48 父と子

 僕の誕生日には部屋に来てほしい。そう言って父を呼びました。父はホールケーキをぶら下げてやってきました。それを食べて、語らいました。


「瞬も来月から、いよいよだな」


 四月一日に入社式を控えていました。息子が一人立ちをするのが誇らしかったのでしょう。父は終始機嫌が良かったです。

 ワインを持ってきてくれていたので、二人で飲みました。僕の生まれた年にできたワインで、それなりに高価なものだったようです。僕は少しずつそれを飲みました。

 父は饒舌になりました。色んな話をしてくれました。仕事のことから、母のことまで。そして、老後について。父は定年を迎えたら趣味に生きることに決めていたようです。


「父さん、仕事ばかりで母さんに迷惑かけてたからな。ゆっくり家にいて、落語でも聞くよ。健康には気を遣うぞ。ちゃんと運動もする」


 父は介護のことまで考えていたようです。ボケたら施設に入れてくれよ、と言って笑いました。ワインが尽きたので、僕は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、さらにお酒をすすめました。僕は言いました。


「父さんの子供に生まれて良かった。こんなにカッコいい人が父さんだなんて、自慢だよ」

「おいおい、父さんはそろそろ爺さんになるんだぞ。カッコよくも何ともないよ」

「ううん、カッコいいよ」


 父はどんどん気をよくしたようです。よく喋り、よく笑いました。やっぱり素敵な人だな、と僕は思いました。

 しかし、僕は知っているのです。前の妻を自殺に追い込み、息子を捨てたことを。これまでの会話のどこかで、父が兄に向き合おうとする姿勢を見せていたなら、僕たちも考えを変えていたかもしれません。

 父は最後までそうしませんでした。父が愛する息子は僕だけでした。

 僕には子供ができませんでしたから、子を持つ親の気持ちというものはわかりません。ただ、生み出した以上は責任を持ってほしいと思うのです。

 もちろん、父のように、子供を捨てる親が、他にいくらでもいることなら知っています。国が違えば感覚も異なりますでしょうし、子を自分の所有物だとして好きに扱う親も大勢いるのでしょう。

 けれど、自分の父がそうであってはほしくなかった。兄のことをきちんと愛してほしかった。

 今でも夢想するんです。父と兄と三人で、楽しくお酒を飲むことを。正しい方法を取れば、それが実現できたはずなんです。けれど、遅かった。僕は殺人者になり、兄は共犯者となっていました。

 父は少しずつ口数が少なくなっていきました。眠くなってきたようです。


「父さん、今日はもう泊まりなよ。母さんには連絡しとく」

「そうか……瞬、悪いな」


 僕は父にシャワーを浴びに行かせました。無造作に前髪をおろし、出てきた父の姿は、やはり美しいと思いました。僕もシャワーを浴び終わり、出てくると、父が言いました。


「父さん、床で寝るから」

「一緒にベッドで寝ようよ」


 父は困惑しました。もう社会人になろうとしている息子がそんなことを言ってくるなんて思いもしなかったんでしょうね。


「狭いだろ。いいって」

「やだ。一緒に寝る」


 僕は父を抱き締めました。そして、お腹にそっと手を這わせました。


「瞬……?」


 酔いと眠気が吹っ飛んだようです。驚いている父の唇を奪い、舌を入れました。すぐに引き剥がされました。


「何するんだ、瞬」

「父さん、好き。僕を抱いてよ」


 僕は父の服の中に手を入れました。父は抵抗しました。


「冗談はよせ、瞬」

「本気だよ。ねえ、僕のこと愛してるんでしょう。愛する息子のお願い聞いてよ」


 僕は一体どんな目付きをしていたのでしょうね。父の顔は苦悶に浮かんでいました。


「瞬、父さんとは父と子なんだ。それだけはしちゃいけない」

「どうして? 僕は父さんのことを愛してるだけ。男同士なら妊娠もしないでしょ。僕はもう、準備ができているんだよ」


 父の手を導き、僕の股間にあてさせました。父はさっと手をはらいました。


「やめてくれ。どうしちまったんだよ、瞬」

「僕はずっと前から父さんとしたかったんだよ」


 長い攻防の末、キスまでなら許してくれました。僕は父の口内に侵入し、感じさせ、息を漏らさせました。


「この一回限りだぞ……母さんには絶対に言うなよ……」

「わかってる。寝ようか、父さん」


 僕は電気を消しました。しばらくすると、父は静かになりました。僕は父の胸に耳をあて、確かに生きていることを確認しました。

 父に僕を抱かせることは失敗しました。でも、いいんです。さすがにできないだろうなとは思っていましたから。

 すっかり眠ってしまった父を置いてベッドをおり、タバコを吸って、兄に連絡しました。兄はすぐにやってきて、父の頬を叩いて起こしました。父は、兄がわからなかったようです。


「誰だ……?」


 そう言いました。兄は大きくため息をつきました。


「息子の顔忘れたか。無理もないか。俺だよ。伊織だよ」

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