幼馴染と風呂に入ろう!
「ふぃ~……温まる~……!」
広い湯船に肩まで浸かりながら、背中を壁に預けて息を吐く幸太郎。
じんわりと温まっていく体から疲れが抜け出していくことを感じた彼の口からは、自然と声が洩れていた。
勤め先であるいちご亭から少し歩いたところにあるこの銭湯には、引っ越してきてからの一年間ずっとお世話になっている。
自宅が風呂無しアパートであるということもあるが、こうして体を温めながらゆっくりと過ごす時間は、日々せわしなく働いている幸太郎にとっては貴重な癒しの時間だ。
本日は時間帯が早めということもあって、自分以外の利用者の姿は見えない。
これなら広い銭湯を独り占めして、のんびりと疲れを取ることが――
「うっひょ~っ! でっかい! 広い! 温かい! いいところだね、幸ちゃん!!」
――静かに風呂を楽しもうとした幸太郎の耳に、テンションが上がり切っているかすみの声が響く。
こちらの銭湯は仕切り壁が天井まで達しておらず、男湯と女湯の声がそれぞれ向こう側に聞こえるようになっていた。
昔ながらの銭湯で時々見かける作りではあるのだが……今回はそれが災いしたなと、静かなバスタイムが終了したことに頭を抱える幸太郎。
そんな彼へと、女湯にいるかすみが実に楽しそうな声で叫びかけてきた。
「こっち、私しか人がいないんだけど、幸ちゃんの方はどう!?」
「男湯も俺だけだよ。でも、あんまうるさくすんなって」
「わかってますって! ひゃっほ~っ!!」
ざっぱ~ん、というかすみが勢いよく風呂に飛び込む音が聞こえる。
何をわかっているんだと子供のようにはしゃぐ彼女の行動にため息を吐きながら、幸太郎は改めて釘を刺しておいた。
「かすみ、今日は他に人がいないけど、普段はこんなことないからな? いつ、誰が入ってくるかもわからねえし、あんまはしゃぐなよ」
「は~い! わかりました~!」
「……念のため聞くが、お前、風呂で泳ごうとか思ってないよな?」
「えっ!? なんでわかったの!? まさか幸ちゃん、どこかから覗いてる!?」
「そんなわけあるか! っていうかお前、本当にいい加減にしろよ!?」
流石におふざけが過ぎると本気のツッコミを入れれば、多少はかすみも大人しくなったようだ。
ただ、こちらへと声をかけてくることは変わらず、幸太郎が望む静かなバスタイムは訪れそうにもない。
「幸ちゃん見て見て! 私のおっぱい、めっちゃ浮いてるよ!」
「いちいち報告すんな。見に行くわけねえだろうが」
「よっしゃ! だったら私がそっちに行くね!!」
「来るな! っていうか、自分を大切にしろってさっき言ったばっかりなのに、もう忘れたのか!?」
「……大切にはしてるよ? 幸ちゃん以外の男の人に、こんなことするつもりはないもん」
「ぐぅ……っ!?」
子供っぽい雰囲気から一変、真面目さと柔らかさを滲ませた声でそんなことを言われた幸太郎が返事に詰まって口を閉ざす。
五年ぶりに会ったというのに、自分を振り回すこの強引さはまるで変わってないなと……まるでこの五年、毎日顔を合わせていたかのように振る舞うかすみには、幸太郎もたじたじだ。
「はぁ~……やっぱり銭湯に来たらお風呂上りに牛乳が飲みたくなるよね。おっぱいを見てたら余計にそう思っちゃった」
「ほう? 居候の癖におねだりか? いい度胸じゃねえか」
なんでそれを見て牛乳が飲みたくなったのかは聞かないことにした。(どうせろくな答えが返ってこないため)
「わかってるよ~。別にそう思っただけで、幸ちゃんに奢ってもらうつもりなんてないからさ」
ここの利用料も出してもらってるし、と付け加えるかすみの言葉に、ぽりぽりと頬を掻く幸太郎。
彼女が言い終わった後、どんな感じで言ったらいいのかと思いながら幸太郎が口を開く。
「……奢ってやるよ。五年ぶりに再会したんだ、そのくらいは構わないさ」
「本当!? うわ~っ! 幸ちゃん大好き!!」
「言っとくけど、今日だけだからな? あんま調子に乗るなよ?」
「わかってますとも! それじゃあ、お返しとして幸ちゃんには草鹿印の特製ミルクをごちそうしましょう! 具体的には今現在大絶賛お風呂でぷかぷかしてる私のおっぱいを――」
「それ以上言ったら置いていくぞ? ってか、本当に自重しろ!!」
静かさとは無縁のかすみの言動に、再び幸太郎が頭を抱える。
中学時代からこういったからかいを仕掛けられてはいたが、五年の月日を経て、下ネタもパワーアップしてるじゃあないかと……そう思いながら、幸太郎がかすみへと釘を刺し直す。
「そういう発言を誰かに聞かれたらどうするんだよ? 色々と、問題があるだろうが」
「あはっ、そうだね。今度こそ本当に気を付けます。ごめんね、幸ちゃん」
正直、これまでの言動を思うと本当にわかったのかと疑問であったが、そこからのかすみは本当に危ない発言はしなくなった。
色んな意味で自分を振り回す彼女をどうしたもんかと思いながら、幼馴染とのおしゃべりをそれなりに楽しんだ幸太郎は、風呂上がりに約束通り牛乳を奢った後、かすみと二人で帰路につくのであった。
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