前を見ると、十メートル程先に、月光に照らされて小さな社が浮かび上がるのがわかった。

 さらに目を凝らすと、その社の五メートル程前に、白い電柱…ではない。身長一六〇センチの人間がぎりぎり通れるか通れないくらいの高さの、鳥居が建っていた。

 人の気配が無い路地を進んだ先…その脇に、小さな神社。

 なんだか不思議な縁を覚えた私は、ふらふらとした足取りのまま、ワンピースの裾を破いた段差を乗り越え、社に向かって歩き始めた。

鳥居を潜り、たった五メートルの参道に踏み入れた瞬間、心なしか背筋がぞっとする。

 それでも、重力に引き寄せられるようにして、社の前に立つ。

 社は私の身長…つまり、百五十四センチよりも小さく、屋根は喉の辺りにあった。軽く膝を曲げて、扉を覗き込んだが、暗くてわからない。若干面倒と思いつつ、スマホを取り出し、液晶の明かりで照らして見ると、木組みの扉があった。その前には賽銭箱。

 どれも精巧に作られている。

 なんだか好奇心を刺激されながら、もう少し神社を眺めようとした時だった。

 脇の壁に、何かが立てかけられていることに気づいた。

 深く考えず、スマホの明かりで照らして、そして、声をあげる。

「ああ!」

 立てかけられていたのは、旗だった。雨風に晒されて所々が裂け、色褪せているものの、そこには書道風のフォントで「恋愛成就」と書かれていたのだ。

「あああああ!」

 私は宝物を見つけた時のような、喜びの声をあげる。

 その後は早かった。私はポシェットに手を突っ込むと、取り出した財布から千円を抜き、小さな賽銭箱にねじ込んだ。そして、半歩下がると、二礼…二拍手。一礼…。

 誠也先輩と付き合えますように! と、言葉には出さない。心の中で、念じる。

そうして、十秒、二十秒、三十秒と過ぎ、もういいだろうと思い、閉じていた目を開けた。

心なしか、先程まで肌を這っていた寒気が、消えたようだった。

「こ、こんなものかな?」

 恐る恐る社を見たが、特に変わった様子は無い。

 さっきの居酒屋のエロ大将が言った通りだ。これは気休め。期待はしていない。期待はしていないけれど、もし良いことがあれば神さまのおかげだし、何もなくとも、神さまがこれ以上悪くならないようにしてくれている…と解釈すればいい。

 まあ、宝くじみたいなものだ。そう、宝くじ。

私はそう自分を納得させると、踵を返した。鳥居を潜り、元来た路地に戻るとき、脇にあったもう一本の旗に何やら書かれていたが、気づくことは無かった…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る