幼馴染にご飯を作ろう!
【食事処 いちご亭】……それが幸太郎が働いている店の名前だ。
古き良き雰囲気を持つ商店街の中にある、これまた古き良き定食屋といった感じのこの店は、地元住民から愛されているお陰でそれなりに繁盛している。
ただ、今は平日のアイドルタイム。それも身を切るような寒さの冬の時期ということもあって、店内には客は一人もいない。
かすみと話をするのには打ってつけの状況ではあるが、それはそれとして出前から帰ってきた後で厨房に立つための準備を終えて店内に戻った幸太郎は、この店の主人夫婦にべたべたに甘やかされている幼馴染の姿を見て、盛大にため息を吐いた。
「いや~、驚いたわ~! まさか幸ちゃんにこんなかわいい彼女さんがいただなんてねぇ!」
「本当だよ! まったく、あいつも隅に置けねえなぁ……!」
「かわいいだなんて、そんな……! 褒めてくださってありがとうございます!」
「はぁ~……何やってんすか、二人とも」
あんまりにもあれな光景にため息を吐いた幸太郎が声をかければ、三人はそろって楽し気な笑みをこちらへと向けてきた。
今はそういう気分じゃない幸太郎が苦々しい表情を浮かべる中、この店の主人である
「何してるって、お前の彼女ちゃんを歓迎してるところだろうが。ったく、照れ臭いんだかなんだか知らないが、俺たちにまで秘密にしやがって……!」
「しかも同棲の話が出るまで仲が進んでるんでしょう? なんだかもう私たちの方まで落ち着かなくなっちゃうわね、お父さん!」
「だ~っ! 違いますって! こいつは恋人じゃなくて幼馴染! 同棲の話も、こいつが勝手に言ってるだけですって!!」
夫である博に続いて、店の女将であるたま子がばたばたと手を振りながら言う。
二人の間でニコニコ笑い続けるかすみの顔を見た幸太郎は大声で夫婦の勘違いを訂正した後、改めて彼女へと声をかけた。
「お前、なに恋人とか言っちゃってんの!? 外堀から埋めようってか!?」
「別に私は恋人だなんて言ってないよ~! ただ訂正しなかっただけ!」
「変わらんわ! お前って奴は、本当にさぁ……!」
もう、どこからツッコんでいいのかわからない幸太郎が店の椅子に崩れ落ちるように腰掛けながら深いため息を吐く。
そんな彼の様子を見守っていた市古夫婦は、顔を見合わせた後で優しくこう言った。
「まあ、落ち着けよ幸太郎。俺たちも少しばかりふざけ過ぎた」
「かすみちゃんがお友達なのは本当なんでしょう? だったら、お話をする前に何かごちそうしてあげたら?」
最初のからかいは別として、二人はあまり自分とかすみの話し合いに首を突っ込むつもりはないらしい。
落ち着いて話をするためにも彼女に何か作ってあげたらどうだという二人の言葉に頷いた幸太郎は、かすみへと質問を投げかける。
「お前、食べられないものとかある? アレルギーとかはなかったよな?」
「ないよ! なんでも美味しく食べられる、食いしん坊のかすみちゃんのままです!」
びしっ、と笑顔で手を上げながらのかすみの答えに、少しばかり過去を思い返す幸太郎。
そういえば昔から人一倍食欲があったなとか、その割には背は伸びなかったよなとか、胸にばかり栄養が行ってるとクラスの女子たちからも言われてたよなと懐かしい日々を思い出して笑みを浮かべた彼は、厨房に立つと水を注いだ中華鍋を火にかけ始めた。
「久しぶりだな、幸ちゃんの手料理。なんか、すごく懐かしい気分になる」
「……俺もだよ。昔はよくこうしてたよな」
かすみと共に懐かしい過去を思い返しながら、しみじみと話をしながら……冷蔵庫から材料を取り出す。
豚肉とむき海老、イカとうずらの卵。それに各種野菜を取り出した幸太郎は、油と調味料を入れた湯の中に材料をくぐらせていった。
「うわ、でっかい鍋! 幸ちゃん、それ振れるの?」
「できるよ。まあ、今回は湯通しだから鍋は振らねえけど」
「へへへ……! 幸ちゃんも腕を上げましたな!」
「もう家事じゃなくて仕事でやってるからな。上手く作れるようにならなきゃダメだろ」
昔もこうやって自分が料理をしている時、かすみが話しかけてきたっけかと過去を懐かしみながら、彼女と話をしながらも、幸太郎の手は止まらない。
