第三章『それは魔法ですか?』

 翌日。不安を抱いていたおかげで安眠することができず、朝起きた時の私の目にはうっすらと隈が浮いていた。

 鏡で自分の顔を確認していると、隣にサダハルが現れた。

「サダハル様、社に帰らなくていいんですか?」

『お前が眠りこけている間に帰った。やっぱり実家最高だな』

「そのまま帰ってこなくても良いのに」

『あ?』

 洗面台に置いてあった洗顔の容器が浮かび上がり、私の額にコツン…と当たった。

『ほら、それでその間抜け面を洗え。今日から早速、セイヤを射止めに行くぞ』

「はいはい」

『あと、契約は契約だからな。朝飯』

「…はいはい」

 私は宙に浮いている洗顔を掴むと、慣れた手つきで泡を立てたのだった。

 顔を洗いさっぱりした私は、台所に向かい、炊飯器の蓋を開けた。

 途端にふわっ…と白い湯気が上がり、炊き立てのご飯たちがぷつぷつと音を立てた。

『ちゃんと一升分炊いただろうな?』

「うちの炊飯器じゃ、四合が限界です」

『それじゃあ、晩にもう一回炊け』

「…わかりました」

『塩を付けろよ』

「いやまあ、付けますけど…」

 細かい要求に苛立ちを覚えながら、炊飯器のご飯をどんぶりに…いや、この量ならば、お釜ごと献上した方が早いな…。

 私は厚手の手袋をはめると、熱々のお釜を取り出し、居間で「早くしろ―」と手足をばたつかせているサダハルに持って行った。

「はい、食べてください」

『お釜ごと持ってきたのかよ。とんだ横着女だな』

「塩掛けますよ?」

 そう言って、塩をサダハルの頭から振り掛ける。

『まて、オレは幽霊じゃない』

 畳に落ちた塩を、サダハルは念力のような力を使って浮かび上がらせ、ほかほかのご飯の上に掛けた。

 実体のない神さまがどうやって米を食べるのか不思議に思い、私はじっと見つめる。

 私の視線に、サダハルは鬱陶しそうな顔をしながら、手を湯気が立つ白米に翳した。

 するとどうだろう。ジュワア…と肉が焦げるような音とともに、みるみる白米が黒く変色し、縮んでいった。

「え…すごい」

 驚嘆の声をあげた私は、お釜を覗き込んだ。

 溢れんばかりだった白米は、十分の一ほどまでに縮んでしまい、お釜の底に堆積している。あれだけ立ち込めていた湯気も消え失せ、からからに乾いていた。

「何をしたんですか?」

『食ったんだよ』

「いや、食ってないでしょ。手を翳して、魔法みたいなのを使ったでしょ」

『まあ、そんなものかな』得意げに言った。『神は実体が無いからな。こうやって、魂を食らって味を楽しみ、空腹を満たすんだ』

「ということは、米から魂を抜いたってわけですね」

『語弊の無いように言えば、魂を抜けるのは、献上されたものに限られる。だから、今こうやってお前の魂を抜いて食っちまうってのは、できない』

「神さまって、面白い生物なんですねえ…」

 そんな間の抜けた感想を洩らした私は、お釜の底に残った米に触れようとした。

 慌てて、サダハルが叫ぶ。

『おい馬鹿、やめろ』

「え?」

 サダハルの忠告も虚しく、私は米に触れる。次の瞬間、頭上に大きな金盥が現れた。

 ガーンッ! と、後頭部に落下。私は目を回してその場に倒れ込んだ。

「ふへえ…」

『だから言っただろ? オレが生成するものは基本的に災厄を呼び込むんだ』

「こ、このやろう…」

 そうなら、生成した時点で言ってほしかった…。

 説明不十分なサダハルと、金盥を躱すことができなかった苛立ちで、思わず胸元のお守りを握り締める。すると再び、天井に金盥が現れた。

 ガアアンッ! と私の後頭部に激突。

「ぐへえ…」

 私は目を回しながら畳の上に倒れ込んだのだった。

 私の間抜けな顔を見ながら、サダハルは肩を竦めた。

『ほんと、幸先がわるいわ…』

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