50 血の鏡

 記者さん、お疲れ様でした。以上が僕の話です。

 嘘偽りなく、本心を話したつもりです。そうでないと意味がありませんからね。あえて言わなかった、ということもあります。忘れてしまっていることもあります。いくら何でも、あの四年間のことをそっくりそのまま覚えていたわけではありません。

 記者さんが来ると知ってから、僕は自分が犯した罪を改めてなぞりました。ありがとうございます。いい機会になりました。僕は彼らの事を忘れてはならない。

 さて……。兄に犯されてから始まった、この物語もすっかり語り終えてしまいましたね。あともう少しだけ、感想のようなものを述べてみましょうか。時間はまだあるようですしね。

 僕の事件が明るみになった時、世間をかなり騒がせたようですね。平凡な大学生が六人もの人間、しかも最後は自分の父親を殺していたなんて。そして、兄を巻き込んで死体を遺棄させていたなんて。

 彼らの遺体なら、兄が埋めた場所を全て覚えていましたから、次々と見つかりましたね。家族の元へ返せて良かったです。遺体が見つかるたびに、報道され、大きく取り上げられたのでしょうね。

 でも、そんなニュースもすぐに皆忘れてしまったのではないかと思います。他にいくらでもネタはありますし、群衆というのは飽きやすいですしね。ただ、福原瞬、そして坂口伊織という名前は、新聞やネットに残ることになったのですね。犠牲者たちのお名前も。

 僕のことを本にする、と聞いた時は驚きました。こんなに趣味の悪い内容を読む人なんているのでしょうかね。いるからこそ、出版されるのですね。どういった人が買うのでしょうか。

 まあ、すぐに古本屋に売られ、消え去っていくのだと思いますよ。済みませんね、出る前からこんな話をして。人が日々死ぬのと同じくらい、本が続々と出版されることは知っています。いいタイトルをつけてくださいね。楽しみにしていますから。

 殺人犯の心理を知りたい方にとっては役に立つのでしょうか。どうなんでしょうかね。まあ、国会図書館に収められるというのは光栄なことですよ。いつか、いたいけな少年少女の胸に闇を落とすかもしれないと思うと、それはそれで楽しみです。

 僕のことなら、兄が理解してくれています。だから、他の人に理解されなくても構いません。

 兄に会いたい、と強く思います。永遠の別離というものはやはり辛いことです。あれだけ確かめ合って、結びついてもなお、兄に触れたい、触ってほしいと願うのです。僕は兄を愛しています。これからも、兄のことを想って最後までの日々を過ごします。そして、僕は兄に教えられた通り、死んだらはい、終わり、と思っていますからね。地獄で一緒になれるとは考えていません。

 母には今回のことで心労をかけました。逃げるようにして遠くの町へ引っ越したと聞いています。面会なら断っています。どんな話をすればいいのかわかりませんからね。

 母から父を奪ってしまったんだな、という感覚はあります。父は僕のものになりました。最愛の人を息子の手によって殺されて、母も憔悴していることでしょう。僕は母の人生も狂わせました。ただ、僕の人生は母から始まりました。それを思うと、因果のようなものを感じてしまうのですよ。

 そうだ。あれから、鏡を見ると父の姿が映るようになりました。ぼんやりと僕のことを見つめているんです。いくらカウンセリングをしても、薬を変えても、消えそうにありません。

 そのせいで、僕は僕の顔を忘れました。写真を見せられても、自分だとはわからないんですよ。ヒゲが薄い体質で良かったです。そんなに長い間鏡を見なくても済みますからね。

 

 最後に……何でしょうか。ああ、そのことを聞きますか。物好きなお方だ。ええ、今でもうずきますよ。記者さんとは長い間お話をしましたね。すっかりあなたのことが気に入ってしまいました。良かったですね、僕が塀の中にいて。

 いい本ができるように祈っています。これからが大変でしょう。頑張ってくださいね。

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