幼馴染に思い出の料理を作ろう

「さて、いつも通り準備はできたし、始めますかね」


 鍋を空焼きしてから油を馴染ませるといういつもの工程を行った後、厚めに切った豚ロースを一枚一枚丁寧に並べる。

 熱された鍋に肉が触れた途端、じゅあぁぁ……という音と共に香ばしい匂いが漂い始め、それを嗅いだかすみたちはひくひくと鼻をひくつかせていた。


「毎回思うけど、お肉を焼いてる時の音と匂いってどうしてこんなに食欲をそそるんだろうね?」


「さあな。焼肉=美味いものってインプットされてるからじゃね?」


 かすみとそんな会話を繰り広げつつ、広げた肉を焼いていく幸太郎。

 鍋の肌に肉を滑らせつつ、染み出してきた油に肉が浸ってこってりとし過ぎないように注意しながら片面を焼いた後は、鍋でひっくり返してもう片面も同じように焼く。


 今回は肉が厚めなのでその工程を時間を短くしてもう一度繰り返した幸太郎は、豚ロースを鍋から取り出すと余分な脂を捨て、今度は玉ねぎを投入した。


「おおっ、すっごい! そうやってお鍋を振ってると、料理人っぽく見えるね!!」


 抜かせ、と苦笑しながらかすみに答えながら、幸太郎が中華鍋を振って玉ねぎを宙に舞わせる。

 普段よりも気合の入ったその姿をニヤニヤと見つめる常連客は、彼が無意識のうちに幼馴染にいいところを見せようとしていることに気付いているようだ。


 スライス玉ねぎはあくまでサッと炒めたら、今度は特製のタレを投入。

 ふわりと漂う甘い香りを嗅いだかすみの口元に、嬉しそうな笑みが浮かぶ。


 半ば煮込むイメージで玉ねぎとタレを合わせたら、仕上げに豚ロースも鍋に放り込んで一気に加熱。

 具材とタレが十分に絡みつつも玉ねぎのシャキシャキ感が損なわれない絶妙な仕上がり具合で火を止めた幸太郎は、博が用意してくれていた皿の上に料理を盛り付けるとご飯と味噌汁と一緒にそれをかすみの下へと届けていった。


「はい、豚の生姜焼き定食、お待ちどうさま」


「待ってました! う~ん、美味しそ~っ!!」


 白いご飯にわかめと豆腐の味噌汁、山盛りのキャベツと共に盛り付けられた主菜の生姜焼きという鉄板の定食を嫌いな人間などこの世にいるはずもない。

 ほかほかと立ち上る湯気とそこに紛れて漂う生姜焼きの甘く香ばしい匂いに食欲をそそられたかすみは、箸を手に取ると元気よく挨拶をしてからそれをパクつき始めた。


「それじゃあ、いっただっきま~す!」


「おう、食え食え」


 そう言ってから厨房に戻ろうとした幸太郎へと、たま子が視線で制する。

 そのまま無言でかすみの向かい側の席を顎で指し示した彼女の意図を理解した幸太郎は、一瞬嫌な顔になりながらも素直にその席に腰を下ろした。


「……どうだ? 美味いか?」


「うん、美味しいよ! やっぱり幸ちゃんが作る生姜焼きは最高だね!」


「ははっ! なんだよ、覚えてたのか?」


「忘れるわけないでしょ? 幸ちゃんが初めて作った料理だもん!」


 数あるメニューの中から生姜焼きを選んだ時点でそんな気がしていたが、かすみは昔の思い出をしっかり覚えているようだ。

 自分が初めて作り、彼女と一緒に食べた料理……目の前の生姜焼きを見つめながら、幸太郎もまたその時の思い出を懐かしむように語り始める。


「いつのことだったかな? 親父が死んで、少し経ったくらいだってことは覚えてるんだけど……」


「仕事で忙しいお母さんのために、自分も料理ができるようになるんだ~! って、練習を始めたんだよね」


「そうだったな。二人でスーパーに行って、色々考えて、生姜焼きにするかって話になったんだった」


 父に代わって家計を支えるために一生懸命に働く母を助けたい……それが、幸太郎が料理を始めたきっかけだった。

 そんな自分に協力してくれたかすみと過去を振り返りながら、今度は目の前の料理も絡めて話をしていく。


「その時の生姜焼きも美味しかったけどさ、これはもっとずっと美味しいよ! 幸ちゃんも腕を上げましたな!」


「あの時とは何もかもが違うよ。肉もいいのを使ってるし、タレも市販のものじゃなくって一から作ったやつだしな」


「玉ねぎも入ってるしね! にししっ! 昔は幸ちゃんが嫌いだから、敢えて入れなかったもんね~!」


「は? 別に俺は食えたぞ? お前が嫌いだから入れないでくれって言ったんじゃねえか」


「違うよ~! 幸ちゃんが入れたくないって言ったんじゃん!」


「い~や、お前が嫌がったんだ。間違いない」


「絶対に幸ちゃん! 幸ちゃんが入れないって言った!!」


 そうやって言い争った後、二人して噴き出して破顔する幸太郎とかすみ。

 そんなこともあったなと思いながら、どちらが嫌がったかなんてどうでもいいと思い直したところで幸太郎が言う。


「……ガキが悪戦苦闘して作った料理だ、そんなに美味いもんじゃなかったってことは今ならわかる。でも……お前は美味しいって言いながら笑顔で食べてくれたよな」


「本当に美味しかったよ! そこは今でも覚えてる」


「……嬉しかったよ、すごく。自分が作った料理が誰かを笑顔にできたんだってことが、すげえ嬉しかった」


 幸太郎が料理を始めたのは、仕事で多忙な母を助けるためだ。

 しかし、彼が料理を作り続けるきっかけになったのは……初めて作った手料理を美味しそうに食べるかすみの笑顔を見たからだった。


 母を助けたいという気持ちもあったが、それ以上にもっとかすみを笑顔にしたいと思った。

 美味しいと何度でも言ってほしかったし、そのために上手に料理を作れるようになりたいと思って、練習を重ねた結果が今の自分に繋がっている気がする。


 高校時代は色々なところでバイトをしたが、結局は調理系の仕事が一番楽しかったし……と考える幸太郎の前で、生姜焼きを食べ終わったかすみが満面の笑みを浮かべながら彼へと言う。


「ごちそうさまでした! 生姜焼き、美味しかったよ!!」


「そっか。なら、良かった」


 あの頃と変わらない、自分が何度でも見たいと思う笑顔を浮かべながらの感謝の言葉に頬笑みを浮かべる幸太郎。

 心を満たす温もりにほんわかとした気持ちを抱いたところで……彼は、自分たちを見つめる生暖かい視線に気付いた。


「若いっていいねぇ……! 青春だねぇ……!」


「遂に幸ちゃんにも春が来たか……! 幸せになれよ……!!」


「式には参加するからな! いつでも言ってくれ!」


「あんたたち、そういうのはマジで止めてくれって……!!」


 涙を流しながら自分へと言葉を贈る常連客たちへと、ため息交じりにツッコミを入れる幸太郎。

 こいつらの前では幼馴染と昔を懐かしむこともできないと、面倒な連中に絡まれて悪戦苦闘する彼のことを、かすみは楽しそうに笑いながら見つめるのであった。


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