幼馴染と話をしよう!

「俺の家に住ませてほしいって話、本気なのか?」


「……うん」


「急にそんなこと言われても、はいわかりましただなんて言えるわけないってわかってるよな?」


「……うん、ごめん」


 先ほどのような明るい感じではなく、真剣な態度で幸太郎の質問に答えるかすみ。

 自分が非常識な行動をしていると理解した上でこんな真似をしているという彼女の答えに頷いてから、幸太郎は更に質問を続ける。


「おじさんとおばさんは知ってるのか? 黙って家出したとかじゃないよな?」


「そこは大丈夫。お父さんもお母さんも承知の上だから」


 かすみの両親も彼女の行動を知っているという答えに、幸太郎が僅かに驚きの反応を見せる。

 こんな非常識なことを二人が許可しただなんて、と驚きを隠せない彼に対して、かすみは真っ直ぐな視線を向けながら話をした。


「何か悪いことをしたから匿ってほしいとか、家族に黙って家出したとか、そんなんじゃないよ。理由があって、どうしても家から出なくちゃってなって、だけど、親戚とかそういう人には頼りにくい事情もあって、それで……」


「俺のところに来たってことか? でも、おかしいだろ? どうしてそこで俺なんだよ?」


 親類縁者を頼れない事情があるまでは納得するとして、もっと他に頼るべき人間がいるはずだ。

 家を出るだけならば高校で作った友達の家に泊めてもらうでもいいはずだし、どうしてわざわざ五年前に別れたきり一度も会ってなかった幸太郎を頼ってわざわざ遠くまで来たのだろう?


 いや、それよりも……と大事なことに気付いた幸太郎は、かすみへと気になった部分について質問する。


「かすみ……お前が言う、家を出なくちゃいけない理由って何なんだ?」


「それは……」


 かすみが自分を尋ねることになった原因……彼女が家を出なければならなくなった理由、まずはそれを知るべきだ。

 それを聞かなければ、かすみが何を抱えているのかもわからないまま。その状態では流石に幸太郎も彼女をどうすべきかを判断しにくい。


 肝心な部分について質問する幸太郎であったが、かすみは俯きながら口をもごもごと動かすだけだ。


「あの、えっと……あのね……」


 かすみ自身も言うべきことだというのはわかっているのだろう。しかし、こんな大それた真似をするだけあって、かなり深刻な事情でもあるようだ。

 時折顔を上げ、言いにくそうにしながら再び俯いて……ということを繰り返す彼女を見つめていた幸太郎は、何度目かの俯きの後で口を開く。


「……やっぱ変わってねえな、お前」


「え……?」


 呆れとも怒りとも違う、どこか落ち着いた雰囲気の幸太郎の言葉に驚いて顔を上げるかすみ。

 小さく笑っている彼は、過去を振り返りながらかすみへと言う。


「今のお前、五年前と同じ顔してるぞ。引っ越しが決まったことを俺に報告しようとした時とそっくりだ」


「あ……」


「あの時も言いにくそうな、今にも泣き出しそうな顔してさ……そんで、最後にはちゃんと話してくれたよな」


「……!」


 かすみの引っ越しと転校が決まり、それを彼女の口から聞かされた時……幸太郎はもちろんショックだった。

 だから、その時のことは五年経った今でも覚えている。どれだけ時間をかけようとも、苦しそうにしていても、かすみが言うべきことはちゃんと言える人間だということも知っている。


 今のかすみの顔を見るに、彼女はその頃から何も変わっていない。

 それがわかったなら十分だと息を吐いた幸太郎は、小さく頷きを繰り返しながら言う。


「いいよ、わかった。お前がおじさんとおばさんを裏切ってないって胸を張って言えるなら、暫く俺んちに居候させてやるよ」


「本当に、いいの……?」


「その代わり! ……俺の言うルールには従え。んで、今から言うのが第一のルールだ。よ~く聞けよ?」


 驚いて目を見開くかすみの前に、立てた人差し指を向ける幸太郎。

 口を閉ざした彼女をじっと見つめながら、彼は第一のルールを告げる。


「いつか、お前の心の整理ができたなら……何があったか、ちゃんと話してくれ。急かしたりはしない。お前が話してくれるのを、俺は待ってるから」


「……うん、わかった。ありがとう、幸ちゃん」


 ――自分が馬鹿げた真似をしていることは、幸太郎も理解していた。ただ、それでも思ってしまうのだ。

 五年前と変わらない、大切な幼馴染の笑顔が見れるのなら……それでいい、と。


「できる限り迷惑をかけないようにしますので、どうぞよろしくお願いいたします。いや、この時点で大分迷惑をかけてるのはわかってるけどさ……」


「いいよ。五年間溜めてた分の迷惑だと思って、甘んじて受け入れてやる」


「えへへ……! やっぱり優しいね、幸ちゃんは。本当に変わらないな……!」


 嬉しそうにはにかむかすみの表情を見て、気恥ずかしさを覚えてしまった幸太郎が視線を逸らす。

 二人の間に何とも言えない甘い空気が漂う中、話がまとまったことを確認した市古夫婦が声をかけてきた。


「幸太郎、もう今日は上がっていいぞ。かすみちゃんを家に案内してやれ」


「えっ!? でも、まだ夜の営業が……」


「どうせいつもの飲んだくれたちがビールとつまみを頼むくらいだよ。大丈夫だから、今日はその子を優先してあげな」


「……ありがとうございます」


 市古夫婦からの好意をありがたく受け取ることにした幸太郎が二人に向かって深々と頭を下げる。

 そうした後、同じく二人に向けて感謝の意を示すように頭を下げたかすみと向かい合った彼は、込み上げてきた羞恥心に視線を泳がせながら言う。


「あ~……えっと、その~……」


 人生で一度も異性に言ったことのない、これからも言うことなどないと思っていた台詞が頭の中に浮かんでくる。

 ここでまごまごしていても仕方がないと自分を奮い立たせた幸太郎は、改めてかすみに視線を向けると共に、できる限り平然を装いつつ、彼女へとこう言った。


「じゃあ、俺んちに……行くか」

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