幼馴染と家に帰ろう

「うおっ、結構暗くなってるじゃん。そんな長い間、風呂に入ってたか?」


「冬なんだから日が落ちるのも早くて当たり前じゃない? そんなに驚くこと?」


「いや……あんまりこの時間帯に外に出ないから、よく知らなかっただけだ」


 銭湯を出た二人は、日が沈みかけている空を見ながら会話を交わす。

 普段、この時間帯は店の中にいるから外の明るさになど気にしなかったという幸太郎の発言に対し、くすくすと笑ったかすみは楽し気にこう返した。


「じゃあ、私のお陰で新しい発見があったわけだ。良かったね、幸ちゃん」


「はっ! まあ、確かにそうかもな。ありがとよ、かすみ」


 ドヤ顔で自分にそう言ってくるかすみへと、呆れ気味になりながらも感謝の言葉を口にする幸太郎。

 こんな小さな発見などどうでもいいくらいに大きな出来事にも彼女のせいで直面したわけだが、それも含めて楽しく思っている自分がいる。


 幼馴染との五年ぶりの再会を喜ぶ気持ちと、五年も話していなかったとは思えないくらいの馴染みっぷりを同時に感じながら家までの道を歩く中、かすみがこんなことを言ってきた。


「ねえ、幸ちゃん。質問ゲームしようよ」


「あ? なんだ、それ?」


「相手に質問をして、それに答えて、っていうのを順番にやるだけ。簡単でしょ?」


「ああ、なるほどね」


 唐突にそんなことを言われた時には驚いたが、幸太郎にはかすみの真意が汲み取れていた。

 この五年、まともに話などしていなかった自分たちは相手がどんな時間を過ごしていたのかを全く知らない。


 かすみが引っ越してからの五年間、どんな日々を送っていたのか?

 この質問ゲームは、空白の期間を埋め、お互いの理解を深めるためのものだと理解して頷く幸太郎へと、かすみが最初の質問を投げかける。


「じゃあ、私が先ね! 幸ちゃん、私が引っ越してから彼女とかできた?」


「……一人もできなかったよ。中学はそういうことに興味なかったし、高校はずっとバイトしてたからな」


「あはっ! そうなんだ? じゃあ、恋人いない歴は私と一緒だね!」


 いやに嬉しそうだな、という言葉は飲み込んでおくことにした。

 自分だって、自宅でかすみから恋人なんてできたことないと聞かされた時、安堵すると共に喜んでもいたからだ。


 あんまりこういうことを突っ込むと自分にもしっぺ返しがくるかもしれないと考えた彼が口を噤む中、上目遣いのかすみが話を振ってくる。


「はい、幸ちゃんの番だよ。私に聞きたいことって、な~に?」


「あ~……おじさんとおばさん、元気か?」


「……なんでそこで私じゃなくて、家族のことを聞くわけ? そういうところがモテなかった原因なんじゃないの?」


「うるせえな! 余計なお世話だっつーの!!」


 かすみの心の中に踏み込むことを恐れている気持ちと女性への対応力のなさの二つを指摘された幸太郎が、二重のダメージを受けながら悪態を吐く。

 しかし、完全に自分に非があることを理解しているため、それ以上は何も言えないでいる彼に対して、楽し気に笑ったかすみが助け舟を出した。


「しょうがないな~! 今のはノーカンにしてあげるから、他の質問をしていいよ!」


「……おう、サンキュー。それじゃあ――」


 ――そこから、幸太郎はかすみと質問をし合い、それを答え合った。

 手紙やSNSでは伝えきれなかった、この五年間のこと。中学を卒業してからと入学した高校の話を、文章ではなくお互いの声で話すこの時間を、素直に楽しみながら歩き続ける。


 それは失われた五年間を取り戻しているというより、かすみが引っ越す前のあの頃に戻ったような気分になる時間だった。

 懐かしさと心地良さと、冬の寒さに負けない温もりを感じて微笑む幸太郎へと、同じことを思っていたかすみが言う。


「なんかさ、こうしてると昔を思い出すね。ずっとずっと、学校から二人で一緒に帰ったよね」


「そうだな。本当に、あの頃と同じだ」


 ……幸太郎が小学三年生に上がった頃、父が事故で亡くなった。

 大好きな父が突然いなくなり、悲しみ傷付いた自分のことを励ましてくれたのは、他でもないかすみだった。


 父の死に涙する自分を抱き締めて、傍にいると慰めてくれた彼女の存在に、どれだけ救われただろう?

 それからも、かすみはずっと自分に寄り添い続けてくれた。


 父の代わりに働きに出た母が家を空けるようになった寂しさも、その母の代わりに家事や幼い弟妹の面倒を見なくてはならなかった過酷さも、かすみがいてくれたお陰で紛らわせることができた。


 絶対に……自分は、そのことへの感謝を忘れることはない。

 唐突に自分の下にやって来たかすみの無茶な頼みを聞き入れたのも、彼女に恩を返したいという気持ちがあったからだ。


 あの頃とは逆に、かすみが何か事情があって苦しんでいるのなら、自分が彼女を支えたいと……そう思う幸太郎へと、かすみが質問を投げかける。


「ねえ、幸ちゃん。もしも五年前、私が引っ越してなかったらさ……私たち、どうなってたかな?」


「どう、って……」

 

「こんなふうに一緒に歩く幼馴染でいられたと思う? それとも――?」


 試すような笑みをこちらに向けながら、首を傾げて問いかけてくるかすみ。

 ドクン、と心臓の鼓動を跳ね上げた幸太郎は思わず彼女から視線を逸らした後で、平静を装いながらその質問に答える。


「……わかんねえよ、どうなってたかなんて。想像もできねえ」


「……そっか、そうだよね。わかんなくて当たり前だよね」


 多分、かすみが求めていたのはこういった答えではない。幸太郎にもそのくらいのことはわかっている。

 だから、てっきり彼女からヘタレだのなんだとと責められるかもと思っていたのだが、かすみはそんなことを言わずに静かに自分の答えを受け入れてくれた。


 そのことに若干の罪悪感を抱く幸太郎へと、明るい笑顔を向けたかすみが言う。


「変な質問しちゃってごめんね! さあ、次は幸ちゃんの番だよ!」


「あ、ああ……ええっと……」


 切り替えの早さに面食らいながらも、動揺を悟られぬようにかすみへの質問を考える幸太郎であったが……そこで彼女が寒そうに手をこすり合わせていることに気付いた。

 小さな手をかすかに震えさせ、白い息を吐きかけて温めるかすみの姿を見た幸太郎は、小さく息を飲むと共に言う。


「なあ、かすみ――」


「ん? なぁに?」


 柔らかい笑みを浮かべ、首を傾げて、自分の質問を聞こうとするかすみの顔を真っ直ぐに見つめる。

 緊張しているようで落ち着いてもいるという不思議な感覚を覚えながら、幸太郎はそんな彼女へと質問の体裁を取りながら提案をした。


「手……繋ぐか?」

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