あの経験があったからこそ、客から話しかけられることの多い定食屋でもペースを乱されずに仕事ができるようになったのかもと思いながら、それをかすみに言ったら調子づくことは容易に想像できたため、幸太郎は黙っておくことにした。
「さて、ちゃっちゃと仕上げねえとな」
今日は寒い。かすみがどれだけの間、外にいたのかはわからないが、彼女の体も随分と冷えていることだろう。
お腹も空いていると言っていたし、空腹と寒さを解消するためにも早く料理を仕上げなければと考えながら、幸太郎は調理を進めていく。
湯通しを終えた後、お湯を捨てた鍋を煙が出るまで温めたら、そこに油を投入し馴染ませる。
空焼きからの油ならしという中華鍋を使う際の基本準備を終えたら、本格的な調理の始まりだ。
湯通しで七割ほど火を入れた食材を鍋に戻してサッと炒めた後、いちご亭自慢のスープと合わせダレを鍋に投入し、混ぜ合わせていく。
野菜と肉、海鮮類のうま味がスープに溶け込んだことを確認したら水溶き片栗粉でとろみを付け、事前に用意しておいた中華そばの上に具材を乗せたら完成だ。
「ほい、お待たせ。いちご亭名物・五目あんかけそば、出来上がりだ」
「わ~い! ありがとう、幸ちゃん!!」
醤油風味のスープの上から塩ダレベースの餡に絡めた具材を乗せて作る店の鉄板メニュー、あんかけ五目そば。
細いちぢれ麺がスープにも餡にもよく絡み、芳醇な味わいを生み出すこの料理は、幸太郎がこの一年で最も作った料理である。
ホカホカと湯気を立ち昇らせるスープどんぶりを受け取ったかすみは、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
昔から変わらない、自分が大好きだったその笑顔を目にしてついつい微笑みを浮かべる幸太郎へと、博が言う。
「幸太郎、あの子と話をするんだろう? 後片付けはいいから、行ってこい」
「すいません、ありがとうございます」
洗い物や調理台の掃除といった後始末を自分の代わりに引き受けてくれた博へと頭を下げる幸太郎。
見れば、たま子の方もカウンター席から二人掛けのテーブルへと料理を移動させ、話しやすい状況を作ってくれている。
色々と気を遣わせてしまったことを申し訳なく思いつつ、自分を雇ってくれている夫婦に感謝を伝えた後、幸太郎は自分が作った料理を頬張る幼馴染へと声をかけた。
「味はどうだ? ご感想を聞かせていただけるとありがたいんですけどね~」
「すっごく美味しいよ! シャキシャキの野菜がとろっとろの餡に絡んで、それをおそばと一緒に食べるとじゅわ~っ! って美味しさが広がるっていうか……うん、美味しい!!」
「ははっ、そりゃあ良かった。あんま慌てないで、ゆっくり食えよ」
ちゅるちゅるとそばを啜ったり、レンゲで掬ったスープを頬張ったり、箸でうずらを掴むことに苦戦しているところを見られて、恥ずかしそうに笑ったり……ころころと表情を変えながら、幸せそうに自分の手料理を食べてくれるかすみの姿を見ていると、胸が温かくなってくる。
普段、店に来る客を見ている時とは少し違う、ちょっとした心地良さを含んだ温もりを感じて微笑む幸太郎へと、箸を置いたかすみが言う。
「……ありがとう、幸ちゃん。外が寒かったから、体が温まる料理を作ってくれたんでしょ?」
「……まあな」
「ふふっ……! そういうところは変わらないね。私の大好きな、優しい幸ちゃんのまんまだ……!!」
温かい料理を食べて、優しい温もりに触れて、身を包むような幸せを感じたかすみが感情を込めた声を漏らす。
その声と表情に不覚にもドキッとしてしまった幸太郎が彼女の方を向けば、かすみはその視線から顔を隠すようにどんぶりを抱え、中のスープを飲み干してみせた。
「ごちそうさまでした! ふぃ~、美味しかった~!」
「そうか、そんじゃあ……本題な」
かすみの空腹も寒さも解消できた。ここからは、彼女が自分の質問に答える番だ。
真っ直ぐに幼馴染の目を見つめながら、幸太郎はかすみとの話し合いに臨んでいく。
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夕方18時にも一本投稿します。
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