幼馴染と同じ布団の中

「懐かしいね~! こうやって同じ布団で寝るの、何年振りかな……?」


「さあな。もうずっと昔の話だろ」


 電気を消した部屋の中、小さな布団に包まった幸太郎がぶっきらぼうに答える。

 堂々と布団の真ん中で寝転がるかすみに背を向けて端っこで寝ている彼は、どうにも落ち着かない心臓の鼓動を抑えるのに必死だった。


「そんなふうにしてないで、もうちょっとこっち来なよ。昔はくっついて寝てたじゃん」


「子供の頃の話と今を一緒にすんじゃねえよ。んなこと、できるわけねえだろ」


「あはは! 幸ちゃんってば照れちゃって、かわいいんだから! ……私のこと、意識してるんだ?」


「……ほぼ全裸みたいな姿を見て、意識しねえ方がどうかしてるだろ」


 確かに! と上機嫌で笑うかすみの声を聞きながら、ため息を吐く幸太郎。

 まぶたを閉じると、つい先ほど目にしてしまったかすみの姿が浮かび上がってしまう。


 白いショーツ一枚だけになり、綺麗な背中も後ろから見てもわかるくらいに大きな胸も曝け出して、最後の砦となる下着すらも脱ぎ捨てようとした彼女の姿を思い返してしまう度に、流石の幸太郎も気恥ずかしさが込み上げてくる。

 そんな幸太郎の気持ちを知ってか知らずか、かすみは少しずつ彼に近付きながら声をかけてきた。


「ねえ、こっち向いてよ。変なことはしないからさ~!」


「……それ、普通は男の台詞だろ? 立場が逆じゃね?」


「まあね! でも、普通の男はこのシチュエーションで何もしないってことはないと思うんだけど!」


「……お前の中の俺は、この状況でお前に手を出すような男なのかよ?」


「う~ん……ないね! 幸ちゃんがそういう人だったら、初日の段階で手を出されてるもん!」


 どうしてこいつはここまで楽しそうなんだと、テンション高めのかすみの言葉にため息を吐きながら幸太郎が思う。

 自分をからかえて楽しいんだろうなと思いつつ、ちょっとそんな彼女に腹が立ってきたところで、かすみがトーンを落とした声で語り掛けてきた。


「……こっち向いてよ、幸ちゃん。ちょっとでいいから、おしゃべりしよ?」


「………」


 ……やっぱり、自分は幼馴染に弱い。こうやって少しおねだりされるだけで言うことを聞いてやりたくなってしまうのだから。

 相当にチョロい自分の甘さを自覚しながら寝返りを打った幸太郎は、思っていたよりも近い距離にあったかすみの顔を、嬉しさが滲む彼女の瞳を見て、小さく息を飲む。


「ふふっ……! ありがと、幸ちゃん」


「……どういたしまして」


 暗がりの中で目にしているはずのかすみの顔が、いつもよりはっきりと見える。

 きっと、身長差によって生まれる距離がなくなっているからなのだろうと、そう考えたところでかすみも同じことを思ったようだ。


「いつもより顔が近いね。なんか、嬉しいな。立って並んでるとさ、遠くにいるんだな~……って思っちゃうから」


「なんだよ、それ? 並んでるんだから、傍にいるだろ?」


「……うん。でも、違うよ。幸ちゃんは大きくなって、目標も見つけて、一人暮らしだって始めてる。立派な大人に成長してるよ。それに比べて私は、何にも変わってない。変われてないんだ……」


 寂し気にそう呟いたかすみの目に、普段の彼女とは全く違う感情が浮かぶ。

 悲しさでも苦しみでもない。不安と形容するのが一番相応しいその色を見て取った幸太郎は、少し迷った後で彼女へと質問を投げかけた。


「なあ、かすみ。一つ聞かせてくれ」


「一つでいいの? 幸ちゃんからの質問だったら、なんでも答えてあげるよ?」


「……どうして、無防備な自分を晒すんだ? お前はどうして、その……俺に、手を出させようとする? お前の行動を見てると、その――」


「幸ちゃんに抱いてもらおうとしてるようにしか思えない、ってこと? そんなの、幸ちゃんが好きだからに決まってるじゃん」


 笑みを浮かべたかすみが、幸太郎の質問に答える。

 しかし、そんな彼女の答えに違和感を抱いた幸太郎は黙って首を振ると、こう続けた。


「だったら、焦る必要なんてないはずだ。俺の前で裸になったり、家賃代わりに体を差し出すって言ったり、そんなことする必要なんてない。俺の目には、お前が俺に手を出してほしくて焦ってるようにしか見えねえんだよ」


 ……つい先ほど、かすみは言ったはずだ。幸太郎は、この状況でこれ幸いにと五年ぶりに再会した幼馴染に手を出すような男ではないと。

 それをわかっているのならば、執拗に幸太郎を挑発する必要なんてない。まずは五年という時間を埋め、距離を縮めることを優先した方がいいはずだ。


 単純にかすみが自分のことを好いてくれているだけなら、それだけでいい。

 だが、彼女は幸太郎の前で大胆な行動を取り続けている。ただのからかいにしては度が過ぎている行動を見せることも何回もあった。


 焦り……そう、焦りだ。かすみは何かに焦っているように見える。

 まるで一刻も早く、自分に手を出してもらいたがっているような……かすみからそんな雰囲気を感じ取った幸太郎は、黙ってしまった彼女へとなおも質問を投げかけた。


「お前は何を焦ってる? どうしてそんなことをするんだ? お前が俺のところに来た理由と関係あるのか? 言える範囲だけでいいから……お前の気持ちを聞かせてくれ、かすみ」


「………」


 五年ぶりに自分の前にやってきた理由を、無理に聞き出すつもりはない。

 だが、かすみが何か不安を抱えているのなら、それを取り除いてやりたいとも思う。


 普段より近い位置にある幼馴染の顔を、目を、真っ直ぐに見つめながら幸太郎がかすみへと自分の想いをぶつければ、僅かに俯いてその視線から逃れた彼女が、ぽつりと小さな声でその答えを口にした。


「……証明して、安心したいから……かな」


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