丈夫」

「まだウーロン茶が抜けていないんじゃない?」

「ウォッカの話はもういいから!」

 とにかく早く着替えた私は、足早に部室を後にしたのだった。

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