神さまは「とにかく」と言って、話を戻した。

『願いを叶えるってのは、そんな都合のいい話じゃない。零からは壱を生み出せない。壱を支払って初めて、壱が生まれるんだ』

「なるほど、等価交換…みたいな」

『まあ、差し出すものは人によって価値が違うからな…。お前にとっては我楽多でも、オレにとっちゃ価値あるものって場合もあるから、必ずしもそうとは言えんが…』

 そこまで語った神さまは、神さまらしく目を鋭く光らせ、「どうする?」と聞いた。

『オレと契約するかい?』

 先ほどまでとは打って変わった張り詰めた空気に、私は押し黙る。

『ちなみに、一度契約をしたならば、オレとお前は縁の糸で繋がれる。契約を履行するまでは解除できない…』

 私の願いを叶えるためには、それ相応のものをこの神さまに差し出さなければならないのか。

 私の願いはただ一つ。誠也先輩と結ばれたい。

 もし結ばれたところで、私はその代償を支払うことができるのだろうか? そもそも、代償はどのくらいになる…?

 努力もしないで願いをかなえてもらうなんて、虫がいい話じゃないのか?

 私は恐る恐る聞いた。

「ちなみに、代償は、何を支払えばいいの?」

 お金か…。命か…。はたまた、若さか…。

「もしかして! 身体? ちょっとやめてよ! 私のしょ…」

『作物』

「へ?」

 代償として提示されたのは意外なもので、私は拍子抜けをした声をあげた。

「さ、さくもつ?」

『おう、作物だ』得意げに胸を張る。『そりゃあ、神さまと言ったら、作物だろ?』

それから、指を一本立てた。

『願い事の重さに応じて、壱日壱升。米、または麦を収めろ。一年間だ。そうすりゃあ、どんな願いでも一つ、叶えてやる』

「やりますやります!」

 神さまのご飯代を負担するだけで誠也先輩と結ばれることができるのなら、やらない手は無かった。

「米程度で、願いを叶えてくれるんですよね!」

『米程度言うな! オレが生きてた時代は高級品だったんだぞ!』

「とにかくやります!」

『よっしゃ、契約だ』

 流れるように事が進み、流れるように契約が成立した。

 神さまが、浮いていた千円札を握り締める。すると、彼の指の隙間から紫の光が洩れだし、点滅した。再び手を開くと、そこに握られていたのは千円札ではなく、どす黒い色をしたお守りだった。血のような色の紐も付いており、なんだか不気味。

「…これは?」

『お守り。お前とオレが縁で繋がった証拠だな』

 そう言った神さまは、私に向かってお守りを放る。お守りは生きているように宙を浮遊し、私の首に掛かった。

『オレと結ばれている間は、そいつは取れねえし、無理に取ろうとしたら、災厄が降りかかるから気を付けな』

「は、はあ…」

 なんだか物々しいな…と思いつつ、胸元のお守りを摘まむ。寒気がするほど冷たくて、そして、中央に「厄」という刺繍が施されていた。…なに? これ…。

 終始満足そうな神さまだったが、思い出したように手を叩いた。

『あ…、しまった。お前の願いを聞く前に契約を結んじまったな…。まあでも、どの願いにしようが、対価は作物だからな…。今の時代、苦じゃないだろ』

 私の方を見て、「さあ!」と手を広げる。

『なんでも願いを言いな』

「わ、わかりました…」

 いざその時が来ると、心臓がどうしようもなく逸った。

 こんなズルみたいなやり方で、誠也先輩と結ばれて本当に良いのだろうか? いやいや、神さまが言った通り、願いは等価交換。米を収めることと、誠也先輩と結ばれることは同格! まあ、そうなるとなんか嫌なんだけど…。

 とにかく、私の思うままのことを言えばいい…。

「せ、せいや…、せ、せい…」

『あ? 何言ってんだお前。祭りでもすんのか?』

 いざ言葉にすると、恥ずかしくて口が震えたのだった。

「その…、せい、せいや…、せん…ぱいと…」

『恥ずかしがってんのか? そんな必要ねえよ』

 真っ赤になった私の顔を覗き込んで、神さまはにやりと笑った。

『自分の悪の心に従って、思うままのことを願えばいいのさ!』

 ん? 悪の心?

『嫌いな奴の住む家を謎の老朽化で潰すことだってできるし、憎んでいる奴の金回りを悪くすることだってできる。これは少し代償が高くなるが…、歩いているところにトラックを突っ込ませて、異世界に生まれ変わらせることだってできる! もちろん、体内に病気を生み出して殺すことだってできる!』

「ん?」

 なんだか不穏な空気が漂い始める。

 眉間に皺を寄せる私とは対照的に、神さまはどんどん楽しそうに語り出す。

『百年前に契約したやつは、不倫した奥さんを苦しめてくれって依頼してきたな。だから、その奥さんの頭の上にだけ雨を降らせて、風邪を引かせたんだ。治った後も、歩くたびに下駄の鼻緒を切ったり、鳥の糞を降らせたり…、追い詰めて、ついには離縁したな』

「は、はあ…」

『五十年前に、この地域が大雨で浸水した話を知ってるか? まあ、お前みたいなガキは知らないだろうな』

「…知りません」

『あれもオレの仕業なんだよ。まあ、おかげで作物までやられちまって、納められる量が減っちまって、人死には出なかったな。家の一階で鯉が泳いでやんの。ありゃあ、面白かった』

「あの…」

 絶望しながら、私は手を挙げた。

「願い、決まりました」

『お、そうか!』

 自慢話を辞めて、神さまが私に耳を傾ける。

『なんでも言いな!』

「誠也先輩と、付き合いたいです」

『…え?』

 案の定、神さまは目を丸くした。

 私はもう一度言った。

「誠也先輩と、付き合いたいです。あわよくば結婚したいです」

『は?』

「え?」

『あ?』

「うん?」

 二人の間に、凍り付くような空気が舞い降りた。

 神様は引きつった顔で言った。

『おい、小娘、お前、オレを誰だと思っている?』

「いや…、だから、恋愛成就の神さまでしょ?」

『あ?』

「え?」

 ここに来て、両者の間にとんでもない思い違いがあったことが判明する。

 神さまは顔を真っ赤にすると、私の胸ぐらを掴んだ…と言っても、すり抜けた。

 それでも構わず、神さまは叫んだ。

『てめえ! オレを誰だと…』

「だから! 恋愛成就の!」

 言いかけたが、なんとなく結末が予想されて、ふにゃりと力が抜けた。

 その場に跪いた私は、涙を落としながら訴える。

「恋愛成就の…、神さまであってください…」

『悪い…』

 神さまも神さまで、自信を無くしたように答えた。

『オレは…、厄病神なんだ…』

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