幼馴染と甘さテロを仕掛けよう!(無自覚)

「いや~、さっきはごめんね~! うっかりしちゃってたよ~! でも、そのお陰でいいもの見れたんじゃない?」


「マジで黙ってろ。今、記憶から消そうと必死なんだからよ……!!」


 朝のトラブルから少しして、二人で家を出た幸太郎とかすみは、チェーンの喫茶店でモーニングを食べながら話をしていた。

 向かい合って座るかすみのニヤニヤ顔を横目で見ながら、朝方目にしてしまった彼女の痴態をどうにか脳内の記憶フォルダから消そうと躍起になる幸太郎であったが、そんなことができるはずがない。


 一方、悶々とした雰囲気を放つ彼を楽し気に見つめるかすみはというと、ホットサンドとココアで体を温めながら、恥ずかしい姿を見せたことをこれっぽっちも気にしていない様子を見せている。

 こいつには羞恥心はないのかと、あったら色々と大胆な真似なんかしてないかと自分で出した疑問に自分で答えた幸太郎がため息を吐く中、マグカップをソーサーに置いたかすみが声をかけてきた。


「朝ごはん、奢ってくれてありがとうね。お陰で体もぽっかぽかだ!」


「反対に俺の財布は寒くなってるけどな。まあ、いいよ。最初からそのつもりだったし」


「あちゃ~、そりゃあ大変だ。じゃあ……帰ったら、幸ちゃんのことを温めてあげるね。昨日の夜、幸ちゃんがしてくれたみたいにさ……!」


「ぐふっ……!?」


 どこか熱を帯びた、甘い声と物言いに飲んでいたホットコーヒーを噴き出しそうになる幸太郎。

 周囲の客たちもかすみの言葉に多少なりとも驚いているようで、ちらちらとこちらを見てきたり、咳払いで動揺をごまかそうとしている。


「お前、場所とか状況を考えろよ! っていうか、変に勘違いされることを言うな!!」


「ごめんごめん。でも、昨日はすっごく嬉しかったよ。いっぱい愛してもらえてるって思ったし……抱き締められながら眠るのって、あんなにぽかぽかするんだって思った」


 ……何故、季節は冬なのにこんなに大量の冷や汗が流れるのだろう?

 周囲からの視線が痛いというか、好機の眼差しで見られている気しかしない。


 ここが商店街から少し離れた、別によく使う店でもなんでもなくて本当に良かったと心の底から思いながらかすみを窘めるのを諦めた幸太郎は、自分を落ち着かせるためにコーヒーを飲んでから彼女へと言う。


「もうちょいしたら商店街が開くから、そしたら買い物に行こう。布団だけじゃなくって、他にも色々と買っておこうぜ」


「了解! 日用品とか必要なものもいっぱいあるもんね! じゃあ、お布団は最後に買いに行く?」


「いや、一番の目的がそれなんだから、最初に買いに行っちまおう。他の買い物をしてる最中は預かっててもらえばいいだけだしな」


「なるほど! 商店街の人と仲がいい幸ちゃんだからできることですな!」


 そんなふうにかすみと会話をしている幸太郎は気付いていないが、彼の発言もなかなかに甘い。

 この会話を聞く人間たちには、彼らが同棲を始めたてのカップルなんだろうな~ということがわかってしまうし、昨日までは一つの布団で寝ていたことも先のかすみの発言と合わせるとバレバレだ。


 無自覚にブラックコーヒーに砂糖とミルクをぶち込まれては敵わないと、初々しいカップルのやり取りから逃げるように数名の客がイヤホンを付けたり、新聞に集中するふりをする。

 そんな中、朝食を取り終えた二人は食器類を返却すると、店の外へと出ていった。


「うわっ、さっむぅ~……! お店の中に戻りたくなっちゃうよ~……!!」


「本当にな。けどまあ、もうちょいしたら暖かくなるだろ」


 店から一歩出た瞬間に襲ってきた寒気にぶるりと体を震わせるかすみ。

 そんな彼女に同意しつつ、歩き出そうとしたところで……幸太郎が、自分へと伸ばされている小さな手に気付く。


「手、繋ごうよ。そしたら、温かくなるでしょ?」


「……はいはい、わかりましたよ」


 呆れたように応えつつも、どこかまんざらでもなさそうな幸太郎がかすみの手を掴む。

 優しく彼女の小さな手を包み込んだ彼に引かれて歩き出したかすみもまた、嬉しさを素直に表した笑みを浮かべている。


「……ってか、待てよ? このまま商店街に行ったら、また何か言われるじゃねえか! おい、やっぱ手ぇ放せ!!」


「にししししっ! や~だよ~! このままイチャイチャっぷりを見せつけて、ご近所公認のカップルになっちゃうもんね~!」


 静かな朝の空に響く二人の声は、今の今まで彼らがいた店の中にも聞こえていた。

 もう少し、周りのことを考えてほしい……無自覚に甘さを振りまくカップルのやり取りを見せつけられた客と店員たちが揃ってそんなことを思っていることも知らず、二人は本日の予定を消化するために、手を繋いだまま商店街へと向かうのであった。

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