②
とまあ、なんやかんやありながら、私はサダハルを連れて、所属しているテニスサークルの練習のため、大学に向かった。
午前九時頃に大学に着くと、校舎の横に建てられた部室に向かう。
サダハルに「サダハル様はここで待っていて」と言ってから、女子部室の扉を開けた。
練習は午前十時からとなっていた、もうすでに部員の何人かが集まっていて、着替えをしながら世間話に興じていた。日焼け止めクリーム
私が入ってきたのに気づくや否や、奥の方で話していた明美が駆けよって来る。
「おっす、栞奈。調子はどう?」
「まあ、大丈夫」
「そっか」明美はほっと胸を撫でおろした。「だから言ったでしょう? 一晩眠れば、気持ちも何とかなるって」
「…そうだね」
いや、厄病神と契約をしてしまって、気持ちは沈む一方だ。
明美はにこっと笑うと、それから、声を潜めた。
「また、新しい恋に進んでいけばいいよ」
そうして横目で見るのは、ロッカーに立っていた城山さん。もう着替えを終えていて、グリップがどうとか、ボールを受けた時の感触がどうとか…、新しく買ったらしい高級ラケットの使い心地について、他の女子に楽しそうに語っていた。貧乏人で、万年同じラケットを使っている私じゃ入っていけない話題だ。
「あの人は、相手が悪い」
「…そうだね」
城山さんは「聖人」と言っても過言ではないくらい、人がよくできていた。文武両道はさることながら、それを鼻にかけて奢ったりしない。常に人のことを気に掛けているおかげで、信頼も厚い。実際、私も彼女に何度か助けられたことがあり、そして尊敬する部分もあった。
これ以上彼女を見ていると、彼女の背後から差す後光によって焼け死ぬ恐れがあったので、私はそっぽを向き、自分のロッカーの方へと歩いて行った。
私の気持ちを察してくれてか、明美もそれ以上は言わず、ついてきた。
この部室にいると、城山さんの声が耳に入ってしまうから、早く着替えて外に出ようと思い、上のTシャツを脱いだ…。
目の前のロッカーの中から、サダハルがにょきっと生えた。
『なるほど、あの、お高くとまってそうな女が、お前の…』
次の瞬間、私は思い切りサダハルの顔面を殴りつけていた。
だが、当然実体のない彼を捉えることはできず、私の拳はロッカーの鉄の扉を叩く。
ガアアンッ! と嫌な音がして、部室にいた者たちが一斉に私の方を振り返った。
「栞奈ちゃんどうしたの?」
「ご、ごめん、ゴキブリがいて…」
もちろん、ゴキブリがいないことを知っている明美は、私の脇腹を小突いた。
「ちょっと、苛立っているからって、ものに八つ当たりはないでしょ」
「そういうつもりはなかったの…」
私は若干凹んでしまったロッカーの扉を睨んだ。
にょきっと、怯えた様子をサダハルが顔を出す。
『いきなり何をする』
「そりゃこっちのセリフですよ。なに人の着替えを覗いとんじゃ」
『オレはただ、お前との契約を遂行するために尽力しているだけだよ』
にょきにょきっと、全身を抜け出したサダハルは、私の周りを漂った。
『それに、オレは百年以上生きているんだぜ? お前みたいなガキの裸を見たところで興奮なんてしねえよ。そもそも、神は性欲からかけ離れた存在だしな』と言った傍から、向こうを見る。『お! 赤色か! いいねえ』
すかさず、私は手に持っていた制汗剤を投げつけた。
さっきから奇行が目立つ私に、明美はおびえた様子で声を掛けた。
「ねえ、本当に大丈夫? 栞奈ちゃん」
「あ、大丈夫大丈夫」
「まだウーロン茶が抜けていないんじゃない?」
「ウォッカの話はもういいから!」
とにかく早く着替えた私は、足早に部室を後にしたのだった。
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