⑦
気を取り直して、私は大将にレモンチューハイを作ってもらい、飲んだ。
「あ、美味しい。普通にジュースだ」
「ウォッカはもう少し大人になってから飲もうね」
店長はそう言うと、私の前に唐揚げを置いた。
「オレも飲んで良い?」
「あ、どうぞ」
二人でグラスを突き合わせる。
背後の柱にもたれた大将は、グラスを傾けながら話を戻した。
「まあ、確かに、『恵まれている者が得をする』って世の中は間違っていないと思うよ。オレの高校でもあったわ」
「大将にも高校時代ってあったんですか?」
「あってないようなもんだな」嫌なことを思い出したのか、店長は苦虫を食い潰したような顔をした。「オレのクラスに、一人金持ちの女がいてよ。毎日高い塾に通って、高い教材使って勉強するんだわ。二年の時にはオーストラリアに留学して、大学は東京のあの有名国立大学に進学した。今は、会社の経営をやってるな…」
舌打ちをする。
「当時も今も、そいつは持て囃されて、『努力家』って言われていたな。『努力家』の部分は否定しないが、そいつは、それができる環境にいたんだよな…。親の金でそういうことをしておいて、賞賛されるのはちょっと違うんじゃないかってな…」
真面目な話になりつつあるのに気づき、私は唐揚げを口に放り、チューハイを飲んだ。
「話したことは無いんだが、オレと同じクラスに、勤勉な男がいてな。そいつはいつ見ても、勉強に励んでいたんだ。でも、実家が貧乏らしくて、いい大学に行ける学力を持っていたのに、それを諦めて就職したんだよ。周りは『奨学金を借りればよかった』とか、『もっと頑張って、特待生になればよかった』とか、無責任なことを言って、そいつを糾弾したんだ。確かにそうだろうけど、まあ、借金だ。その道は苦しいよな。やっぱり、恵まれている方が楽なんだよ」
「まあ、所詮は負け犬の遠吠えですよ」私は首を横に振る。「惨めなだけです」
「そういう話をしているんじゃなくてな」
大将はそう言うと、一呼吸置いてから語った。
「世の中を生きていたら、必ず、『恵まれている』『恵まれていない』、『ラッキー』『アンラッキー』な出来事があるだろ? だから…、オレはなんとなく、『神さまはいるんじゃないか?』って思うんだよ…」
「神様ですか…」
先日アパートのポストに入っていた宗教勧誘の小冊子のことを思い出しながら頷く。
「お嬢ちゃんは頑張り屋さんだからな、『神さまに頼るなんてダメだ』って言うかもしれないけど、神さまがいる世の中なら、神さまに頼るのも、悪くないんじゃないか? って思うわけよ」
グラスを脇に置いた大将は、店の天井を指した。
そこには、神棚があった。
「気休めみたいなもんさ。でも、もしかしたら良いことがあるかもしれないだろう? 何も無くとも、これ以上悪い方向に行かないようにしてくれているのかもしれない…」
「そんなものですかね?」
「少なくとも、努力をしている奴を、神さまは放っておかないと思うんだよ」
大将が言いたいことがわかるようでわからない私は、「むむむ…」と唸りながら、チューハイを飲んだ。
「まあ要するにだな、ダメ元で恋愛成就の神さまにでもお願いしてみたらどうだ?」
「なんか…うーん」
「いや、気持ちはわかるよ。だから、気楽でいいんだよ。気楽で。なんなら、財布につける可愛らしいお守りを貰うのを目的としていくくらいで良いんだ」
頭の中に、この町の地図を思い浮かべる。
恋愛成就の神社ってあったのかな?
「そうしましょう、かねえ…」
若干腑に落ちなかったが、頷く。
大将は「それがいい!」と腕を組んで頷いた。
「悪いことには、ならないと思うぜ」
「よーし! うん! ダメ元! 期待はしてない! けど、行ってみるぞ!」
「それで良いんだ!」
今まで、神さまに頼らずに生きてきた私が、神さまに頼って見ることを決意したのを見て、大将は手を叩いた。
「ありがとう大将! よくわからないけど、なんかちょっとだけ元気でたよ」
「そうかそうか! お嬢ちゃんが笑って、オレも嬉しいよ!」
にこやかに言う店長。それから、少し声を潜めて言った。
「それで、なんだが…。これから店を閉めた後に、神社に行かねえか? その後、ホテルにでも…、神さまのご利益で、良いことがあると思うんだ…」
「天罰落ちろ!」
今までのアドバイスが全て下心だったことに気づいた私は、持っていたチューハイを店長の顔面にぶっかけたのだった。
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