47 久遠
僕の誕生日が迫っていました。それは、兄との別れを意味していました。六人目を殺し、自首する。兄はやはり抵抗しました。
「俺、やだよ。瞬から離れたくないよ」
そう言って子供のように泣くのです。
「ごめんね兄さん。やっぱり僕、うずくんだ。今もそう。止めるためにはあれしかない」
残りの期間は、どこにも行かずに部屋で過ごすことにしていました。僕たちは映画を観るなんてことももうせずに、ほとんどの時間を寝室で過ごしていました。眠る時間さえ惜しいと思いました。
裸で常に身体のどこかをくっつけたまま、僕たちは色んな話をしました。
「僕にとっては初対面だったけど。バイト先で出会った時、本当にカッコいい人だなって思ったんだよ」
「俺は……弟が可愛くてびっくりした。それから、憎いのに好きになって、自分でもわけわかんなくなって。瞬を手に入れることだけ考えてた」
そして、兄の最初の質問。違う答えをしていれば、僕の運命は変わっていたはずです。どんなものになっていたのかは、確かめる術はないんですけどね。
僕は一人一人、殺してしまった人たちのことを話しました。僕は彼らを覚えておく。どんな小さな思い出も。忘れそうになれば、繰り返し繰り返し頭の中で思い浮かべる。だからこそ、今までこんなに詳しく記者さんにお話できたんですよ。
そうです。物語は終わろうとしています。結末は記者さんがご存知の通りですから、何も驚かないと思いますけれど。僕と兄が具体的にどう行動して、僕が何を考えていたか。あとほんの少しだけお待ち下さい。全て話しますから。
さて……三月の下旬、春の気配が少しずつ近付いてきた頃ですから。僕たちは寝室の窓を開けていました。時折、爽やかな風が入り込んできて、僕たちの髪を揺らしました。
とうとう誕生日前日になり、兄の決心もつきました。計画には、色んな意味が込められていましたから。それを達成することに意義があると感じてくれたようです。兄は朝起きると言いました。
「なあ、瞬。俺たち出会えてよかったよな」
「まあ、兄さんが見つけ出してくれたんだけどね」
「あれは、ほんの思いつきだったんだ。あの時の子供が、俺が捨てられた頃の年齢になるってな。それで戸籍取って。調べて」
「そうだったんだ」
パンを食べて、また寝転んで。足をすりつけて、笑いあって。昼になってカップ麺を食べた後、夕食の買い出しに出掛けました。兄と最後にとる夕食はハンバーグに決めていました。
「瞬、野菜混ぜるなよ」
「わかってるって」
お酒もたっぷり買いました。帰宅してしばしまどろんだ後、僕は調理を始めました。もちろんレシピは兄の祖母のものです。
「ばあさんのより旨いよ」
最高の褒め言葉ももらいました。思い残すことはもうないな、と感じました。お酒を飲みながら、二人の思い出について語り合いました。
「兄さん、誕生日がくると殴るから、びくびくしてたんだよ?」
「悪かったって。去年は殴らなかったろ?」
「当たり前だよ。楽しく過ごさせてよ」
「まあ……なんだ。お前まで人を殴るようになるとは思わなかった」
「兄さんのせいだからね」
「自覚はしてる」
僕たちにとって、暴力は、最も簡単な解決の方法でした。それしか元々知らなかった兄。身体でわからされた僕。いけないことだとはわかっていました。でも、僕たちの欲求が強すぎた。手に入れるための手段として一番有効だったのです。
お酒を飲みきって、シャワーを浴びて、寝室に行きました。息つく暇もないほど激しいキスをしました。
二人の身体がこのまま溶けて、境目がわからなくなればいいのに、と思いました。でも、僕たちは、それぞれ別の肉体を持つ人間でした。だからこそ、快感を与え、受け取ることができたのです。
「瞬。ずっと愛してるから。一生瞬に縛られて生きていくから。だから瞬、俺に縛られたままでいて」
「わかってる。わかってるよ、兄さん」
開けたままだった窓から月の光が差し込んでいました。よく星の見える夜でした。僕たちはひたすら求めあいました。
「気持ちいいよ……兄さん……」
「うん、俺も……気持ちいい……」
僕たちはゆっくりと動いていました。奥まで繋がったところで、その動きさえ止めました。そして、ぎゅっと腕に力を込めました。兄は震える声で言いました。
「離したくない……離したくないよ……」
「兄さん……」
僕たちは夜を越えました。明けない夜はないという言葉。あれは嫌いなんです。ずっと夜を続けたかったから。
「誕生日おめでとう、瞬」
兄は笑い泣きをしながら言いました。その時の表情が、とても美しくて、美しくて。僕がよく思い起こす兄の顔の一つなんです。
「じゃあ……僕そろそろ行くね」
「うん。連絡待ってる」
最後の計画の、始まりでした。
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