先輩と別れた後も、心臓の音が治まらない。

 ふとした瞬間に、あの爽やかな笑顔と、とろけるような「黒宮!」と呼ぶ声が思い出される。それは、忘れようとしても忘れられず、そして、忘れる気にもなれないほど、強く私の中に刻み込まれていた。

 ああ、これが、「恋」か。

 それから、私は変わった。

 なけなしのお小遣いで服を買って揃えて、化粧も覚えて、学校から帰ればランニングをして身体を絞った。眼鏡からコンタクトに変え、「鬱陶しいから」と言う理由で短くしていた髪も、先輩の好みを聞き入れて、長く伸ばした。もちろん、手入れを欠かさなかったおかげで、半年もすれば黒曜石を思わせる黒く艶やかなものに変わってくれた。

 友達も頑張って作った。男子とも仲良くした。そうしたら、告白された。

 当然、私は誠也先輩が好きだから断ったけれど、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 暗がりで生きていた私だけれど、努力をすれば、光のある場所へとたどり着けるのだと。

 勢いに乗った私は、勉強にも励んだ。

 塾に行かず、毎日図書館に通い詰めて参考書とノートと向き合い、成績を伸ばした。

 そして、念願かなって、先輩と同じ威武火県立大学の文学部に合格したのだった。

 油断はあったが、驕りは無かった。

 これからも私の快進撃は続き、そして、最終的には、あこがれの誠也先輩と結ばれる。

 そんな運命を妄想し、先輩が所属するテニスサークルの扉を叩いたのだった…。

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