幼馴染と過ごす夜

幼馴染を常連客に紹介しよう

「聞いたよ、幸ちゃん! 彼女さんと同棲始めたんだって?」


「は? はぁ……どうしてそんな話になってるんですかねぇ……?」


 かすみの突然の襲来から一夜が明け、翌日の昼。本日もいちご亭にて仕事をしていた幸太郎は、常連の男性客からそんなことを言われて忌々し気なぼやきを漏らした。


 博とたま子夫婦へと視線を向けてみれば、二人は揃ってわざとらしく視線を逸らしてみせる。

 あの二人が昨晩、店に来たお客さんたちに自分とかすみのことを言いふらしたんだろうな~という完璧な答えに辿り着いた幸太郎は、料理を提供しながら興味津々といった様子の客たちに否定の言葉を口にした。


「おやっさんとおかみさんから何を聞いたかわかりませんけど、誤解ですからね? 俺には彼女なんていませんよ」


「えぇ? でも、女の子と同棲は始めたんでしょ? 銭湯の一家も幸ちゃんが女の子と一緒にお風呂に入りに来たって言ってたし……」


「いや、そこは事実なんですけど、あいつはただの幼馴染であって彼女じゃあないんですって」


「いやいやいや! 逆に不自然でしょ!? 彼女でもない女の子と同棲なんてするわけないじゃん!」


「う~ん……それはそうなんですけど……」


 事実と嘘が入り混じった情報を訂正するのは大変だ。今回はどちらかというと嘘の方が正しい気がしなくもないから特にそう思う。

 改めて考えると、恋人でもないのに男女で二人暮らしだなんておかしいよなと思ってしまった幸太郎が反論に困って口を閉ざす中、常連客たちはこぞって同棲相手であるかすみについて彼に質問し始めた。


「かすみちゃんっていうんでしょ? どんな子なの!?」


「幸ちゃんとはどう知り合ったわけ?」


「ぶっちゃけ、昨日はヤっちゃったの!?」


「だ~っ! いい加減にしてくださいよ、あんたら!!」


「そうだよ。そんな根掘り葉掘り聞いたら、幸ちゃんが可哀想じゃないか」


 空いた食器を下げながら、幸太郎の肩を持って彼を質問責めにする常連客たちを窘めるたま子。

 そう思うのならばかすみのことを勝手にしゃべるのは止めてほしかったなと幸太郎が考える中、多少は反省した様子の客たちが言う。


「そうだけどさ、あの幸ちゃんに彼女ができたかもって聞いたら、やっぱ気になるじゃねえか」


「仕事と勉強ばっかりでろくに遊びにも行かない幸ちゃんに春が来たって聞いたら、俺たち居ても立っても居られなくってさ……」


「……なんか、地味に馬鹿にされてるような気がするのは俺だけですか?」


「この商店街の連中がお前のことを孫や息子みたいに思ってるのはわかってるだろ? 余計なお世話かもしれないが、お前のことが気になって仕方がないんだよ」


 げんなりとした様子でぼやく幸太郎へと、鍋を振りながら博が言う。

 彼の言うことも理解できる幸太郎が難しい表情を浮かべていると、ちょうどそのタイミングで話題の人物が店へとやってきてしまった。


「こんにちは~! 幸ちゃんいますか~?」


「げえっ! かすみっ!?」


 どうしてこのタイミングで来るんだと、彼女への客たちの感心が最大限に高まっている状態でかすみが店に顔を出したことに思わず呻く幸太郎。

 そんな彼を無視しつつ、たま子が笑顔でかすみのことを出迎える。


「あら~! かすみちゃん、今日も来てくれたのね~!」


「こんにちは! 幸ちゃんがお昼ご飯を奢ってくれるって言うから、お言葉に甘えて来ちゃいました!」


「そうなのね~! もう、好きなの食べちゃって! 腕によりをかけさせて、幸ちゃんに作ってもらうから!」


 女同士で楽し気に盛り上がるかすみとたま子は、歳の離れた親子のようなやり取りを見せている。

 一方、うわさの人物の登場に湧き立つ常連客たちは、幸太郎に近寄ってひそひそ話をしつつ、彼を尋問していた。


「ちょっ!? あの子が幸ちゃんの彼女さん!? 滅茶苦茶かわいいじゃない!! ウチの嫁なんか比べものにならないよ!」


「おっぱいでっかいなぁ! ええ? あれで幸ちゃんと同い年なんでしょ? すっごいなぁ……!!」


「え? 本当に手を出してないの? 念のため聞いておくけど、幸ちゃんって女の子に興味ない?」


「……あんたら、今の自分の発言をよ~く覚えておけよ? 全部奥さんに告げ口してやるからな」


「「「それだけはご勘弁を!!」」」


 好き勝手言ってくる常連客たちへと脅し文句を口にすれば、彼らは揃って頭をテーブルに擦り付けて許しを求めてきた。

 面倒なことになったぞと深々とため息を吐く幸太郎へと、かすみと話していたたま子が声をかけてくる。


「ほら、幸ちゃん! かすみちゃんの注文を取りに来なって!」


「へいへい……」


 それはたま子の役目だろうにと思いながらも、今の彼女にそれを言っても意味はないと理解している幸太郎が素直に厨房を出て、かすみの下へと歩み寄る。

 人の気も知らずに無邪気な笑みを浮かべる彼女へと、幸太郎は半ば諦めた様子で注文を尋ねた。


「それで? 何を食べたいんだ?」


「う~ん、そうだなぁ……おそば系は昨日食べさせてもらったし、晩ご飯にコンビニのカツ丼を食べちゃったし~……定食系がいいかな~」


 昨日の食事を思い返しながら壁に貼られているメニューを眺めていくかすみ。 

 ある一点でぴたりと視線を止めた彼女は、ぱあっと明るい笑みを浮かべながらそのメニューを指差すと幸太郎へと言う。


「あれ! あれがいい!!」


「ああ、あれな。わかった、ちょっと待ってろ」


 注文を確認した幸太郎が厨房に戻れば、既に博が必要な材料を用意してくれていた。

 専用のタレと薄切りにした玉ねぎ、そして、通常よりも厚めにカットされた豚ロース肉を並べた彼は、幸太郎にニヤリと笑いかけてから後を彼に任せる。


 常連客たちもたま子も、幸太郎のことを興味津々といった様子で見つめていた。

 その中に料理の注文をしたかすみの視線も混ざっていることに気付いた幸太郎はくたびれた様子で短いため息を吐いた後、料理を始めていく。

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